第240話◇時間
アカツキは選択を迫られていた。
それ自体が久しいことで、場違いにも高揚する自分がいる。
自分で選ぶのではなく、他者に選択を強いるのでもなく。
誰かのアクションに対して、二つ以上の可能性から一つを選ばなければならない状況に陥る。
選ぶのと、選ぶしかないのは違う。
果たしてこの場にいる人間のどれほどが、ヤクモの行動を理解出来ているだろうか。
本来は、とても簡単な話なのだ。
二人が迫ってきた時、アカツキがただ全力で回避すればこの状況にはならなかった。
それが理解出来る者なら、無駄な特攻として考慮もしなかっただろう。その程度の者なら。
合理的にものを考えるのは、案外難しくない。
ただ、誰もが合理的に動くわけではない。邪魔だからといって、かつての仲間の死体を破壊することが出来ないように。無駄なく考えることが可能でも、実行出来るかは別。実行するかも別。
ヤクモはアカツキが応じると分かっていたから、もう一組と一緒に飛び込んできた。
これまでの言葉と行動から、アカツキを読んだのだ。
『普通ならばこうする』『賢い者ならこうする』という枠を活用すれど囚われない。
そこから外れる者がいれば、その個人を深く読んで行動を選択する。
年齢的には訓練生や見習いなどの身分でもおかしくないが、その判断は歴戦の戦士のそれ。膨大な経験に裏打ちされる実戦的な思考。
アカツキがアークトゥルスを攻撃するのは、彼女にあることをさせない為だった。
街の防衛とアカツキの警戒に釘付けにしておきたかったのだ。
その為には彼女しか対応出来ない規模の魔力攻撃を放つ必要がある。
幾度となく、そう間をおかず。
ヤクモはそれを理解し、もう一つの選択肢を付け加えることにしたのだ。
すなわち、死への対応。
このまま『両断』の刃とヤクモの一閃に身を晒せば、魔力再生を持たないアカツキは瀕死の傷を負う。
それをなんとかする術は、ある。
ただしそちらを選べば、アークトゥルスに時間を与えることになる。僅かな時間だが、彼女にはそれで充分だろう。
『アカツキ……!』
悲鳴にも似たパートナーの叫び。
甘く見ていたわけではない。ただ、彼が予想を上回っていた。
単騎での戦闘能力では自分が優っている。
だがヤクモが見据えているのは、最初から集団としての勝利。
これは突然の襲撃で、予期せぬ出逢いで、自分の都市ですらないというのに。
敵と味方の動きと性格を読み、ここまでの動きをするとは。
――《
単騎で絶大な力を揮う彼らとは、あまりに違うが。
魔力も持たぬこの少年の思考と行動に、アークトゥルスにさえ対応できたアカツキが、追い詰められている。
――この状況に対処する為には……いや。
思考を切り上げる。
この一瞬の攻防の勝利は譲ろう。
アークトゥルスに攻撃しなければならないタイミングで切り込んできただけでなく、対応せざるを得ない状況にまで持っていった二組の戦士に敬意を表して。
アカツキは魔力を下方に向かって放出した。
◇
アカツキはヤクモ達に対応することを選んだ。
アークトゥルスの魔力を下に向かった放出。
土塊の地面が爆ぜるように吹き飛び、それを足場としていた三組もそれぞれ影響を受ける。
特にヤクモ組とグラヴェル組は後方に大きく吹き飛ばされる。
巨大建造物を一瞬で破壊出来る程の魔力が二組を襲う。
『兄さん……!』
粉塵で視界がはっきりとしない。身体を襲う痛みはだが、攻撃と比べると小さい。
それもその筈。ヤクモは自分とグラヴェルの身体を赫焉粒子で覆っていた。ペリノアとそのパートナー、そしてパーシヴァルもだ。
彼にこうさせる為に飛び込んだのだから、対策は当たり前。
おかげで粒子のほとんどを攻撃に利用できなかった。
可能なら綻びを斬りたかったが、できなかった。
直前に綻びを斬る技を見せてしまった為に、アカツキに対応されてしまったのだ。ヤクモの刃の届かぬ箇所に綻びを生じさせていた。
彼は初めて見せた常識外の技でさえ、一瞬後には対応してしまう。
『兄さん……! 兄さん!』
「……僕は大丈夫だ」
武器化が解けていない以上意識があることは分かっているだろうに、心配でならないのかアサヒは何度もヤクモを呼ぶ。
『よかった……。っ、ツキヒはっ!?』
視界は不明瞭なままだが、ヤクモは起き上がってツキヒの魔力反応を探る。
「……おにーさんさ、馬鹿なことやるなら事前に相談してくれないかな」
すぐに彼女は見つかった。
「ごめん。でもすごくいい動きだった」
「カタナの達人に言われると光栄だよ」
皮肉だとは分かったが、文句を言いたくなる気持ちも分かるので苦笑を返す。
「アサヒが心配してる。怪我はないかい」
「体中痛かったけど、もう治したよ。そっちは?」
「僕は大丈夫」
「ウケミって奴? そんな万能とは思えないんだけど」
さすがにあの規模の衝撃を受け身一つで緩和するのは無理がある。
「まだ動ける、という意味だよ」
「治す?」
「いや、魔力を残しておいてくれ」
「もうあんま魔力が無いけどね」
今日は既に何度も『両断』を行使している。黒点化による獲得魔法は、強力な程に膨大な魔力を消費する。ミヤビ組やヘリオドール組が滅多にそれらを行使しないのも、闇の中で魔力切れを起こすことの恐ろしさを理解しているからだろう。
これほど連続して『両断』を発動出来るグラヴェルの魔力炉性能は凄まじい。
徐々に晴れていく土煙の中で、ツキヒの声が沈んで聞こえる。
「王様にこの為の時間をあげたかったの?」
「……あぁ」
見えてくるのは、吹き飛んだ土塊が散らばる地面と。
生きた騎士達の姿。
そう、屍騎士の一切が消えていた。
ヤクモの意図に気付いたアークトゥルスが、判断を下したのだ。
ランタンを消し飛ばしても、事前に再生する魔法なり対策を講じている可能性がある。
だから、これ以上同胞の死が弄ばれぬようにすべきだと。
その魔法で、死者だけを灼き尽くした。
死体がなければ、操るものはない。
彼女とて、こんなことはしたくなかった筈だ。だが他都市の領域守護者が命がけで作ったチャンスを無駄には出来ない。無駄にはしない。しなかった。
「次は? 虹色を助ける? 赤目の剣士を追っかける?」
ランタンはヤクモ達の更に後方にいたが、衝撃から逃れることは出来ただろう。
ラブラドライト組の加勢するか、アカツキか。どちらを優先的に打倒すべきか。
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