第228話◇思慮




「都市の案内、ですか?」


 ペリノアは困惑気味だ。

 罰というには軽すぎるし、先程まで剣を交わしていた相手に街案内というのも、気持ちが上手く切り替わらないだろう。


「うむ、頼んだぞ。余は忙しい」


 だが命じた当人は鷹揚に頷くと、話は終わりとばかりに家に戻っていく。


 簡単に済まなかったのは、モルガンの方だった。


「モロ、グリテン、グリトン、ティロ、ティティはお留守番ね。お姉ちゃん、話があるから」


 騎士達の《偽紅鏡グリマー》が震え上がる。

 モルガンはニッコリと微笑んでいるが、その背後で炎が燃え上がっているかのように、怒気が滲んでいるのが感じとれた。


「モルガン様、今回の我々の行動は――」


「私、貴方に声を掛けたかしら?」


 釈明を許さぬ、冷ややかな笑顔。

 口を開きかけたペリノアは、冷や汗を垂らしながら俯く。


「……いえ」


「そんな、ペリノア、もっと頑張って」


 彼の《偽紅鏡グリマー》が、パートナーの袖をぐいぐいと引く。


 長姉ちょうしであるモルガンの怒りを他の姉妹が恐れるのは分かるが、ペリノアのような騎士にまで通じるとは。

 笑顔で優しい魔法使い、というヤクモ達の印象からは想像出来ないなにかがあるのかもしれない。


「アークトゥルス様があぁ仰るなら、仕方ない。案内するよ」


 グラヴェル組と戦っていた、中性的な容姿の騎士が言う。


「何を忠臣気取ってんのさ。思いっきり逆らってたでしょさっきまで」


 人間状態に戻ったツキヒは呆れ気味。


「ぐっ。だからあれは理由があったんだよ」


「へぇ」


「えぇと、それはさておき、私はパーシヴァル。よろしく、麗しいお嬢さん方」


「きみ、性別どっち?」


 聞きづらいことをスパッと口にするあたり、ツキヒらしい。

 細身だが華奢というよりは、身軽そうだなという印象。金の毛髪は肩に掛からない程度の長さと思われるが、後ろで一つに編まれている。

 中性的な顔なので、男女の判断を顔だけでつけるのは難しかった。


「女だよ」


「ふぅん」


 それから最低限の礼儀ということか、ツキヒも名乗る。グラヴェルも続いた。


「それにしても、《カナン》の若者は肝が太いんですね。迷わずアークトゥルス様が為に剣をとったかと思えば、我ら相手に一歩も退かないとは」


 ラブラドライトにやられた騎士が、感心と疑問混じりの表情で言った。


「それは貴方達も同じだろう。『都市間の関係を悪化させる』? 安い脅し文句だ。その後のツキヒの発言は、言いたくないが正しい」


 確かツキヒは、そちらが逆賊なのだからむしろ褒められるのでは、というようなことを言っていた。


「そうでしょうか。君達の干渉は、立場を無視したものだ。問題行為でしょう」


「あぁ、貴方達の行動が《城》の総意であるなら、もちろんその通りだ。あり得ないが」


「…………」


 感情だけでなく、理屈の面でもアークトゥルスへの助勢は説明出来る。

 まずは、人数。

 《黎明騎士デイブレイカー》第一格を打倒しようと言うのに、たった五組とは少なすぎる、、、、、


 足手まといは不要という考えなのだとしても、五組では包囲もままならないだろう。

 《黎明騎士デイブレイカー》はみな等しく、単騎での特級魔人討滅を成し遂げている。

 アークトゥルス組は、その中でも人類最大の戦果を上げているのだ。

 とてもではないが、本気で倒そうとしているとは思えぬ戦力だ。


 次に、ヤクモ達の存在。

 これが《城》の命令によるものならば、客人の帰還を待つ筈だ。


 あのままヤクモ達が素直に帰還すれば、『《アヴァロン》に問題がある』という情報を持ち帰らせることになってしまう。騎士が《黎明騎士デイブレイカー》を捕らえようとする内輪揉めの現場を見られたのだ。

 都市間の関係を真に考えるならば、わざわざ弱みを晒すような真似は避けるべき。


 これが広まれば、最悪《アヴァロン》の魔力不足は深刻なのではという噂が広まり、交易にも影響が生じよう。考えたくないが、魔石取引で吹っかけてくる都市があるとも限らない。


 もし《城》であれば、そのような命令は下さない。


「貴方達が急いだのは、《アヴァロン》に迫る危機が余程深刻なものということでないなら、戦力的なものだと思った。《ヴァルハラ》に送った人員が帰ってくるとか、逆に貴方達が他都市に送られるとか」


 結果的にヤクモ達が担うことになったが、アークトゥルスに味方する林檎の騎士もいるだろう。

 そういった騎士達にバレないよう動き、あるいは邪魔が入らないタイミングを選ぶとなると、この時しか無かったのかもしれない。


 確かめねば、という気持ちは理解出来るが、『気持ち』だけで《城》が許可を出すとは考えにくい。

 つまり、これはペリノア達の独断。


 構図はこうなる。

 独断で《黎明騎士デイブレイカー》の自宅を襲撃した五組の騎士。

 襲われた《黎明騎士デイブレイカー》と、その客人。


 《カナン》と《アヴァロン》は協力関係にある。

 《騎士王》が襲撃されている中で、知らぬふりする方が余程問題となろう。


 とはいえ、確信があったかと言えば違う。

 ラブラドライトは有り得ないと言ったが、《塔》が命じた可能性はゼロではない。

 それこそ本当に《アヴァロン》が深刻な状態なら、なりふり構っていられないだろう。


 都市の存亡が関わっているなら、一客人の口を挟むべきことではないし、彼らが《塔》の総意で動いているならばヤクモ達の妨害行為こそが問題になってしまう。

 正義はそれ自体が絶対的な価値観ではなく、様々な要素によって容易に変動するものだ。


 人を助ける、好きな方の味方をする。

 それが時に、罪となることもある。

 今回はなんとかなった、というだけ。


「……確かに、読めなくもない。それでも、あくまで勝率の高い賭けでしょう」


「先に乗ったのはヤクモだ。僕らだけ降りてどうする」


 確かに、ラブラドライト組とグラヴェル組とアサヒはヤクモの判断を尊重してくれた形。


「説得という選択肢もあったのでは?」


「説得が通じる状況ではないと判断した」


 しれっと言う。

 騎士も苦笑していた。

 モルガンによる治療が済み、まだ朝早いということで案内は昼からとなった。


「朝食を作るね――もちろん君達の分は無し」


 にっこりと、モルガンは五組の騎士に微笑む。

 彼女の妹達は項垂れていた。


 ふと疑問に思う。

 武器破壊で人間状態に戻らないという点も不思議だが、それよりも。


 全員でないにしろ他の姉妹はペリノア達についた。

 モルガンはアークトゥルスを疑わなかったのだろうか、と。


「ところで、兄さん」


 がしっと、妹が腕に絡みついてくる。というより、掴んでいた。力の限り。


「どうしたのかな、アサヒ。少し痛いよ」


「あーちゃん王の過去? いつ聞いたんです? 勧誘もいつされました? 起きている間はそんなに離れていないから、わたしが寝ている時ですか? ということは同じ部屋にいたわたしを起こさないように忍び足で部屋を抜け出しあーちゃん王と密会したということですよね妹を部屋に一人置いて湖のほとりで女性と逢瀬を楽しんだとそういうことですよね悲しいなぁアサヒちゃんとても悲しいです」


 アサヒが一息で言い切り、ヤクモの腕はミシミシと軋みを上げる。

 妹の黒目の奥から光が消え、宵闇の如く黒に呑まれているような錯覚を覚えた。


「いや、ちゃんとアサヒにも話すつもりだったよ。本当だ」


「兄さんがそういう行動に走るなら、ますます今後は一緒に寝るしかないですね」


 ヤクモの弁明の言葉も、彼女には届かない。


 そんな兄妹のやりとりを、ツキヒが白い目で眺めている。


 それからしばらく、アサヒはヤクモから離れようとしなかった。

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