第260話◇決意

 



 驚かなかったのは、自分も同じだったから。


 アークトゥルスは自分が消えることを前提に、ヤクモ達を次の適格者にどうか勧める目的でこの都市に招いた。


 それはこの都市を救う為で、それ以上にヴィヴィアンを独りにしない為。

 大好きで大事な友達の、未来を想ってのこと。


 ヴィヴィアンの方も、同じだっただけだ。

 同じように、アークトゥルスのことを想っただけ。


 アークトゥルスは最早、約束に縛られた童女ではない。

 力は全盛期と同等、各種の制約は取り払われた。


 これより、《騎士王》は定命の者となるだろう。

 肉体の成長が再開し、人並みに傷つき、この時代に人としての終わりを迎えることだろう。


 人としての生を、返したつもりなのかもしれない。


 彼女と引き換えに手に入れたいものなど、無いというのに。


「帰る、だと?」


 分かっているのだ。

 アークトゥルスはちゃんと分かっている。


 いずれ、同じようなことをヴィヴィアンはするつもりだったのだと。

 今回の件でそれが早まっただけ。

 予定が前倒しになっただけで、結果は変わらなかったかもしれない。


 だとしても、彼らはあまりに多くを、大きなものを、奪った。


「あぁ、留まる理由もないからな。任務は失敗、ヤクモ達には振られてしまった。オレ達は退くよ」


「帰れると思うのか?」


「どうかな、殺し合いを続ければオレは死ぬかもしれない。ただその時は、今生きている奴らの大半は屍となっているだろうな」


 ハッタリ、ではないだろう。

 目の前の男は、此処に残った戦士の多くを犠牲にせねば、殺しきれない敵だ。


 このアカツキという青年とアークトゥルス自体の相性が最悪なのだ。

 いや、魔力を頼りに戦う者との相性が、と言うべきか。


 問答無用で敵を灼き尽くす魔法でさえも、『吸収』『放出』するなど人間業ではない。

 もはやアークトゥルスにその魔法は無いが。


「あと一回なら、貴方の魔力をどうにか出来る。その時は、迷わず都市に向かって『放出』する」


 それが嫌ならば逃がせと、そう言っているのか。


「ふ」


 溢れる。


「くふふっ、あはは。そうか、ならば消えろ。貴様を殺すのは難しそうだ」


「賢王だな」


「そうだろう?」


 二つのことが起きた。


 一つ、ゴーレムは跡形もなく消し飛んだ。

 アークトゥルスが魔力を纏った拳で殴りつけた衝撃で、存在を保てなくなったのだ。


 一つ、ランタンの首を掴んだまま地面に叩きつけた。


「……アカツキと言ったか、貴様は消えろ。ただし、此奴は置いてゆけ。貴様と異なり、容易く捕えることが出来た」


 アカツキの表情が歪む。


「魔力強化だけでその速度と威力か……」


 どうやら、ランタンを取り戻せるかどうか考えているようだ。


「どうした、まだ帰らないのか」


「いい……いげ、アカツキ……!」


 苦しげな顔で、それでも声を上げるランタン。


「人間と魔人の友情か。これで他人の生活を脅かしていなければ、可能性を感じられたものだが」


「らしくないな、《騎士王》。ランタンを取り戻す為にオレが暴れまわったら、結局多くの犠牲が出る」


「動いた瞬間、此奴を殺す。後は多数の犠牲と、貴様の死があるのみだ。よく見て、よく考えるのが貴様の戦いなのだろう? ならばここは、逃げ帰る以外に選択肢はあるまい」


 両方死ぬか、片方だけ逃げ延びるか。


「彼女を放さないなら、後々面倒なことになるぞ。ランタンを取り戻す為に、オレ達は必ず此処に戻ってくる」


「その必要は無い。余の方から逢いに行く」


「――――」


 これまでアークトゥルスは、活動と休眠を繰り返してきた。

 活動中はこの都市の危機を救い、存続の為に奔走した。


 だから《黎明騎士デイブレイカー》などと言われていても、それらしいことはほとんど出来なかった。


 魔族の討伐数を幾ら稼ごうと、自都市の守護者として君臨するだけでは夜は明けない。


「魔王だろう、貴様が『彼女』と呼ぶのは」


「……長生きしている人間は侮れないな。何を知っている」


 世界が夜に覆われていく光景は、今でも覚えている。

 それを行った存在を、多くの人間は魔人の王だと考えていた。故に魔王。


 だがそれは、正確ではない。


「『彼女』を殺せば、夜は明けるのか?」


「殺せないさ。殺させない」


「ヤマトを苦境に追い込んだのは、『彼女』だろう? 何故貴様は黎明を望まない」


「貴方に理解出来るとは思わない」


「そうか。そうだな」


 アカツキは此処に来て初めて、悔しそうに歯を軋ませた。


 アークトゥルスに捕まっている仲間を見る。


「ランタン」


「言うな」


 迷いを断ち切るように、目を反らした。

 それから彼は、ヤクモへと視線を向ける。


「お前達がいなければ任務は達成出来ただろうな。一緒に来る気は、やっぱりないのか」


「当たり前だ」


 即答するヤクモに、アカツキは悲しげに目を伏せる。


「残念だよ……また逢おう」


 戦士達が殺気立つ。


 心情的にアカツキを見送ることなど出来ないだろう。

 アークトゥルスの決定だからこそ、従ってくれているだけ。


「『彼女』に伝えろ。永久とわの夜長もじきに明ける、とな」


「明けない夜は無いとでも? 在るじゃないか、世界ここに」


「これより《騎士王》は黎明が為に剣を執る」


「聖剣を失ってから決意を固めるとはな」


「失えばこそ、だ。貴様に理解出来るとは思わん」


「……そうだな」


 アカツキはゆっくりと後退。

 アークトゥルスは騎士に命令し、門を開けさせる。


「あぁ、そうだ。もしミヤビとチヨに逢うことがあったら、よろしく言っておいてくれ」


「…………なんだと?」


 何故、この男の口から彼女達の名前が。


「同門なんだ」


 それだけ言い残し、アカツキは門の外へ消えた。




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