第222話◇点火
冷静に考えれば、答えはすぐに出るというものだ。
ヤクモ達はあくまでアークトゥルスの客人だ。
何の権限もない、他都市の人間である。
権限どころか、関わりさえない。客人というだけ。
この都市に来てから一夜明けたばかり。
とても全ての事情を知っているとは言えない。
騎士達も軽率に裏切るような真似はしないだろう。
昨日の確認は、最後の希望を込めてのものだったのかもしれない。
それさえもアークトゥルスが却下した為に、強硬手段に打って出た。
そうする他に、《アヴァロン》の未来はないと考えて。
騎士達は誰も捨てないという都市の方針を守ろうとしているのだ。
水を取り引き材料にすることで。
部外者であるヤクモ達がかかわるべきではない。
下手をすれば都市間の関係にひびが入るかもしれない。
だから此処は、素直に帰還すべき。
「お断りします」
口を衝いたのは、冷静な思考の末に導き出した結論とは真逆のもの。
「なに……?」
耳を疑うように眉を寄せる男性騎士。
彼らが間違っているとは思わない。
むしろアークトゥルスの主張の正当性が問われる場面だろう。
彼女が口にした『約束』について、ヤクモも詳細は聞いていない。
いや、おそらく内容を他言しないというのが約束の一部。
でなければ、この状況に至るまで彼女が周囲に説明しないわけがない。
そしてその制約がために、こうなった。
都市の象徴である《
アークトゥルスは、これを予期していたのだろう。
円卓を冠するに相応しい騎士の中には彼女に味方する者もいるだろうに、現れない。
気付いていない、ということはないだろう。既に打倒された、ということもなさそうだ。
彼女が《ヴァルハラ》に置いてきたという騎士こそが、そうなのではないか。
仲間同士の争いを避ける為に。
ならばアークトゥルスは、今回彼らに捕らわれることをよしとしている?
違う、とヤクモは思う。
このことを予期していて、諦めていたなら、何故ヤクモ達を都市に招いた?
迷いと、期待か。
「これは《アヴァロン》の問題だ。部外者が口を出すことではないと考えるが?」
その通りだ。
「無関係じゃあありません。僕はアークトゥルスさんに移住を打診されたので」
ヤクモの側まで来ていたアサヒが「え」と困惑したような声を出す。彼女にはまだ話していないのだった。
そもそも、こんなものは屁理屈だ。少しでも関わり合いがあると主張する為の無茶な言い訳。
「君は、何を言っている」
「あなた達が正しいからと言って、アークトゥルスさんが間違っていることにはならない」
「……アークトゥルス様に秘め事が在ることは承知だ。だが、それは都市の存続よりも優先されるべきではない」
「都市の存続の為に隠しているのかもしれない」
「どうしてそう言い切れる」
「アークトゥルスさんの都市を思う気持ちは本物だと思うからです」
「正気か? ただそう思うというだけで一介の訓練生が……いや、《
「あなた達次第です」
不愉快そうに目許を歪めた男性は、視線をアークトゥルスに向けた。
「これを期待していたのですか、アークトゥルス様。《カナン》の客人がいれば、我らが矛を収めるとでも?」
アークトゥルスは彼に答えない。
代わりにヤクモに声を掛けた。
「やめておけヤクモ。貴様でもそやつらを相手取るのは容易くない」
その声には感情の波が無かった。敢えて心を排して喋っているような。
「待って……みんな本気なの? 本気であーちゃんを邪魔だと思ってるわけ?」
モルガンは信じられないといった様子で彼ら――というより武器化した彼らの《
「ヤクモ組だけで不安なら、駒を一つ足そう」
ヤクモの隣にラブラドライトが並ぶ。その少し後ろにはアイリもいた。
「……意外だな。主張的に彼らについてもおかしくないと思うんだけど」
ヤクモが冗談めかして言うと、彼は口の端を歪めて答える。
「理解が浅いな、ヤクモ。君と同じ結論に至っただけだよ。むしろ目の前の彼らの愚かしさが哀れでならない。《騎士王》の真意が分からなくとも、その在り方さえ理解していたなら、このような行動に出ること自体無意味だと分かったろうに」
変だと思っても。疑わしいと思っても。
これだけは確かだという部分を信じることが出来たなら。
それが出来た者と出来なかった者がいて、後者が目の前に立っている。
「……正直色々聞きたいことはありますが、兄さんが揮うと判断したのならばその通りに」
アサヒはヤクモの判断を尊重してくれるようだ。
もう一組、進み出る者達がいた。
グラヴェルとツキヒだ。
グラヴェル組だけはペアでアークトゥルスと話したようだ。ヤクモと入れ替わりで湖に向かっていたのだ。
彼女達もまた、決めたようだ。
「理解しているのか? 君達の判断は都市間の関係を悪化させるものなのだと」
「なんで? こっちは王様についてるんだから、逆賊を捕らえたって褒められると思うんですけど」
ツキヒが挑発するように笑う。
騎士達が殺気立った。
「……ふっ。なるほど、こうなったか」
アークトゥルスが笑う。愉快げに。
「王」
気遣うような、ヴィヴィアンの声。
「分かっておる。前途ある若人が揃いも揃って余を信じると言うのだ、応えぬわけにはいくまい。分かっておるよ、ヴィヴィアン」
彼女の声に、活気が戻っていく。
「ペリノア、アグロ、トー、ラモ、シヴァ。加えて馬鹿姉妹。貴様らの主張は理解した。だが屈するわけにはいかない」
「……このまま都市が衰退していくのを黙って眺めていろと?」
「いいや、どうにかする」
「どのように」
「今から考える」
堂々と、アークトゥルスは言い切った。
都市の衰退は人類共通の問題だ。昨日今日で解決策が浮かぶようなものではない。延命措置にしても同じ。ましてや誰も捨てないという前提を崩さないとなれば、方法は限られる。
その一つである水資源取り引きは、アークトゥルスによって却下されている。
「話にならない」
「? だから剣を抜いたのだろう?」
「……えぇ、アークトゥルス様。その通りです」
話し合いで止めることは、出来ないようだ。
三組の言葉が、重なる。
「イグナイト――」
そして。
「
「
「ハイブリット・アイリス」
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