第247話◇速度




 ヤクモはアカツキと斬り結ぶことを選んだ。

 だが決して自分一人で戦うわけではない。


 グラヴェル組の魔法――『両断』を刃に展開してもらう。

 そしてその上に、赫焉粒子によって形成した刃を被せる。

 これによって『両断』の『最初に触れたものを両断する』という条件をカバー。

 被せた刃で斬り合いつつ、必要に応じてそれを剥がすことで、『両断』の恩恵に与れるわけだ。


 それに対しアカツキの出した答えは単純。

 自身の剣を魔力で覆ったのだ。

 それも、幾重に。

 互いの得物が触れ合った時、ヤクモが『両断』を露出させていれば魔力を斬るだけ。無駄撃ちになってしまう。

 『両断』の残弾が幾つだろうと対応するつもりだろう。


 確かにこの方法であれば、彼の持つ魔法――『吸収』のタイミングを見計らうよりも、考えることが少なくて済む。

 剣に魔力を纏わせ続けながら、ヤクモの剣を受ければいいのだから。


 ただヤクモには、この選択自体がアカツキの余裕の無さの表れに思えた。


「ヤクモ……お前」


 アカツキが不思議そうにこちらを見る。

 ヤクモは彼の真下から跳ね上がるように斬撃を見舞う。


 アカツキの靴底に引っ掻くような傷がついた。

 損傷といえばそれだけ。

 彼は空に円を描くように上に飛び、後方へ下がる。

 その動きには迷いがなく、華麗でさえあった。


 しかし当の本人は、ヤクモの攻撃を回避したというのに、その目に驚きを滲ませている。

 何か気になることがあるようだ。


「……段々と速くなっていないか?」


 ヤクモは彼がそれを言い終える頃には眼前まで至り、その首を薙ぐように刃を振るっていた。


 アカツキは足元の魔力粒子を消すことで自然落下。跳躍や体から力を抜く脱力よりも迅速に、体が刃の軌道から逃れる。


 だが今度は完全回避とはいかなかった。

 ヤクモの斬撃の軌道が途中で変わったのだ。


 いや、種類そのものが。

 横薙ぎから振り下ろしへと。


 見せかけだけではアカツキの目を騙せない。

 首を狙った斬撃は本物。


 しかしそれでは今のようにはいかない。振り切った威力を利用した動きではなく、斬撃の途中で急降下したのだ。

 

 アカツキが何かに気づいたように呟く。


「粒子で――」


 相手の落下速度よりも、振り下ろされる雪色夜切の方が速い。

 アカツキは己の剣を頭上に掲げ、切っ先付近の剣身にもう片方の手を添える。


 彼の言う通り、残った赫焉粒子を利用したのだ。

 威力を殺さぬまま進路変更出来るよう空中に粒子を固定した。粒子をなぞるようにして斬撃はカーブを描き、横薙ぎを振り下ろしへと変えたのだ。


 赫焉で創られた刃と魔力で覆われた剣が激突する。

 ヤクモはそのまま宙を蹴って足を天へ向ける。

 流れるように天空を踏みつけ、斬撃の威力を上乗せ。


 アカツキの体が斬撃の威力に弾かれ、宙を流れていく。

 ヤクモは即座に膝をぐっと曲げ、足元に粒子を固定した直後に、膝の力を解放。

 弾丸の如き速度で、体勢を整えている途中のアカツキに飛び込む。


「……待て、ヤクモ。お前が赫焉に目覚めたのはいつなんだ」


 体ごと槍に見立てた刺突がアカツキに迫る。


 接触の寸前。

 雪色夜切を覆っていた赫焉粒子がほどけ、周囲に雪白の欠片が拡散する。

 それはアカツキの視界を覆うように広がった。

 粒子による目眩ましだ。


 だがアカツキは動じず、ヤクモの突きに備えて剣を構える。

 彼は飛び込んできた人影を難なく避け、通り過ぎるその影に斬撃を叩き落とす。

 人影は胴体から真っ二つに分かれ、霧散した。

 

 しかし、それはアカツキの勝利を意味しない。


 何故ならば、彼が斬ったのは粒子で創られた人形だったからだ。

 それも、中身は空洞。


 人形を叩き切ったアカツキの背後に、ヤクモの斬撃が迫る。


「……はは」


 瞬間、刃と刃が激突し、甲高い音が周囲に響く。


 なんとか刃を受け止めるアカツキだが、その目には驚愕が浮かんでいる。

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