第265話◇本戦
「なるほど……」
帰還したヤクモ達は《アヴァロン》の騎士達と共に、細心の注意を払ってランタンを《タワー》地下に移送。
壁に辿り着いてから『青』を通じて《タワー》に連絡をとってもらい、ひとまず中に入れてもらった形だ。
他都市の使者付きとはいえアッサリ魔人の連れ込みに許可が下りたのには驚いたが、前例や《
ともかくランタンの収監が済んだ後、一行は《タワー》の会議室に通された。
都市を守る『白』『赤』『青』『光』四組織のトップ達が緊急招集された会議室で、経緯を報告。
そこで『白』の総司令であるアノーソが漏らしたのだ。
なるほど、と。
「ヤクモ、アサヒ。問題に巻き込まれる体質まで師匠に似なくてもいいのよ?」
冗談めかしたその笑みは、柔らかく温かい。
「治し方があるなら、是非教えてください。わたし、割と真剣に知りたいので」
ここ最近の戦いでヤクモが負った怪我や飛び込んだ危険に心を痛めているアサヒの言葉からは、冗談への切り返し以上の切実さが滲んでいる。
アノーソが申し訳なさそうに目を伏せた。
「そうよね、からかうようなことを言ってごめんなさい。ただ、あまりにも驚いたものだから」
気持ちは分かる。
襲撃を体験したヤクモ達ですら納得し切れているわけではないのだから。
魔王・プリマの実在。
そして彼女に繋がる手がかりである魔人・ランタンの拘束。
人間であるアカツキまで配下に置く《
《騎士王》アークトゥルスのパートナー・ヴィヴィアン消失。
奪還後どうなったか不明な《ヴァルハラ》などなど。
一度に処理するには膨大な情報だ。
「考えるべきことが一気に増えたわね」
「虚偽の報告ではなかろう」
立て続けに功績を上げるヤクモ組が、《
そういった言葉を牽制するように、重々しい声が放たれた。
『光』の総司令・クオーツ=オブシディアン。
雪白の長髪に長髭を蓄えた老人。枯れ木のような身体からは、魂は衰えていないとばかりに覇気が漲っている。
アサヒやツキヒの祖父にあたる男だ。
「わたしも、オブシディアン公と同意見ですわ。くだらない疑念を吹っかけるような方は、この場にはいないでしょうけど」
クオーツの言葉に乗るように、アノーソが微笑む。
アークトゥルスがヤクモ組やグラヴェル組を都市に招いたことを邪推する者は少なからずいるだろう。
引き抜き目的だったのではないか、と。
実際それは間違っていない。
ヤクモ組の実績を嵩増しし、承認を確実にする為にアークトゥルスが協力したという筋書きも成り立つ。
ランタンのことさえ、セレナがヤクモの協力者であることを考えれば、引き出す情報を偽装することなど容易い、と考えられなくもない。
実際にどうかよりも、人は考えたいように物事を組み立ててしまうものだ。
本来は壁の外で朽ちる筈のヤマトの剣士が例外的存在であるミヤビ組に拾われ、そこから短期間で戦果を出し続けていることを面白く思わない者は、きっととても多い。
だがそういった疑念に構っている暇は無かった。
家督を息子に譲ったとはいえ、クオーツはオブシディアンの者。
悲しいことに、叩き上げのアノーソが言うよりも彼の言葉の方が、遥かに場を黙らせる『力』があるようだった。
アサヒやツキヒに一瞥もくれない彼を快く思えないヤクモだったが、意見は尤も。
「ご苦労だった。訓練生は下がってよし」
今すぐに全て決めるわけにはいかない。
ヤクモ達は《アヴァロン》の騎士達を残しその場を後にする。
「ミヤビなら、例の魔人を連れてもうすぐ帰ってくる予定よ」
去り際のヤクモ達に、アノーソが微笑みと共に言う。
《カナン》としては、特級魔人であるセレナを自由にしておきたくはないだろう 。
だからといって《
「あの子も、弟子の活躍を見たいでしょうから」
そう。
大会本戦の開始が迫っていた。
◇
「ヤクモ」
《タワー》を出た後。
別れ際になって、ラブラドライトが口を開いた。
「どうしたんだい」
彼の表情は真剣なものだった。
「僕の目的は既に話しただろう」
才無き者を切り捨てない都市を目指す彼は、才能を至上とする今の《カナン》とその筆頭である五色大家を憎んでいる。
「覚えているよ」
「それを果たすには、君達の方が適しているのかもしれない。ヤマトが並み居る天才共を打倒し頂点を獲ることほど劇的なことはないだろう」
彼の言葉がそこで終わりではないことは明白だった。
「でも?」
繋げるようなヤクモの声に、ラブラドライトは口の端を僅かに歪めた。
「でも、僕がやる。僕が決めたことだから」
彼は共に戦った仲間だが、同時にこれよりは優勝を競う敵同士。
「優勝するのは、ぼくとアサヒだよ」
「いや、ヴェルとツキヒでしょ」
「本戦で分かることだ。可能なら、きみ達のどちらも倒して頂きに立ちたいものだよ」
そう言って、ラブラドライトは去っていった。
とことこと彼の後を追うアイリだったが、彼女はちらりと振り返ってひらひらと手を振った。
ヤクモも手を振り返すと、アサヒにジト目で睨まれる。
去っていくラブラドライト組を、ツキヒが厳しい表情で見送っていることに気づく。
「彼らがどうかしたかい?」
「……別に、ただ」
「ただ?」
「おかえりなさい」
ツキヒの真意を聞くことは出来なかった。
美しい、白銀の長髪が視界に映る。
『光』の第一位アルマース=フォールス。
彼女の後ろには、パートナーである童女アルローラの姿もあった。
「アルマース、戻っていたんだね。アルローラさんも」
「訓練生はみな帰還しています。また逢えて嬉しいです。ヤクモ、アサヒ」
「……ツキヒ達もいるんですけど?」
「そうですね。また逢えて……普通です」
「ツキヒはちょっと不愉快になってきたよ」
そういえばこの人は会話のテンポが独特だったなぁ、とヤクモは思い出す。
「ぼくも逢えて嬉しいよ」
「約束を覚えていますか?」
「約束はしてないけど、その話ならちゃんと覚えてるさ」
《エリュシオン》奪還後に、彼女に《班》に誘われたのだ。
それは保留としたが、本戦でより好成績を残した方が相手を引き抜ける、といった話も持ち掛けられた。
「あの約束には不備がありました。どちらも一回戦敗退など、同成績となる場合があるからです。その場合の条件を決めておかなかったのは不覚でしたが、杞憂に終わりましたね」
「……それって」
本戦が始まる前の段階で同成績になる心配がなくなった、ということは。
「あぁ、まだ確認していないのですか」
そしてアルマースは教えてくれた。
一回戦。
《
対
《
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