第3話



 ギコギコとバネでゆれる、パンダの形をした遊具。それがはるまの座っている場所だった。


 小学生がひとり暗い公園でぽつんとたたずんでいる。どこか危険を思わせるシチュエーションがある。けれど本人はまったく周囲を警戒する様子はなかった。


 遊具の横にははるまの鞄が乱暴に投げ捨てられていた。子供の持ち物にしてはだいぶ大きく、重たい。開いた鞄の口からは、様々な学科のテキストや問題集が何冊もはみ出ていた。


 両親には学習塾で残され遅くなると連絡しておいた。もちろん嘘、けれどはるまには気づかれない自信がある。帰り際に壁にかざすカードをピッとやっていないから、お知らせメールは届いていないはずだし。


「わかる? 僕、小学生なんだけど?」


 まだ幼い声でそう独りごちた。


 両親との会話はいつも、成績とか学習計画の話題のみ。はるまだけが一流の進学塾に通わされているから、教室に学校の友だちなんて一人もいない。誰とも話せないのは、彼をイライラさせる原因のひとつだった。


 はるまはポケットに手を入れ、くしゃくしゃになった紙を取り出した。何度眺めてもその用紙のタイトルは『凸凹塾 ○×期 教科別目標達成シート』で、全ての科目の評価欄に『要注意』と書かれた文字が変わることはない。


「パパとママ、子供のころこんなに勉強したの? そんなに努力とか点数って大事? 欲しいのは僕じゃなくて『優秀』って書かれたこの紙だけ・・なんだよね!」


 はるまはその紙を丸め公園の植栽の方に放り投げたが、その時の体勢が悪かった。彼は遊具から落ち、お尻をしこたま砂地に打ち付けてしまった。


「なんだよ! ばかパンダ!」


 小さな靴で熊猫を蹴りつけると、はるまは痛みでじんわり浮かぶ涙を上着の裾で拭いた。


「僕が要らないのなら、成績表だけ家に帰ればいいんだ!」


 はるまは必死になって両親を困らせる方法を考えた。勉強をさぼり成績が悪くなっても、ただ怒られるだけだ。それならばと、思いついた唯一の方法を口にした。


「家に帰らなければいい。せいぜい頑張って探してみなよ! 僕は隠れるのが上手だし、見つかるもんか。もし――」


 誰も探しに来なかったらと言いかけて、言葉を止めた。


 公園の上空で冷たい風が吹き、静かだった木々がざわざわと不気味な音をたてる。この場所にいることが、急に怖く思えてきた。


 はるまは震えながら鞄に手を伸ばし、立ち上がろうとした。


 その時――。


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