第248話◇加速
アカツキはこれまでヤクモに感心はしても、好感は抱いても、親近感を感じても、驚愕だけはしなかった。
意表を突かれることがあっても、心のどこかに余裕があった。
自分の方が強いという確信が揺らぐ程のことではなかったからだろう。
アークトゥルスとの対峙を邪魔立てされたのは厄介に感じたが、それだけ。
経験と機転。それがヤクモの強み。
黒点化による進化はその強みを拡張したものに過ぎない。有用だが、彼らの力の本質はそこにはない。
加えて言うならば、実力に対して能力の練度が低い。
普通の戦士が肉体一割以下魔法三割程度の力しか発揮出来ないとすれば、ヤクモは肉体に限り七割から八割程。対して赫焉を魔法に例えるなら四割か五割といったところか。
並の戦士では歯が立たないだろう。彼の思考力も併せれば強者とも渡り合える。
だが。
その応用力で誤魔化してはいるが、アカツキから見れば肉体と赫焉の動きが連動していないのだ。
身体に近いものならばまだしも、距離を隔てる程に精度が下がる。彼に限って修練を怠るということはないだろうから、目覚めたのは最近なのだろう。
赫焉の粒子操作という点で、理想の動きを再現するまでに至っていないのだ。
努力の人だからこそ、努力する時間が足りなければ結果は出ない。当たり前のこと。
だというのに。
『アカツキ?』
不安そうなミミの声。
アカツキとヤクモの間に広がっていた、絶望的なまでの戦力差が。
今この瞬間にも急速に縮まってきている。
全身を利用した刺突は、眼前に迫ったところで外側の刀身が弾け粒子となってアカツキの視界を阻害。そのまま突っ込んできたのは、ヤクモの全身を覆っていた鎧だけ。
本体は目くらましを利用してアカツキの背後に迫り、アカツキが鎧を斬ったタイミングで斬撃を降らせたのだ。
その振り下ろしをすんでのところで防いだアカツキだったが、無傷では済まなかった。
脇腹がわずかに裂かれる。
ヤクモは振り下ろしが防がれた頃には、赫焉粒子によって作り出した小刀をアカツキの腹部に突き入れようとしていたのだ。
咄嗟に身を逸して直撃は免れたが、姿勢が崩れて防御が維持出来なくなる。
再度降下を再開する斬撃を、アカツキは捌かない。
先程目くらましに使われた粒子が青年を捕らえようと蠢くようにして接近してきたのに気づいたからだ。
捕まえるのが最上だろうが、そうでなくともそれを止める魔力を捻出させればアカツキの残存魔力を削ることが出来る。
青年としては回避一択。この場合は、選んだのではなく選ぶよう仕向けられたのだ。
アカツキが飛び退ったことで振り下ろしのエネルギーが下方に向かって流れてしまうが、ヤクモはそれに抗わず中空で身体を回転させる。
身体の前半分が天に向く体勢になった瞬間、壁のように発生させた赫焉を曲げた腕で突き、加速。
回避行動を選んだアカツキを上回る速度で、彼の両足蹴りが飛んでくる。
アカツキは彼の予想接近時間を瞬時に計算。
身体が流れる中でも剣での迎撃は可能と判断。
だが予想が外れる。
棒が出現した。槍の柄のような、何の特徴もない棒が中空に浮かぶ。棒の両端はヤクモにもアカツキにも向いていない。どちらからも棒が一本の線に見える状態だ。
くいっと。
ヤクモが足をわずかに浮かせ、棒の上部を下半身が通過。
する直前。
膝が曲げられ、膝裏と棒が接触。ぐるんっと身体が半回転。
今度は彼の上半身がこちらを向く。
何かが投げつけられる。いや、投擲された。
一瞬で数本、数瞬の間に更に複数本。
――赫焉粒子製の棒手裏剣か。
一連の行動は小刀を解体し棒手裏剣に再構築しているのをアカツキに『見』せないようにする為のもの。
初見の攻撃を事前情報なしに放つことによってアカツキの虚を突こうと考えたのだろう。
少しでも思考時間を削ろうという魂胆。
そこまでしても、アカツキには対応可能。
冷静に棒手裏剣を剣で弾き――後悔。
それはただの棒手裏剣ではなかった。
正確にはただの棒手裏剣だけではなかった。
普通の棒手裏剣を投擲したもの。
『両断』を纏い、その上から粒子を被せられたもの。
非実在化が施されたもの。
全三種類が刹那の内に九本投擲されていたのだ。
――明らかに、運用レベルが先程までと違う。
天才になったわけではない。
まるで、無理やり自分の能力を十割まで引き出しているかのような。
ヤマトで言うところの、火事場の馬鹿力が近いだろうか。
全ての行動に全身全霊で臨む人間は少ない。いないといっていいだろう。
必要がないし、疲れるだけだ。
人間の身体にも同じことが言える。常に全力など発揮していたら筋肉が耐えられず体力も持たない。
肉体運用の効率が著しく低下する。
だから、無意識の内に最適化されているのだ。
逆に、極限状態に置かれた時、その状態に無意識が身体を最適化することがある。
ヤクモのこれも、おそらくその類。
彼の思考が常時よりも加速することによって、肉体と赫焉の操作にかかるロスを補っている。
驚くべきは、彼がその状態に戸惑っていないこと。
「お前、これが初めてじゃあないんだな」
アカツキは確信する。
この驚嘆すべき精神状態を、目の前の少年は前にも経験しているのだと。
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