第七章

デイブレイク・レイヴン/トライ

第264話◇御簾




「やぐもぐんっ!」


 ぎゅう、と抱きしめられる。

 豊満な胸が押し付けられ、温もりと花を思わせる香りを近くに感じる。


「ちょっと!」


 条件反射のように怒るアサヒは、だが次の言葉を継ぐ前にターゲットにされた。


「アザビじゃん!」


「ぎゃあ!」


 湖の管理人、魔法使い、九姉妹の長姉――モルガンだ。


 彼女の家で世話になった《カナン》の訓練生達は必然的に彼女と関わりを持つ機会が多くなったわけだが、それが彼女に別れを惜しませているらしい。


「ちょっと、お姉ちゃん嫌がって――え」


 じたばた暴れるアサヒを存分に抱きしめたモルガンは、次にツキヒへと飛びかかる。


 結局、全員抱きしめられた。


 彼女の抱擁にちゃんと応えたのは、六人の中でアイリだけだった。

 アイリは表情は変わらないながら、ぽんぽんとモルガンの背を優しく擦っていた。


 おんおん泣き、ずびずびと鼻をすするモルガン。


「みんな、うちの子にならない? ずっといてもいいのよ?」


「そこまでにしておけモルガン、酷い顔だぞ」


「あーちゃん……。仕方ないでしょ、寂しいんだから」


 不満げに頬を膨らませる金髪の麗人に、アークトゥルスは呆れ顔。


「よくも逢って数日でそこまで別れを惜しめるものだな」


「あのねあーちゃん、情っていうのは期間に対して湧くものじゃあないのよ?」


「そうか」


「冷たい!」


 ヤクモ達は《カナン》に戻ることになった。


 今回の件の礼という意味もあって、アークトゥルスは膨大な魔力が込められた魔石を沢山持たせてくれた。


「悪いが、頼んだぞ。余もついて行ければよかったのだが」


「いえ、アークトゥルスさんはこの都市に残るべきだと、僕も思います」


 ランタンを捕らえたことによって、《耀却夜行グリームフォーラー》が奪還に来ないとも限らない。


 アカツキの発言や彼らの仲間意識からすると、その可能性は否定出来なかった。


 それでも捕えることを選んだのは、アークトゥルスなりの決意の表れだろう。

 この時代に魔王を討伐するという、意志の表明だ。


 たとえ襲われても、今の彼女であれば対処出来る。


「こちらの『看破』持ちでは情報を得られなかった。頼むぞ」


「はい」


 湖畔に木箱が運ばれてくる。見覚えのある騎士達がいた。

 ペリノア組やパーシヴァル組だ。

 彼らは《アヴァロン》の使者として随行する。


 ランタンは《カナン》に連れ帰ることになった。


 特級魔人であり協力者でもあるセレナであれば、かつてクリードの部下テルルにしたように、口を割らせることが出来るだろう。


 ミヤビ組と共に《エリュシオン》に残ることになったセレナだが、今はどうしているか。

 場合によっては師と合わせて呼び戻す必要がある。


「また逢おう、《カナン》の戦士達」


「えぇ、必ず」


 ◇


「そう……ランタンは捕まってしまったの」


 廃棄領域《タカマガハラ》。


 その中心部には、神社が建てられている。


 今は《ヤシロ》と呼ばれている建造物の拝殿に、アカツキはいた。


 御簾の向こうから、静かな声が聞こえる。


「任務は失敗した。責任はオレにある」


 アカツキはそう締めくくる。

 彼の隣に座るミミが、悔しげに唇を噛んでいた。


「責任? あなた達は、わたしの為に動いてくれた。その気持ちに感謝こそすれ、失敗の責任を問うだなんて有り得ないわ。それよりも、腕の治療をしましょう。今、誰か呼ぶから」


「《騎士王》が言っていた。逢いに来ると」


「……そう。みんなに伝えなくてはね」


「どうやって。逢いに来るって、そんなの無理だし」


 ミミが言う。彼女は更に続けた。


「魔人から欲しい情報抜くなんて人間には出来っこないのに、どうやって逢いに来るの!?」


 パートナーの言っていることは尤もだ。


「ハッタリとは思えない。何かしら手があるんだろう」


「なにかしらって何!」


「ミミ」


 窘めるような、あるじのその声で。

 ミミはぐっと声を抑える。


「あなたの考えは正しい。そして今、あなたは自分で答えを言ったのよ」


「……なにそれ、どゆこと」


 その通りだった。


 ミミの言ったことは正しいのだ。

 人間が魔人の口を割ることは、一部の例外を除けば不可能。


 一部の例外なんてものは通常、考慮に値しない。

 他の全ての可能性が潰えた時でもなければ。


 そしてそう、可能性は残っている。


「――彼女達が、より上位の魔人を動かせる立場にあると?」


「――あっ。え、でも、そんなっ」


 戸惑うミミ。


「賢い。さすがアカツキね」


 褒めるように、綻ぶプリマの声。


「だが、今回の戦いには出てこなかった」


「《アヴァロン》が使役しているわけではないのかもしれないわね」


 魔人の拷問に協力するような魔人がいたとして、それが戦闘面では非協力的というのは考えにくい。


 かといって、人間が魔人を都市外の作戦に連れて行く可能性も低い。

 だとすれば。


「……他都市の戦士が、三組いた」


「アカツキお気に入りの、ヤマト民族の子ね。一組は、違うのだったかしら」


「ヤマトの生き残りはとても少ない。《アヴァロン》と交流のある都市をあたれば、すぐに発見出来る」


 アカツキは彼らの衣装も覚えている。ヤクモは和装だったが、あれが制服ということはないだろう。

 他の二組のものを参考に探せば、見つけ出すのは難しくない筈だ。


「お客さんは歓迎だけれど、ランタンは返してもらわないといけないわ。《アヴァロン》と交流のある全都市に、同胞を向かわせましょう」


 今のはあくまでも仮定。

 ランタンが囚われてるとすれば《アヴァロン》は第一候補だ。


「すぐにでも」


 立ち上がろうとするアカツキを、あるじの声が制す。


「あなたは、まず腕を治すこと。それと、これは常に言っているけれど」


「『不必要な殺生は避けること』」


「よろしい。あともう一つ」


「もう一つ……?」


 まだ何かあるだろうか。


「ミミを、ちゃんと労うこと。今回は特に、あなたの趣味に付き合わされたようだから」


「…………」


「プリマさま、いいこと言う」


 ずっと機嫌が悪そうだったミミが、にっこりと笑う。


「……御心のままに」


 わざとらしく恭しい返事をして、アカツキは今度こそ立ち上がった。



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