第189話◇勧誘

 



 《エリュシオン》はお祭り状態となった。


 戦闘音を除けば静まり返っていた都市は、あぁ本当に多くの人が住んでいるのだなと分かる程に活気づいている。息を吹き返した、と言ってもいいだろう。


 《隊》のメンバーは交代で壁の縁の見張りを担当したり、一時的に守護者の役割を担ってもらう者達をざっと指導したりなどしていたが、大体皆お祭り騒ぎに巻き込まれることになった。


 嗜好品として認められていたのか、はたまた魔人用か、酒造が許されていた《エリュシオン》には酒の類もあった。街のあちこちで、陽気な声が聞こえてくる。


 カエシウスの支配下に置かれていた時。模擬太陽も輝き、表面上は以前と同じ生活を送っていたようだが、どうしても違う点がある。


 死の恐怖だ。


 魔人の気を損ねれば一瞬後には屍になっているという恐怖。

 彼らは日常を生きていたのではなく、日常を演出していたのだ。魔人に殺されないように。

 そんな、精神的な戦いとも言える日々からの解放。


 思うところは人それぞれあるだろうが、多くの者が歓喜に踊りだすのも無理はない。

 中心部にまで騒ぎは広がっている。尖塔の壁面に寄りかかりそれを眺めていたヤクモに、声を掛ける者がいた。 


「隊長」


 その白銀の髪は、アサヒや他のオブシディアン家の者と明確に違う点がある。僅かでも光があたると分かりやすい。


 水滴か、それとも無数に砕けた鏡の欠片。それらを全体に鏤めたかのように、きらきらと光を反射するのだ。

 幻想的なまでのその美しさは、気を抜けば時を忘れて見入ってしまう程の魅力があった。


「アルマース」


 なんとか耐え、ヤクモは彼女の名を呼んだ。


 『光』の第一位アルマース=フォールス。


 毛髪と同色の瞳がこちらを向く。

 吸い込まれそうだ、とヤクモは感じた。

 美を突き詰めようとした何者かが作り出したかのような、そんな美しさを持つ少女だった。


 大きな瞳、長いまつ毛、高い鼻梁、薄くそれでいて艷やかな唇、触れた分だけ柔らかく沈み離せばゆっくりと形を取り戻すだろう弾力に富んだ肌。豊満な胸部、細い腰、しなやかかつ引き締まった手足。気品すら感じる所作と、落ち着いていながらハッキリとした物言い。


 ――《極光きょっこう》。


 アルマース組はそう呼ばれていた。


「妹君がお側にいないのは、珍しいですね」


「そうかもしれないね」


 ヤクモは視界の端に捉えていた妹を意識する。

 確かにアサヒはヤクモの近くにいたがるが、最近一人例外が出来た。


 ツキヒだ。甘えベタなツキヒの迂遠な誘いばかりは、アサヒも断れないらしい。

 普段と違った彼女が見られるので楽しい半面、物寂しい感情が無いと言えば嘘になる。


 グラヴェルと合わせた三人は、その腕前から即座に人気料理人となったモカの手料理を運ばれてくるなり食べている。


 それに対してコースが「なんてはしたない」と口を挟み、小競り合いに発展。


「放っておいていいのですか?」


「目に余るようなものでなければ。ツキヒもついているし」


 何かと突っかかってくるコースだが、役目には忠実だった。

 主張は激しいが、それによって仲間の命を危険に晒すような行動に出る程ではない。ギリギリのところで抑制がきくということ。


「そういうものですか」


「アルマースも、《偽紅鏡グリマー》を連れていないようだけど」


 不思議な色合いの髪色が特徴的な幼い少女がパートナーだった筈だが、姿が見えない。


「アルローラであれば、あちらで肉を食しています。ひたすらに」


 見れば、確かに肉料理ばかりを狙ってもぐもぐ食べている童女の姿があった。


「……野菜も食べるよう言ってあげてはどうだろう」


「野菜ばかり食する日もあります」


「極端だね……?」


「興味深いです」


 何かを食わず嫌いするのではなく、何かだけを食べる日が巡るというのは確かにあまり聞かない話だ。


「今回の部隊指揮、お見事でした」


 いきなり話題が変わった。

 あるいは今までの話が、本題に入る前のならしだったのかもしれない。


「ありがとう。みんなにすごく助けられた、というのが本音だけど」


「みなの力を引き出せたのであれば、充分以上に隊長の資格があるかと」


 率いられる者達の力を十全に引き出すことが出来たなら、率いる者としての資格がある、と言っていいのか。必要な全てではないにしろ、そういったことが出来るに越したことはない、と納得する。


「そうだといいな」


「そう思います」


「あり、がとう」


 嬉しい気持ちはあるが、どうにも上手く心に馴染まない。


「褒めてくれる為に、声を掛けてくれたのかな」


「それもあります」


「他にもあるんだね、やっぱり」


「隊長に興味を抱きました」


「興味」


「予選での試合は全て拝見しましたが、お二人の真価に気付いていない者が多すぎます。単に形態変化の延長と捉える向きがありますが、それではあまりに理解が浅い。魔力探知が効かず、光や音を発することもなく、自在に操ることが出来、あらゆる形をとることが出来る。隊長ご自身の『綻びを視る』能力と合わせれば、それがいかに優れた戦力になるか少し考えれば分かるでしょうに」


「えぇ、と」


 急に饒舌になったので、少し困惑するヤクモだった。


「互いが同時に敵を視認することが前提の試合ではなく、戦場を思えばその有用性は説明するまでもないというのに、愚かなことです」


 褒めてくれている、のだろう。


「暗殺の方が向いている、ということかな」


「端的に言えば」


 侮辱だとは思わない。ヤクモにそういったプライドのようなものは無かった。

 戦い方にこだわりは持たない。家族の命を守ることが第一で、その為であればどんな手段でも講じた。一時的に逃げることさえも厭わない。息を潜めて敵に忍び寄り殺したこともある。


 赫焉が暗殺向きの能力と言うのであれば、そうかもしれないなと思うだけだ。


「正確には、暗殺向きでもある、というべきでしょう。近接戦闘で特級魔人を二度討伐、一度は単騎で、という功績を見れば明らかです。実に素晴らしい」


 ヤクモは唐突に理解した。

 彼女に褒められてもピンとこない理由。


 それは、賛辞ではないから。いや、賛辞の形をとっているし、事実感心もしているのだろう。

 だがどちらかというと、それは評価に聞こえた。

 ある基準を満たしているから、満たしていると口にするだけ、といったような。


「つまり、きみが言いたいのは」


「『光』に来ませんか?」


「――――」


「世界を取り戻したいのであれば、『白』に留まるべきではありません」


  

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