第2話



 錆びた臭いのする鉄棒に寄りかかりながら、いおりは深い溜め息をついた。もうだいぶ長い時間、同じことを繰り返していた。


 三時間前に人生最大のショックを受けた。そのまま学校を出て、ふらふらと町を歩いた。気づいたらこの公園の鉄棒の前に立っていた。


「いおり。あんたの彼氏、もう私のもんだから」


 下駄箱から出した靴を持ついおりの手が動かなくなった。何をするにも共に過ごしてきた大親友からの、強烈な告白だった。


 こんなにも長いあいだはぐんできた友情が、壊れるのにかかった時間はわずか二秒。去り際にこちらをねめつける表情――中でも憎しみに光る目が、いおりの心に焼き付いて離れない。大好きだった人懐っこい薄茶色の瞳は、永久に失われた。


 いおりは高校一年の早い時期に上級生の男子に告白された。すぐに付き合うことになり、毎日が別世界になった。恋人のことしか考えられなくて、不安なことは全部いちばんの友人に相談した。そのやり方がまずかったのかもしれない。


 自分だけ幸せの膜に包まれていると、外の世界がぼんやりとしか見えないものだ。親友から来るメッセージの通知頻度が日に日に減っていき、やがて学校で会話がなくなってもまだ、いおりは自分に都合のいい解釈をしていた。


 彼氏からの連絡が途絶えてようやく、普通の状態ではないことに気づいた。その時はもう全てが壊れた後だった。


「明日からどんな顔して学校に行けばいいんだよ……」


 声は公園の暗闇の中に吸い込まれ消えていく。


 いおりはこの場所が怖くなった。このままだと自分は一生、鉄棒の前から動けない気がした。泣こう。思いっきり声を張り上げて。そうすれば胸の中に詰まった虚しさが消え、再び歩き出せるかもしれない。


 いおりはぐっとまぶたを閉じ、鉄棒を両手で握った。自分を追い詰める言葉を必死に探し始めた。


 もう大事なこと誰にも相談できないんだよ! 彼氏に二度と会えないんだぞ! 声のない自虐の叫びを繰り返してみたのに、まつげを湿らせることすら出来なかった。


「どうしてよ……どうして私がこんな目に会わなきゃならないの……」


 いおりの鉄棒を握るこぶしが震え出した。乱れた髪房の奥から歯ぎしりの音が聞こえてくる。


「絶対に許さない……サキも鮫島先輩も……ふたりとも……絶対!」


 いおり自身も想像できなかった感情がふつふつと沸いてきた。泣こうと思って心を追い込んだのに、やってきたのは怒りと真っ黒な復讐心だった。


 いおりは地面を睨みながら、顔を醜く歪めた。


 そこに――。


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