第227話◇憂懼




 彼から戦意が消えるのを確認して、切っ先を引く。

 ペリノア達の言葉に嘘は無かった。


 彼らは本気で都市の行く末を憂いた騎士達だ。

 だが同時に、彼らは馬鹿ではない。


 アークトゥルス程の人間が理由を話さず頑なに反対の意だけを示すという行いそれ自体が、口に出せぬだけで水を売ってはならない理由が存在することの証明だ。


 ヤクモ達よりも余程彼女を知る者がその可能性に至れないのであれば、ラブラドライトが言ったように愚か者と言わざるを得ない。


 彼らは愚者ではない。

 『可能性』には至っていた。


 その後で、信じる者と、疑いを拭えない者に分かれたという話。

 アークトゥルスのことだからきっと理由があるのだろう。だがもし、無かったら? あったとして、それがごく個人的なものだったら?


 それを確かめようにも、《騎士王》は僅かたりとも語らない。

 ただ却下するのみ。

 信じたくとも、不信感は募る。


 心の底から都市の未来を願えばこそ、彼らは確認せざるを得なかったのだ。

 すなわち、アークトゥルスの頑なな態度が都市の為のものなのか自分の為のものなのか。

 もし後者であれば、無理やりにでも捕らえるつもりだったのだろう。


 信頼と盲信は違う。

 彼らが疑いを持つのも無理は無かった。

 頑として譲らない姿勢だけでなく、アークトゥルスは時折何かを迷うような物憂げな表情を見せていた。

 見ようによっては、後ろめたさや罪悪感の表れととれなくもない。


「《カナン》の《黎明騎士デイブレイカー》殿にはお見通しなのかな」


 ペリノアが試すような視線をヤクモに向ける。

 彼らの戦意が本物である以上、ヤクモ達の行動は変わらなかった。


「……疑いは晴れましたか」


 アークトゥルスが迷っていたのは本当だ。

 だがそれは、我欲をとるか滅私を選ぶかという迷いではない。


 おそらくは――。


「そうだね。結果的には貴方達のおかげということになるのかな」


『……何を勝手に納得してるんですかこの人』


 妹の怪訝そうな声。


「アークトゥルスさんが、戦意に応えたからですか」


 大剣を折られた時に見せた演技とは違う、今度こそ驚いたような表情。


「……視えるのは、綻びだけではないようだ」


 辛うじてといった具合に、冗談っぽく賞賛を口にするペリノア。


『えぇと、つまり?』


 何事もそうかもしれないが、戦闘は特に精神状態が大きく影響する。

 ペリノア達はアークトゥルスの真意を計る為に、謀反まがいの襲撃を仕掛けたのだ。


 彼女はギリギリまで迷いを見せていたが、ヤクモ達の動きもあってかペリノア達と戦う道を選んだ。

 選んだ後、そこには一片の不純物も無かった。


 先刻までの迷いが罪悪感などに起因するものならば、宿る戦意にも揺らぎが生じる。

 自分の都合で同胞を斬る、という意識がどうしても滲む。

 それが無かったということは、アークトゥルスにとってペリノア達の鎮圧が都市の為であるということ。


 水を売ろうとするペリノア達を無力化することが、都市の為の行動であるなら。

 水は売れないのではない。

 売ってはならない、、、、、、、、のだ。


 そしてアークトゥルスは、そのことさえ口に出来ない『何か』を抱えている。

 夜に彼女から得た知識で言うならば、『呪い』だろうか。もしくは、『契約』の形をとった異能か。

 『約束』の内容をヤクモに話せなかったのも、それが理由かもしれない。


 口で確認することが出来ないから、真意を計る為の手段を講じた。

 言ってしまえばそれだけ。


『本気であーちゃん王を倒す覚悟を決めていたけれど、その一つ手前に最終確認をしたかった、と』


 ――そういうことだね。


 ヤクモ達が動かねば、アークトゥルスは無抵抗で捕まりかねない気配があった。

 その理由には察しがつくが、ペリノア達は罪悪感の表れと捉えてしまったかもしれない。


「一つ訊いてもいいだろうか」


 ペリノアが口を開く。


「なんでしょう」


「貴方がアークトゥルス様につく理由は、なんだったのかな。信頼だけではないだろう?」


 ヤクモにとっては信頼だけでも充分なのだが、実際他にも理由は幾つかある。

 その主たるものを言っていいものか、とヤクモは迷った。


「ヤクモには昔の話を聞かせてやったのだ。お人好しのそやつのことだ、余のことが放っておけないなどと的はずれなことを思ったのだろうよ」


「過去?」


 と反応したのは五組の騎士達。

 グラヴェル組に武器を破壊された一組、ラブラドライト組の銀光に膝を撃ち抜かれた一組、モルガンの『土魔法』で突き上げられて落下した一組、ペリノア組に、仲間が立て続けに打倒されたことで次の動きを迷っていた一組。


 見れば、グラヴェル組に破壊された武器も人間に戻っていない。


「ア、アークトゥルス様の過去の話なんて、私達も聞いたことないのに……!」


 グラヴェルと戦っていた中性的な騎士が悔しそうな声を出す。

 他の騎士たちも羨ましそうな感情を滲ませてヤクモを見ていた。


 ペリノアだけが、納得したような顔をしている。


「信用出来ないからじゃないの? 実際裏切ったし」


「……魔法だけじゃなくて、言葉の切れ味も鋭いな君」


 ツキヒの冷めた言葉に、中性的な容姿の騎士はうっと胸を押さえる。

 信頼度ではなく、関係性によって言えることと言えないことというものがある。


 家族だから言えること、家族だから言えないこと。

 部下には言えないこと、他都市の者にだから言えること。

 実際はそんなところだろう。


『へぇ? いつ聞いたんですか兄さん。わたし、知らないんだけどな』


 背筋が凍る程に冷え切った妹の声。

 呆れた表情で騎士達を見回したアークトゥルスは、ため息混じりにモルガンを見る。


「……モル、馬鹿者共を治してやれ」


「あーちゃん? 私はまだよく分かっていないんだけど」


「いかに口を噤もうと、剣を交えれば真意が透けよう」


「え、拳で語り合う的なのを狙って、こんなことしたの?」


 モルガンは納得がいかないのか、ぷくぅと頬を膨らませている。


「そう怒るな、余の落ち度だ」


「そんなの」


「いいから、治してやれ」


 アークトゥルスが再度言うと、モルガンは躊躇いがちに頷く。


「はぁい」


 渋々といった具合だが、その後の動きは迅速。

 ペリノアの折れた大剣が半身と共に人間に戻る。


 どことなくモルガンに似た美女だ。

 他の武器達も人間状態に戻る。


 やはりどことなく、モルガンに似ている。


「……ペリノア。わたしたちがモル姉に殺される前に怒りを鎮めて」


 どこか怯えた表情のパートナーに、ペリノアは申し訳なさそうな顔をする。


 ――九姉妹だと言っていたけれど、妹さんなのかな。


「アークトゥルス様」


「なんだ」


「責は全て私にあります。どうか他の者には――」


 言い終えるより先に、アークトゥルスが面倒臭そうに手を振る。


「いい、いい。都市を思えばこその行動だと理解している。少し訊きたいことはあるがな」


「ですが」


「失うに惜しい自らの実力にでも感謝すればよい」


 本物の王でないにしろ、都市の象徴たる《黎明騎士デイブレイカー》を襲撃したのだ。

 理由があろうと、その事実は変わらない。当然大きな罪だ。


 だがアークトゥルスはそれを気にしないという。

 単なる賊であれば別だが、彼らは都市を思う騎士。


「…………」


 ペリノアは納得出来ないようだ。


「その顔はなんだ? 罰してほしいのか? まったく……――あぁ、そうだ」


 アークトゥルスはそんな彼を呆れた様子で眺めていたが、しばらくして、名案でも思いついたかのように、ぽんっと手を叩いた。


「ならば、こやつらに都市を案内してやれ」


 騎士王の発言に。

 その場の全員が、ポカンとした。



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