第223話◇異能
「異能だな」
時は遡り、深夜。
アークトゥルスとの話は、彼女の過去を聞いた後にも続いた。
「い、のう。ですか」
一つ前の話の流れから、赫焉の能力について触れた時のこと。
「あぁ、魔力を必要としない奇跡のことだ。だが珍しいものではない。今の世においては、ありふれているとさえ言えるだろう」
「奇跡なのに、ありふれている?」
「なんだ、気にしたことはなかったのか? 防壁一つ張るのにも魔力が必要な世界で、どうして人が武器に変化するという奇跡に対価が要らないのだと」
「――――」
アークトゥルスの言う通りだった。
世界に常識として根付いていたそれを疑うことは今までなかったが、赫焉の仕組みを気にするならばまずは武器化を疑問に思うべきなのだ。
人間を武器に。生き物を武装に。そんな異常事態が、何の対価も必要なしに行えるのはおかしい。
「本来は一握りの人間にのみ許された、まさしく奇跡の力だった。異能、超能力、呪いや祝福、加護とも言ったか。全て同じものだ。心だけで世界に干渉する術」
妹
王子のキスが無ければ目覚めぬ『呪い』や、超常的な存在が善人に与える不思議な力の数々。
合言葉で開く扉や、正直者に報いる泉の精や、不死を与える黄金の林檎も。
それらは全て、異能の一種?
突然のことに混乱するも、比較的すぐに受け入れられた。
アークトゥルスの『過去』について先に聞いていたからだろう。
「魂を燃やして魔力に換える、というのは錬金術の発想を逆にしたものだな。完全を目指すのではなく、必要だからという理由で魂を適宜劣化させる。不完全だが有用な魔力に換える」
土を金に、砂の城を堅牢な城砦に、無生物を生物に換えることも出来るという術。それもまた、実在したらしい。
「人工的に魔法を植え付けた人間を武器として携帯するという発想は、単なる合理主義の産物ではない。『参考』にした異能者がいたのだ」
そう。接続者の開発には段階があった。
魂の魔力接続中は精神が疲弊する為、生み出した魔力を本人が使用出来ない。
だからそれを使う役が必要になり、だがろくに動けない接続者を抱えて戦うなど馬鹿らしい。
ならば持ち運び出来るようにすればいいではないか、という考え。
しかしその発想も、元となる人物がいた?
己の姿を変えられる存在がいたから、その仕組みを思いつけた?
「接続者は当時の技術の粋を尽くして創造された。科学、魔法、錬金術、異能などの融合だ。禁忌の実験だが、それがなければとうに人類は滅びていたのだと考えると、皮肉よな」
《エリュシオン》の混血よりも、より直接的に人の命に介入して創られた存在が《
だが、生きるために先人が犯した罪によって、後世に残った尊い命が数多く存在するのも事実。
「接続者はあくまで武器として創られた。故に異能を自ら操ることが出来ぬ。だが始めに言ったように、異能とは心だけで世界に干渉する術だ。故に当人の心の在り方が、武器としての在り方に影響を及ぼす」
「……武器の性能や形状ですね」
ツキヒが刀ではなく異装の曲刀を模したように、パートナーからの扱いに苦しんでいたリツが鉄球つきの足枷という形になったように。
心が形に大きく影響を及ぼした。
「つまり形状変化は、パートナー側に許された異能ということですか?」
《
「うむ。非実在化も含めて、そう言えよう」
存在するものを、意志一つで無いことにする。確かにこれも奇跡のような能力だ。
「だが何事にも限度はある。心に依存するからこそ、厳然と立ちはだかる限界がな。分かるか?」
「精神力の限界と、想像力の限界ですか?」
アークトゥルスはニヤリと笑った。
「さすがは赫焉の遣い手と言うべきか」
「いえ」
「謙遜だな。とにかく、その通りだ」
人の心は時に驚く程強靭で、時に悲しい程に脆弱だ。
大切な者の為に頑張れる強さは、大切な者を失えば崩れる弱さでもある。
心だけで世界に干渉する術と言えば聞こえはいいが、要は全て自分次第ということ。
自分の精神力が続く限り使えて、自分の想像力が反映されるのが異能。
自由だからこそ、真に使いこなせる者はいないのではないか。
「接続者の場合は、意図的に枷が嵌められているのだろう。定められた武器の形状を逸脱しない範囲での変化、という具合にの」
剣であれば剣、斧であれば斧。その特徴を消さない範囲での変化しか許されないように。
「……! じゃあ『赫焉』は」
「その制約を取り払う、という形の進化だろう」
形状変化の延長ではないか、と笑う者達がいた。
その通りだったのだ。
「黒点化とは、なんなんですか」
「イレギュラーだ。当初想定された機能にはない。優れた魔法ならば最初から搭載すればよいだけのことだからな」
「それは、確かに……」
人間が勝つために創られたのならば、黒点化に条件が設けられていること自体がおかしい。
強い魔法ならば最初から搭載すればよく。
遣い手に見合う魔法を作り出す能力があるならば、初めから機能させればいいだけのこと。
「だが、遣い手の情報を読み取っていることだけは確かだな」
「……でもなければ、僕らに『赫焉』は出来すぎているから、ですか?」
「まぁの、貴様らに限らんが特に顕著な例ではある。余の知る限り、このような進化は初めてのことだ。そもそも魔力無しが騎士となること自体が極めて稀なことだが」
アークトゥルスは興味深げだ。
騎士、というのはこの都市での領域守護者のこと。
「だがヤクモ、貴様は特別だが、それは貴様らが優れているわけでも恵まれているわけでもないぞ」
それはある意味で、戒めるような言葉だった。
「考えてもみろ。赫焉を貴様以外が手にしたとして、それは優れた機能か?」
「っ」
ハッとする。
アサヒの能力は、ヤクモにとって戦術を無数に広げてくれる最高の武装だ。
だが他の《
あくまで形状変化能力の拡張でしかない赫焉粒子では、魔力防壁さえ砕けない。
綻びを突く術を持たない者達には、優れた武装とはとても言えない能力。
「貴様ら兄妹が戦い続け、肉体と技を磨き上げたからこそ、赫焉は貴様らを《
「……はい」
胸が熱くなる。
「万日の稽古で練り上げた技あってこその、進化だ。持って生まれた才覚や、降って湧いたような祝福とは異なるものと考えよ。何者も、努力が報われることを奇跡と呼びはせんだろう」
見透かされていたのだ。
一瞬、考えてしまったから。
赫焉は素晴らしいし、妹は誇らしい。
けれど、赫焉がもしそんなに特別なものなら。
今更になって特別な能力に目覚めたなんて、自分達の努力はそんな結末を迎えてしまったのだろうか、と。
「貴様らは劣っている。貴様らは不遇な半生を送った。それでも、折れなかったのだろう。不屈の果てに手にしたものがあるなら、それは必然だ。誰よりも心の強い貴様らにこそ、赫焉は相応しい」
逢ってそう日も経っていないというのに、アークトゥルスはヤクモやアサヒを理解し、どこかで求めていた言葉をくれた。
「と、余は思うのだった」
可愛い声を出して、真剣な空気を和ませようとするアークトゥルス。
――なるほど、慕われるわけだ。
よく人を見て、簡単に救い、それを恩に着せることもしない。
後は愛らしい見た目やその時々で使い分ける態度に惹かれる者もいるだろう。
「ありがとうございます」
ヤクモが感謝の言葉を口にすると、彼女はとぼけるように笑うのだった。
◇
雪白の粒子が舞う。
それら一つ一つが、アサヒの魂で、ヤクモの心だ。
「……一切の魔力を感じない。異端の《
侮りも嘲りもない、だが僅かな驚きを含んだ声が、騎士に一人から漏れる。
『魔力なんて無くても、わたし達は戦える。行きましょう兄さん』
――あぁ。
「いざ、尋常に」
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