第261話◇創痍
アカツキが門の向こうに消え、門が閉じ、彼の魔力反応が辿れなくなるくらい距離が離れてようやく。
ヤクモはアサヒの武器化を解いた。
「兄さん!」
既に自力で身体が動かせない状態だったのだ、身体を支えられず倒れるヤクモ。
それをアサヒが受け止めてくれた。
「誰かっ、『治癒』持ちの方!」
グラヴェル組とラブラドライト組が真っ先に駆け寄ってくれたが、どちらも魔力切れのようだ。
――体中が焼かれているように熱く、息苦しい。
やがてアークトゥルスの近くに立っていたモルガンが急行。
「大丈夫よ、ヤクモくん。すぐによくなるから」
安心させるように微笑むモルガンだったが、その笑みは引きつっている。
ヴィヴィアンが目の前で消えたばかりだ、心が追いつかまい。
それでも怪我人を放っておけないあたりは、彼女の強さか。
「兄さんはいつも無茶し過ぎなんです!」
自分の側に膝をついたアサヒの目には涙が浮かんでいる。
「自分でも、そう思うよ」
ヤクモはなんとか苦笑いを浮かべる。
心配を掛けて申し訳なく思うが、無茶をしなければ渡り合えない強敵がいるならば、きっと自分は次も無茶をするだろう。
「ありがとう、ヤクモくん。きみたちの尽力を、私達は忘れません」
彼女が『治癒』を展開したのか、痛みが和らいでいく。
ヤクモはぼんやりとする頭で、アカツキの去り際の言葉を考えていた。
◇
「ヤクモは、助かりそうだな」
「へぇ、オブシディアンの遣い手を心配してあげるんだ?」
武器化を解除され人間状態に戻ったツキヒは、ラブラドライトの言葉をからかう。
ヴィヴィアンのことが気にならないと言えば嘘になるが、両者としては倒れたヤクモの安否が気になってしまう。
「……此処で死なれたら、大会で倒せないだろう」
「うわ、やめてよそういう気持ち悪いやつ」
「黙れ」
小馬鹿にするように笑うツキヒだったが、しばらく間を開けてから神妙な顔で言う。
「あのさ、風の時。あれ、なに?」
「? ……あぁ、あれか」
『風』魔法で魔力濃度の高い空気を吹き飛ばそうとしていたグラヴェル組はだが、ゴーレムの追撃に遭った。
それをラブラドライト組がいなし、魔石を手渡してくれたことで速やかな発動が叶ったのだ。
「意図が読めたから、乗ったまでだ。いくら武器を複写しても、僕では魔力炉性能で君に遠く及ばない。手持ちの魔石と合わせても魔力が足りななかった。それだけのことさ」
「出発前はあれだけ毛嫌いしてたツキヒ達を
痛いところを突かれたとばかりに、ラブラドライトは顔を顰める。
「……少し、考えさせられたんだ」
「は? あ、もしかして赤目とフードチビが言ってたやつ? 仲間はずれにされた恨みを引き摺ってる奴らを見て、自分と重ねちゃった?」
「君の言葉からは品性が感じられないな。いや、感じたら感じたで癪だが」
「うっさい」
仮にも
「だがまぁ、そうだな。僕は五色大家を筆頭とした才能至上主義の連中が嫌いだ。だけど今回の敵を見て、思想が極端化する恐ろしさを思い知らされた」
被害者が理不尽に怒る、という当たり前の気持ちから始まったのだとしても。
それを、無関係な人間に危害を加えることを正当化する為に使っては終わりだ。
「僕は君達をどうしても好きになれないし、《カナン》の在り方は変わるべきだと思う。だからと言ってそれは、君達を殺したり見捨てたりするべきというわけじゃない」
「つまりなにさ」
「大会であたれば敵だ、全力で叩き潰す。普段馴れ合うつもりもない、嫌いだからな。ただ、共に戦う時くらいは仲間として扱うべきだ」
オブシディアンの血を引いていようと、今日の彼女達の行いは否定されるべきではない。
他都市を守る為に死力を尽くして戦ったならば、その行いは評価されるべき。
不当な扱いを無くしたいからこそ、自分がまず正当な評価を下さねば。
とはいえ、その理屈で感情面を納得させることは難しく。
結果として、今の結論に落ち着いた。
くいくい、と妹のアイリに手を引かれる。
「どうした、アイリ」
アイリは左手の拳を握り、親指だけをグッと立てた。
なにやら褒めてくれているらしい。
そしてツキヒと言えば。
「ふぅん? 『オブシディアンの血は穢れている』なんて言ってた奴とは思えない発言だなぁ」
「ぐ」
「ツキヒ達の生家がなんだっけ?」
「……謝罪はしない。今でも、怒りそのものが消えたわけじゃあないんだ」
「めんどくさいんだね」
「君にだけは言われたくないがな」
「あ?」
睨まれる。
だがそれもすぐに微妙な顔になり、彼女は悩みに悩みを見せた後、消え入るような声で何かを口にした。
「……まぁ、あれは助かったよ。そんだけ」
それだけ言って、姉の許に向かうツキヒ。
グラヴェルもそれに続いた。
「なんだ、あれは……まさか、感謝してるつもり、なのか」
妙な気分だった。
憎むべき五色大家、その筆頭オブシディアンの中でも天才と言われるツキヒが。
自分の助力に感謝した?
「……調子が狂うな」
ふと妹を見ると。
グッと右手側の親指も立てていた。
「やめろ」
漏れる笑いと共に、妹の変な手の形を崩そうと腕を伸ばした。
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