第259話◇彷徨




 ■■■が目を開けた時、彼女ははそこにいた。


 綺麗なお姉さんは、ヴィヴィアンと名乗った。


 彼女は自分がそれまで住んでいた小さな町に、■■■を連れ帰ったのだという。

 童女は三日もの間、寝ていたのだとか。


 きゅるるとお腹が鳴るのを聞くと、ヴィヴィアンは困惑した様子を見せた後に、どこからともなく黄金の林檎を出して、こちらに渡した。


 とても美味しいような、とても苦いような、味がしないような。変な食べ物だった。


 ヴィヴィアンが連れてきてくれた町は無人と化していた。


 童女の町と同様に人々が逃げ出したようだ。

 それだけではなく、破壊の跡も見られた。


 ■■■はすぐに父親のことを思い出す。

 もしかしたらおとうさんが戻っているかもしれない。

 あそこは動かなくなった人でいっぱいだけど、そこに自分がいないことは見れば分かる。

 もしかしたら探しているかもしれない。


 女性は何か言いたげだったが何も言わず、自分と出逢った場所まで連れて行ってくれた。

 真っ暗闇でどこがどこだか分からなかったが、女性は迷わず闇の中を進んでいく。


『あなたが寝ている間に、探していたんです』


 死体の並ぶ、父との待ち合わせ場所。

 そこは、小さな土の膨らみと、木材で出来た十字架の群れに変わっていた。

 お墓を作ったのか。


『これを見れば、生存者の存在が分かるでしょう。墓の数も合いませんし……ただ』


 足跡か、何か別の理由でか、ヴィヴィアンには此処に誰も来ていないことが分かったのだろう。


 ■■■はそこに座り込み、父親を待つことに決めた。

 ヴィヴィアンは黙って自分の隣に腰を下ろし、一緒に待ってくれた。


 お腹が減ったり喉が乾いたりすると、水と金色の林檎を手品のように出してくれた。


 それからきっと、何日も待った。何週間かもしれない。

 ずっと暗くて、女性が側にいてくれなかったらとても正気を保てなかっただろう。


 だんだん、■■■の心を絶望が覆っていく。

 おとうさんは、迎えに来ないかもしれない。


 父を待っている間、ヴィヴィアンと沢山の話をした。

 彼女は精霊さんで、童女を助けてくれた。

 ただ、助けるにはお約束をしなくてはならない。

 ■■■は指切りしたおぼえがないが、その約束の内容は守らなければならないらしい。


 ヴィヴィアンはひとりぼっちで、さみしいから童女と一緒にいるのかもしれない、と思った。 


 童女はある時、閃く。

 おとうさんが迎えに来ないなら、こちらから逢いに行くのはどうだろう。


『……遠いですよ。それにその城砦都市は……いえ、行きましょうか』


 不思議なことに、童女の身体は疲れを感じなくなっていた。

 感じにくく、なっているというべきだったかもしれない。


 ヴィヴィアンに先導される形でぐんぐん進んでいく。


 父は驚くだろうか。

 母はきっと喜んでくれる筈だ。


 何度か休憩や睡眠を挟みながら、二人は城塞都市へと向かった。

 道中、人の痕跡を見つけては父の姿を探した。


 やがて。


『この城塞都市は……建設途中、まだ出来ていないんです』


 壁はあるが不完全で、入り口以外からでも中に入れそうだった。

 中に入るも、活気はない。人気もあまり感じられない。


 ■■■は父と母を呼びながら、都市の中を駆ける。


 すると、ぽつぽつと住人らしき人々が顔を出す。

 みな、顔色があまりよくない。


 結局父と母どころか、一緒に都市を目指していた人々の誰も、その都市にはいなかった。


 わけがわからなくて、■■■はわんわん泣いた。


 これ以上、どのようにして両親を探せばいいか分からなかった。


 ヴィヴィアンと都市に滞在することになってから数日、この都市が水不足に陥っていることを知る。

 ヴィヴィアンならば解決出来るのではないかと思ったが、彼女は何も言わない。


 童女の方から口にすると、『あなたが望むのであれば』と言う。

 自分がお願いしたら、水を出してくれるのだという。


 都市の人達は優しかった。だから童女はお願いした。


 それが、始まり。

 深刻な水不足から脱した人々には、希望が湧いた。


 その後も都市に辿り着いた人々を受け入れ、少しずつ都市の完成を進める。


 ある時、ある戦士が、童女の力に気づいた。


 ヴィヴィアンとの『約束』は、童女自身の身体も変えていた。

 ばけものと戦うのはとても怖かったが、ヴィヴィアンが言うには近づく必要はないとのこと。


 もちろん、やりたくないのであればやらなくてもいい。

 壁の上から、念じるだけでいいと言われ、童女は受け入れた。


 ヴィヴィアンが剣になるのは驚いたが、頭の中で聞こえるヴィヴィアンの声に従っただけで大きな光が迸り、ばけもの達は消えた。


 町の人々は大喜びした。

 水に続き、ばけものに食べられる危険もなくなったのだ。


 誰もが童女に感謝した。


 やがて生き残りの技術者が模擬太陽の起動を可能とし、その都市は太陽の輝きも取り戻した。


『ヴィーは、なんで■■■といてくれるの?』


『……あなたが、慈しむにたる人間だからですよ』


『? どういうこと?』


 ヴィヴィアンは長い時間悩むように頭をひねっていたが、やがて躊躇いがちに言った。


『あなたが好き、ということでしょうか』


『! 嬉しい!』


 でも同時に、不思議に思う。


『でも、どうして好きになったの?』


『それは、えぇと、ひと目見れば良い人間かどうか分かると言いますか……具体的には、なんとも』


『いー人間だと、好きなの?』


『そういうわけでも、ないのですが……』


 ヴィヴィアンは上手く説明出来ないようだった。


『……ヴィーは、■■■を置いていかない?』


 不安になって尋ねてしまう。

 ヴィヴィアンはその問いには、すぐに頷きを返してくれた。


『はい。あなたを置いて、何処かに消えることはありませんよ』


 ◇


「……嘘を吐くなよ」


 何が起こったか、アークトゥルスには分かった。


 錆びついていた自分の力が、元に戻っている。

 常に側にいたヴィヴィアンが、消えている。


 自分を置いて何処かに消えることはないと、言っていたのに。


「あーちゃん!」


 目許を真っ赤にしたモルガンが駆け寄ってくる。


 アークトゥルスはだが、彼女を見ない。


 その視線は、襲撃者に向いていて。



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