第262話◇会話

 



 アークトゥルスが王を演じるようになったのは、言ってしまえば求められたからだ。


 壊れかけの都市、逃げ込む者はいれど救援は無く。

 そんなところに現れた謎の童女と女性は、大げさに言えば救世主だった。


 象徴的、とも言える。


 絶望的な状態に、光が射す。

 人を越えた存在からの恵みが齎される、なんてお話。


 てっとり早く人々を惹き付けるのに必要なものは、二つ。


 まず結果。

 そして次に、偉大な前例との共通点だ。

 

『◇◇以来の天才』『◇◇の再来』などといった表現が、世には溢れている。


 新しいものが定着するのには時間が掛かる。

 既に脳に刻み込まれた別の情報と関連付けることで、定着までの時間を省略しようというのだろう。


 新たに現れた人物を真に理解するよりも、よっぽど手軽だ。


 水の恵み、聖剣、美しい女性、選ばれし者、都市の危機に現れたこと、林檎、傷を負わない身体、etc……etc……。


 ヴィヴィアンが湖の乙女、アークトゥルスが騎士王などと呼ばれるのも無理はない。


 両親を探す童女は、いつしか都市の守護者かのように崇められるようになっていた。


 一番最初は、ヴィヴィアンの助言からだった。

 両親をなんとか探そうと考えたアークトゥルスに、一人では難しいから手伝ってもらってはと言ったのだ。

 手伝ってもらう以上、何かしらお礼を用意しなければいけないのでは、と。


 結局両親は見つからなかったが、その頃にはもう都市を出て行ける状態ではなかった。

 ヴィヴィアンの加護がなければ、そして自分や戦士達の戦力がなければ、存続が出来ない規模になっていたのだ。


 だがそれは言い訳にならない。

 幼かったとはいえ、アークトゥルスは全て自分の意志で選んだことだし、そもそも。

 両親が何よりも大事ならば、都市を抜け出して探しに行った筈だ。


 その頃のアークトゥルスはもう、心のどこかで分かっていた。

 最も近い都市である此処に、いつまで経っても辿り着けていないなら、もう……と。


 だがそれを認められない幼さから、『待つ』という方向に逃げたのだ。


『おうさまっぽく?』


 ある日の、ヴィヴィアンとの会話。


『最近、しつこく言われまして。アークトゥルス様は都市の象徴なのだから、それらしい振る舞いをと。ですがご安心を、ヴィヴィアンが懲らしめてやりましたからね』


 ヴィヴィアンは無表情で力こぶを見せるように腕を曲げた。

 力こぶは出来ていなかった。


『こらしめちゃったの』


『原因の一端は私にあるのですが、これ以上お嬢さんの自由を脅かされるわけにはいきません。子供には子供らしく過ごす権利があるのですから』


 各地から集まってきた人間を一つにまとめる労力は相当なものだろう。

 アークトゥルスはそういったことにはノータッチだったが、彼らにはアークトゥルスに『こう在ってほしい』という理想があるようだ。


『アークトゥルスがおうさまになったら、みんな喜ぶ?』


『……貴方は、貴方のことを第一に考えていいんですよ』


『んー、アークトゥルスはヴィーがいてくれたら、それでいいけど』


『私も、お嬢さんと共にいられるだけで充分です』


 胸が暖かくなり、自然と表情が綻ぶ。


『おうさまってどんな感じかな。おひめさまじゃだめかな』


『騎士姫……個人的に大変興味深いですが、イメージが騎士王関連で固まってしまった以上、女性らしさを押し出す方向は求められていないかと。そうでなければ女神……いえ天使といったイメージの方がお嬢さんには似合っているのですが……天使、ふふふ』


 静かに笑うヴィヴィアン。


『おうさまかー。おばかさんには見えないおようふくとか着なきゃかな』


『そんなものをお嬢さんに売り込む者が現れたら、私が責任を持って沈めますからご安心を』


 どこにだろう。湖だろうか。


『おうさま、やろっかな』


『……私は、今のままのお嬢さんが素敵だと思いますが』


『! おうさまになったら、ヴィーにきらわれる!?』


『それだけは有り得ません』


 即答するヴィヴィアン。

 安心するアークトゥルス。


『びっくりした』


『申し訳ありません』


『アークトゥルスがおうさまやったら、みんなのこわいがすくなくなる?』


『……そう、ですね。人々の心に巣食う不安という闇を晴らすだけの輝きを、お嬢さんはお持ちです。王たる者の振る舞いを身につけたその時、貴方の輝きは日輪が如く民を照らすでしょう』


『むつかしい言い方しないで』


『みんなのこわいがすくなくなります』


『わかりやすい』


『恐縮です』


 暗闇の恐ろしさは、アークトゥルスにもよく分かった。


 自分が王様らしく振る舞うことの何が役立つか、それは分からなかったが、そうすることで恐怖が少しでも薄れるならばと、アークトゥルスは決意したのだ。


『おうさま、なるよ』


 ◇


「アークトゥルス様!」「アークトゥルス王!」「王!」


 呼ばれている。


 眼下には、苦しげに呻くランタン。

 首を掴んでいる右手とは反対の左手で、彼女のフードを奪い取る。


「……っ、ぁ、が」


「洗いざらい吐いてもらうぞ」


「人間の拷問に、屈するとでも?」


 馬鹿にするように笑うランタン。


「拘束しろ。魔石製の手枷を嵌め、『陽光』持ちの見張りをつけろ」


 それが魔人に有効とされる拘束手段だった。

 《アヴァロン》が魔人を生きたまま捕えるのは初のことだが、魔人の特性を考えるに大きく間違えている点はないだろう。


 既に魔力切れを起こしており、陽光で弱体化しているともなれば円卓レベル数組から逃げることなど出来ないだろう。


 彼らに任せ、アークトゥルスは騎士を見回す。

 王の名を呼ぶ者たちを。




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