第226話◇不満
グラヴェル組の『両断』『複製』が契機となり、戦闘開始。
敵五組が一斉に動くのを、ヤクモは確認。
直後、地面から――大樹の幹程の太さを誇る握り拳が突き上げられた。
「怒ったんだから」
モルガンだ。
彼女は今、個人で魔法を発動した。
大地から空へ向かって生えた握り拳は五つ。
それぞれ『両断』を回避しようと動いた先の地面から突き出ていた。
完全回避した一組はまっすぐグラヴェル組に向かう。
脇腹を裂かれていた一組の騎士は反応が遅れて、直撃。空中へ吹き飛ばされる。
仮にも同胞だ、モルガンも加減はしているだろうが……。
頭の片隅でそう考えながら、ヤクモも動いていた。
五組の中心人物と思われる男性――ペリノアに向かって。
赫焉粒子によって武装し、魔力防壁対策に展開することも忘れない。
――なんだ。
『魔法を使う気が……』
ヤクモと同じ動揺が妹からも伝わってくる。
優秀な魔力炉性能であることは確かなのに、魔力を使う気配が無い。
大剣を両手で構え、こちらを迎え撃とうとしている。後は振り下ろすだけ。
『……正気ですか?』
剣技を競うつもり――というわけではないだろう。
理由がどうあれ、今相対している事実は変わらない。
ならば全霊を以って応じるのみ。
「行こう」
『はい』
「正面から来るか」
ペリノアが口の端を歪める。
どことなく、楽しげだ。
不動の彼に向かって、全速力で接近するヤクモ。
その距離は凄まじい速度で縮まり、そして。
ペリノアの振り下ろしと、ヤクモの斬り上げが交差。
振り下ろしされた彼の大剣は、刀身の半分以上を失っていた。
ペリノアが目を瞠る。
ヤクモが見るのは、魔法の綻びだけではない。
接近中に大剣の綻びは見抜いていた。
『兄さん』
――分かっている。
これで終わりではない。
むしろ、ここまでペリノアの想定通りだろう。
こちらを異形の《
魔力がないのに、魔法や魔力を切る剣士。
そこまで知った上で、ヤクモと剣の腕を競おうと考える者は、いてもおかしくない。
だがこの状況。
彼らが敬い崇める《騎士王》を無理に捕らえてでも水の売買を推し進めようという状況下で、己の趣味や欲を優先するわけがない。
ならば、その行動は罠。
彼はヤクモが武器さえ斬れると想像出来た筈だ。
なのにわざわざ剣で待ち構えた。
ただ接近させたいなら、魔法で迎え撃つべきなのに。その方が自然な行動だし、兄妹はそれらを打ち破って彼に近づいた筈だ。
彼は――時間を掛けたくなかった?
何故? 時間が掛かった場合、何がある? 何が、彼に不利に働く? あるいはヤクモ達に有利に? そうでもなければ、彼の罠が機能しなくなってしまう?
ヤクモは幾つもの可能性を考え、その罠に飛び込んだ。
ペリノアが、
《
その仕組みを無視した、常識外の一撃。
なるほど、罠を張るだけある。
彼はヤクモ組をよく読んでいた。
兄妹は赫焉粒子を応用し、どんな相手にも対応せんと戦う。
ならば、最も効果的な攻撃とは何か。
未知だ。
既知の攻撃は余程上手くやらねば対応されてしまう。
知っているから、冷静に対応出来る。
だが未知ならば。
どう対応するかの思考時間が生じる。驚きがあれば更にいい。
その対応に掛かるまでの時間を、突く。
常識が揺らぐ衝撃は計り知れない。
ペリノアの罠は素晴らしかった。
ただ、見落としていたことがあるとするならば。
ヤクモ組は、起きたことに対し考えを巡らせると同時に、何が起きるかについても考えを巡らせていること。
だからそう、破壊された武器が人間に戻らないことも、予期していた。
故に、ペリノアの想像しただろう一瞬の硬直は生まれず。
突きの軌道から逸れるように半歩踏み込み、その切っ先を彼の首元に添えていた。
「……知っていたのかな」
悔しさと称賛が綯い交ぜになった、複雑な表情で、ペリノアが言う。
「いいえ。ただ、何が起きてもおかしくないと思っていただけです」
「……お見事」
「いえ……」
――やっぱり、これは。
どこかおかしい。
ペリノアが手を抜いていたとは思わない。
だが、能力の全てを発揮したとは到底言えない。
この湖が舞台、というのは大いに関係しているのだろう。
大魔法で湖を破壊などは出来ないという考えが、無意識に彼らの選択肢を狭めた筈だ。
ならば、何故このタイミング、この場所で襲撃した?
《騎士王》を倒すとなれば、それこそ全員が全力を出せる環境を整えなければならないだろうに。
譲れぬ意志を見せた割には、ペリノアは素直に負けを認めている。
彼らの考えは本物。
アークトゥルスへの不満も。
だが。
「……貴方達は――」
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