義体交換手術中毒

阿賀沢 隼尾

義体交換手術中毒

 「1・2・3。1・2・3」

 やはり、筋トレは良い。


 例え、全身に義体を施していたとしてもだ。

 自分の体を鍛えるという行為は、心を鎮めるために必要な事だ。何も体の筋肉増強だけが筋トレをする意味では無い。自分の限界を超えることが出来るか。また、何かに集中するという行為が重要なのだ。


 ランニングの場合は外の景色を受け、外界の刺激環境を脳に与えるということが大切なのだ。


 ダンベルを動かしながらそんなことを考えてしまう。

 全身義体となった現在、今の俺には筋トレは1つの精神的活動と化していた。だが、こうして体を動かしていると、己の肉体と精神が精錬され、研ぎ澄まされていくのだ。


 いつもの筋トレルーティンを終えて一汗かくと、田子屋義体調整病院へと向かった。

 中に入ると、十数人の人が椅子に座っていた。


 何を隠そう、1ヶ月に数回、ここの病院で義体を入れ替えてもらっているのだ。

 受付ロボでセルフ受付をする。


『ようこそ。いらっしゃいませ』


 聞き慣れた機械音声が抑揚の無い声で挨拶をする。

 予約カードを貰い、椅子に座る。

 周りにいる十数人の人達もアンドロイドなのだろう。

 恐らく、俺と同じ理由だ。


 番号を呼ばれ、個室に入る。

 目の前にはハゲ頭の爬虫類みたいな顔の年寄り爺さんが座っていた。

 彼が当病院の病院長である田子屋成行先生だ。


 先生の目の前に座る。

 「えーと。君はアラザ・ラーダンさんだね。当病院の手術件数は計20回。他の病院も合わせると50件以上の義体交換をしているね」

 「はい」

 「うーん」


 先生は人差し指と親指で鼻の両端を押さえつけ、優しく、慎重に言葉を選んでいる様子で言葉を紡いでいく。

 「君、重度の義体交換手術中毒だね。」

 「はい」

 「何か、悩みでもあるのかな」


 「実は、この体が『本当の体』では無いような気がして……」

 「ほう。『本当の体』では無い」

 「はい。義体化する前はこんなことは無かったのですが……。幾ら鍛えても、鍛えても、自分の体では無いような気がするんです。本当はどこか遠い場所に置いていってしまったような気がして……」


 「君は青年の様なことを言うね。今の自分が本当の自分ではないと」

 「はい。まさにその通りなんです。この体を付けていても、操っていても、どこか魂だけは遠い場所に置いてきた感じがするんです。この体が自分のものでは無いような気がして……。借金も重なっていて、これではいけない。これで終わらせようと思っていても、どうしても今の体(義体)では満足出来ずに義体交換手術をしてしまうんです」


 「そうか。それは大変だったね。治療法は幾つかあるが……。どうだ。私に任せて貰えないだろうか」

 「はい。お願いします。このままでは私、どうにかなってしまいそうなので」

 「分かった。一人の医師として善処しよう」

 「ありがとうございます。先生」


 「それでは……」と、隣の部屋に案内され、手術室に運ばれた。

 「五感遮断注射を打つからね」

 と、先生に言われた直後、首の後ろに異物感を感じたあと目の前が真っ暗になった。


 ————————————————————


 「それじゃ、脳を取り出して培養液で保存をしておいてくれ。あー、あと、その義体も今後使うだろうから保管庫の中に入れておいてくれたまえ」


 義体はこの時代、かなり高い。

 50万、100万は皿にする。

 それも、交換するとなったらこの患者のように借金をする者も出てくる。


 それを病院で使うとなると、十数人の体の義体が必要になるわけで、わざわざ義体製作場に問い合わせるなんて数億してしまう。


 それに、脳は裏市場で高い値で売れるのだ。

 加えて、その他の臓器も同様に、臓器移植が必要な非義体化の人間が多い発達途上国などで高い値で売買されている。


 貧しい子供たちや、臓器移植が今すぐ必要で苦しんでいる人達為に多大な貢献を当病院はしているのだ。

 お陰でお金儲けもしている。


 社会貢献とはこういうことを言うのだ。

 非人道的など言わせない。

 社会とは影と光が必要なのだ。


 影があれば光があり、光があれば影もある。

 社会とは、そのように成り立っているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

義体交換手術中毒 阿賀沢 隼尾 @okhamu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ