第229話◇儀式




 約束通り、ペリノア達は昼頃にヤクモ達を迎えに来た。

 彼らを連れて、街を案内するようアークトゥルスが命じたのだ。


 姉妹はきっちり五人来たが、騎士は多忙とのことでペリノアとパーシヴァルのみ。

 ペリノアが五人組を指揮していた騎士で、パーシヴァルは中性的な美女だ。


 アークトゥルスが「頼んだぞ」と言うと、二人の騎士は仰々しく応じたが、その後表情を暗くした。


 まだ先程のことを引き摺っているらしい。

 彼らとて、何もアークトゥルス憎さから襲撃したわけではないのだ。


 強硬な手段に出た結果として、信じると判断を下したのならばなおさら罪悪感があろう。

 姉妹らは直接的に謝罪してきた。アークトゥルスは許したが、モルガンの怒りは燃え盛っている。


 長姉監視のもと、メイドのような衣装に着替えさせられた五人の妹たちが、涙目になりながら家中を掃除させられていた。


「少し出る。しばらく誰も湖の方に寄越すな」


「わかったわ。いってらっしゃい、あーちゃん」


「うむ」 


 モルガンは理由を訊いたりしない。余計な詮索も。

 それでいて、何かあればアークトゥルスの味方になる。


 ヴィヴィアンを伴い、宣言通り外へ出た。

 自分の隣を歩く、麗しき美女に声を掛ける。


「ヴィヴィアン」


「はい」


「後、どれくらい保つ、、、、、、、


 応えまで、しばらくの間が空いた。


「それは、王と湖、どちらを指しての問いでしょうか」


 感情を押し殺すような声。


「同じことだ」


 ヴィヴィアンは美しい顔を、苦しげに歪める。


「……最長で、四半世紀かと」


 二十五年。

 都市の寿命としては、短すぎる。


「最短で」


「明日でもおかしくはありません」


「今この時でも?」


「……はい」


 アークトゥルスは、とある『約束』もあって湖の水を商品には出来ない。正確には、湖の水を都市の外に持ち出してはならない。


 壁外へ水を持ち出す場合、それは『水』属性魔法によって生み出したものに限定されている。これは《アヴァロン》の騎士達にとっては常識。それほど昔からある決まり。


 約束を破れば、相応の罰が下る。

 だがアークトゥルスは迷っていた。


 約束を破って受ける罰と、自分とヴィヴィアンだけが知る限界リミット、どちらが重大か。


「お覚悟は、済まされたのでは?」


 自分が囚われて、都市の者達が水を売るというのならばそれでもいいのかもしれない、と考えた。

 どちらにしろ限界は近いのだから、せめて此処に住まう者の選択を尊重してやるべきかと。


 だが無関係である筈のヤクモ達が自分を守るために剣をとった姿を見て、火が点いたのだ。

 とても弱々しいが、確かに火が。


「まだ迷っているさ」


「ですがそれは、どう終わらせるか、という迷いではありません」


 どうすれば続いていくのか、という迷いだ。


「貴様はどうしてほしい?」


 尋ねても、ヴィヴィアンは答えない。昔からこうだ。

 苦笑しながら、アークトゥルスは湖面に足を進める。


 水の上を、当たり前のように歩き続ける。

 道があるわけでもなければ、魔法でもない。


 だが、湖は王を沈めることなく、上に立つことを許す。


「もう少し頑張るか……水が無いのは辛いものな」


 湖の中心で、アークトゥルスは魔力を練り上げる。


 ◇


 街を散策していると、甘く温かい香りが鼻孔を擽った。

 どことなく果実を思わせるその匂いに、女性陣が反応する。


「林檎……これは林檎では?」


 ヤクモの右腕にピタッと絡みついているアサヒが、鼻をひくひくさせた。


「砂糖を焦がしたような匂いもする、気がする」


 真面目な顔でくんくんとしていたアイリが、より詳細に匂いのもとを探る。


「……お店は出てない」


 きょろきょろと周囲を見回していたグラヴェルは、どことなく残念そう。


「どこかの家がアップルパイでも焼いてるんじゃないの?」


 ツキヒは冷静だが、普段よりも表情が緩んでいるようにも見える。


 《城》の中を見て回った後、ペリノア達に街を案内してもらっていたのだ。


「林檎と湖は《アヴァロン》の象徴なんだ。もちろん、食用に出回っているのは黄金色ではないよ?」


 冗談めかしてパーシヴァルが言う。


「象徴って程じゃないけど、人類領域には林檎の木が多いね。《エリュシオン》もそうだった」


「そうだったかな。ツキヒはよく見てるね」


「別に……」


 アサヒが微笑むと、ツキヒは照れくさそうに俯きがちに額をかいた。


「でもどうして、林檎なんだろう」


「水分が豊富で栄養もあるからだろう。壁の内にこもった後の食生活を考えれば、候補に入るのも納得だ」


 ヤクモの疑問に答えたのは、ラブラドライトだ。


「それに、おいしい」


 アイリが付け加える。


「詳しいんだね」


 壁の外で暮らしていると、食べられるものにありつけるだけありがたいので、栄養がどうこうなどはあまり考える機会が無かった。


 だが言われてみると、確かに林檎は水分が豊富だ。

 かつての人類は追い詰められながらも、生き延びることをしっかりと考えていたらしい。


 一行いっこうは、匂いに気を取られつつも、引き続き住宅街を散策。

 見慣れない建築様式や街並みというだけで、目に楽しい。


「いや……。それにしても、あの黄金の林檎はなんなんだ? 食用には適さないようだが」


「我々にも分からない。ただアークトゥルス様が触れるべきでない、と」


 ラブラドライトが訝しげに言うと、ペリノアが応じた。


「好奇心に負けて齧った騎士が蒸発したって噂があったね」


「私が聞いたのは、内側から爆ぜたというものだったが」


「色んなパターンがありますよね」


 ペリノアは真面目な顔で、パーシヴァルは笑いながら話している。


「結局分からないのか」


「不思議なものは『不思議なもの』って認識で構わないんじゃないかな。どうしても放置出来ない問題でもない限り、さ」


 パーシヴァルの発言を聞き、ツキヒが口を挟んだ。


「あぁ、魔力不足なのに水を売らない王様を信じられない時とか?」


「……ツキヒ、君はもしかしてあれかい? 私の言ったことをまだ根に持っているのかな?」


「別に~」


 パーシヴァルが苦々しい笑みでツキヒを見る。戦闘中に何か言われたらしい。

 と、そこで一軒の家から四十程の女性が顔を出した。


 一瞬、先程の香りが強くなる。

 女性はペリノアとパーシヴァルに気づくと笑顔になり、少し不思議そうにヤクモ達のことを尋ねる。


「あぁら騎士様、こんにちわ。そちらの方々は?」


「こんにちは、ご婦人。こちらの皆さんは、王の客人です」


「あぁ……! アークトゥルス様がご帰還なさった時に、一緒にいらした」


「えぇ」


 どうやら目の前の婦人も、アークトゥルスの帰還を目にしていた観衆の一人らしい。

 彼女はニッコリとヤクモ達に微笑み、挨拶をすると、思いついたように手を叩いた。


「そうだわ、ちょうどアップルパイを焼いたところなんだけど、折角だからどうかしら?」


 ごくり、とヤクモの隣で音が鳴った。

 アサヒが喉を鳴らした音だった。


「じゅる」


 と、アイリは口に出して言う。


「……どうやら、うちの妹はいただきたいようだ」


 ラブラドライトが無表情で言い。


「こっちの妹も、同意見みたい」


 ヤクモは苦笑しながら続く。


「ツキヒはどっちでも」


 そうは言うが、興味はあるようだ。


「食べたい」


「……こっちは《導燈者イグナイター》が食べたいらしいよ」


 グラヴェルの意見を聞いたツキヒが、肩を竦める。


「では、ご厚意に甘えてもよいだろうか、御婦人」


「えぇ、もちろん。賑やかになりそうね」


 ペリノアの言葉に女性は嬉しそうに頷き、みなを家に迎え入れてくれた。

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