第239話◇思考




 ランタンのもとへ向かおうとするアカツキを、ヤクモ組とグラヴェル組が阻む。

 ヤクモは高速で思考を巡らせていた。


 敵はアカツキとランタンと屍騎士。

 死した騎士に関しては、ランタンを打倒すればその動きを止めるだろう。

 だがその術者自体を守るのが屍と化した騎士達であり、仲間の遺体相手に躊躇う騎士達も続々と死体となっていく。


 ラブラドライトが動くのを確認したので、ランタンは彼に任せることにする。

 屍騎士の相手は、《カナン》の領域守護者達が担当すべきなのかもしれない。

 関係性が希薄な分、彼らよりは心の痛みが小さい筈だ。

 後で心を襲う苦痛はともかくとして、今この瞬間は非情に徹することが出来よう。


 それをしないのは、アカツキがいるから。

 彼を自由にしておくわけにはいかない。加えて、青年のヤクモ達への執着は利用すべきだ。

 向かってくる敵を屠ることに抵抗がないアカツキだが、ヤクモ達には関心を示している。殺さないように無力化するなどと言ったくらいだ。

 一度は剣から刃を消した程。

 保証にはならないが、その『意識』は使える。

 致命の一撃を放ちたくない、という意識は彼の戦い方を制限するだろう。


 そして、アークトゥルス。

 アカツキは微笑みを湛えているが、意識の大半を魔法とアークトゥルスに割いているのが分かった。

 彼はアークトゥルスを戦闘に参加させたくない。

 だから魔石から吸い上げた魔力で街を狙う。それを守ることに専念させる為だ。


 ただし、戦闘に参加させたくない理由は自分を襲わせない為――ではない。

 おそらく。

 ある決断を下し、実行させない為。

 ならば、ヤクモ達がやるべきことは。


「ん……」


 赫焉粒子が彼の瞳めがけて襲いかかる。


「狙いはいい。考えは甘いな」


『――な』


 アカツキの魔力操作能力と精神力は、やはり飛び抜けている。

 赫焉粒子は魔力で構成されていない。


 魔力感知で捉えることは出来ないのだ。魔法で打ち消すことも出来ない。

 だというのに。


 囚われていた。

 複数の魔力粒子で赫焉粒子を囲み、空間に固定したのだ。

 綻びがないから、破ることは出来ない。その赫焉粒子は回収出来ない。


 人間業ではない。


 しかしヤクモもグラヴェルも怯まない。

 放って終わりではなく、魔力をその場に固定させるには魔力に干渉し続ける必要がある。


 アカツキとて人間だ。精神と肉体の限界は必ず訪れる。


 魔力の『吸収』と『放出』、アークトゥルスへの警戒、ヤクモ組とグラヴェル組の相手、赫焉粒子の無力化の全てを完璧にこなし続けるのは相当な負担だろう。


 続けていけば、いずれ綻びが生じる。

 グラヴェルが『両断』を纏わせた 宵彩陽迎を振り下ろす。


「さて」


 アカツキはそこへ魔力粒子を向かわせる。

 最小故に破壊を受け付けない粒子で『両断』を防ごうというのだ。

 壊れない粒子と、必ず断つ刃。

 その接触の結果は。


「へぇ、矛盾は回避されるのか」


 接触は、しなかった。

 グラヴェルから見て斬撃は右に、粒子は左に。目に見て分からぬ程に僅かではあるが、ずれたのだ。


 その斬撃はまだアカツキを肩から切り裂く軌道を描いているが、彼は慌てない。

 盾状の魔力防壁を展開し――。

 その盾が、泡沫のように弾けて消える。


「……なに?」


 両断ではなく崩壊。

 周囲に漂わせていた赫焉粒子を小型の剣に形成し、綻びを突いたのだ。


 この技は、まだ見せていなかった。


 一瞬の驚きが、ヤクモ達に利する。

 ヤクモ自身、グラヴェルの右前方で切り抜けるように地を蹴っていた。

 アカツキはそれでも、対応しようとした。

 空いた手から小さな土の塊を放る。

 そんなものでも、『両断』してしまえば魔法は役目を終える。

 だがその程度は予測済み。


 赫焉粒子が弾き、グラヴェルの剣を阻むものが無くなる。

 『両断』さえもアカツキの剣は『吸収』出来る筈だ。

 おそらく魔法の効果を無視して魔力として吸収するものだろうから。

 でなければアークトゥルスの魔法を吸収出来はしないだろう。


 ただ、どんな破格の魔法も完璧ではない。

 ここまで『両断』に『吸収』以外で対処しようとしたことからも推測出来る。

 一度に二つ以上の魔法を吸収出来ないか。

 一度に吸収出来るのは一人の魔法か。

 吸収した魔力を使い切るまで、別の魔力は吸収出来ないのか。


 何かしらの条件があって、避けているのではないか。

 二つの刃が、アカツキに迫る。

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