第190話◇勧誘

 



 《カナン》において、領域守護者組織は四つ存在する。


 壁の内を守る《紅の瞳》、壁を守る《蒼の翼》、壁の外で戦う《白き牙》。

 そして壁の要らない世界を目指す《燈の燿》。


 その活動は表に出ず、その戦いぶりを目にすることが出来るのは有事の際を除けば訓練生時のみ。


「隊長が『白』を選んだ理由は、師である《黎き士》の推薦があったからと聞いています」


「誰に?」


 アルマースは答えない。


「ご家族の為に戦われているそうですね。夜が明ければ、鴉の黒はただの色となりましょう」


 言わんとしていることは分かる。


 ミヤビも言っていた。

 今の人類の状況が、魔力炉性能に乏しい人間への差別や不平等を生んでいる。

 都市ではなく、世界を照らす太陽が戻ってきたなら。

 それもなくなるのではないか。


 特にヤマト民族は、その黒髪黒瞳が夜を連想させるとして夜鴉などという蔑称で呼ばれる。

 だが、夜が忌々しくも致命的なものでなくなれば。

 同じ分だけ光の時間が世界を占めるなら。


 黒は、いずれ一つの色に戻る。


「僕は、『光』の活動内容も知らないんだけどな」


「機密事項ですから」


「そのようだね」


「隊長のご判断次第で、開示出来る情報は増えます」


「何をする組織かは教えない、勧誘に応じれば何をする組織か教える? 誘い方が上手とは言えないんじゃないかな」


「公開されているものだけでは不十分でしょうか」


「太陽を取り戻す、か」


 確かにそれは、ヤクモの目標の一つだ。正確には、手段。

 家族を幸せにする為の方法。


「師匠は、《黎き士》は、どうして『光』に入らなかったんだろう」


 いまだ機嫌が直っていない――ように振る舞っている――チヨに対し、強引にスキンシップを図る師の姿が見えた。

 あの絡み方からすると酔っているな、などと思いながらアルマースの言葉を待つ。


「現在の隊長同様、打診自体は行われました」


「なんて言って断ったかまで、アルマースは知っているのかな」


「いえ、把握していません」


 そもそも同胞を求めていたのはミヤビだ。

 兄妹は御眼鏡に適ったというだけ。


 もし『光』の者達がミヤビと同じ熱量を有している者だらけなら、ミヤビは断っただろうか?


 ――いや。


 ヤクモは首を横に振る。

 ミヤビの思考を追走しようとするのはやめよう。


 遠峰夜雲として考え、答えを出さなければ。


「《黎明騎士デイブレイカー》は組織の垣根を越えて任務にあたるよね」


「えぇ、《地神》が『白』に出向することも、《黎き士》が『光』の任務に協力することもあります。今回隊長が率いた混成部隊のように、何も《黎明騎士デイブレイカー》に限定したことではないですが」


 ヘリオドールは『光』所属だが、壁の外で魔獣や魔人と戦ってくれた。

 今回組まれた《隊》などは、四組織合同だ。

 そういった例外も、時として認められるということ。


「なら、必要な時に僕らを呼んでくれ」


「勧誘は失敗、ということでしょうか」


「ごめんね」


「理由をお伺いしても?」


「『光』のことを何も知らない」


 分からないことだらけの状況で、『白』を捨てて移籍することなど考えられない。


「…………困りました」


 右の人差し指と中指は唇に、親指の先は顎にそれぞれ添えて、彼女は視線を下げる。

 確かに困っている様子だった。声は平坦なのに。


「僕らの勧誘が任務に含まれていたりしたのかな」


 あるいはそういうことも有り得るかもしれないと思った。

 ヤクモを手に入れれば、そのまま少年に協力的な特級魔人も手に入るも同じ。

 しかしアルマースはそれをきっぱり否定。


「いいえ、個人的な判断です」


「個人的?」


「あなたが仲間であれば、心強いなと思いまして」


「……ありがとう」


 思いの外まっすぐな言葉を向けられ、ヤクモも返答に困る。

 しばらくの沈黙の後、咳払いしてから続ける。


「もう既に仲間なんじゃないかな。僕に限らず、みんな」


 ヤクモは正直不安だったのだ。

 クリードを倒したとはいえ、ヤクモ組が隊長というのは認めない者も多いのではないか、と。


 だが実際は、心の中で認めているかどうかはさておき、誰もが協力的だった。互いに悪意や嫌悪はあっても、決して足の引っ張り合いには発展せず、任務の遂行を共に目指す。

 そういうことが出来る領域守護者達だった。


「かもしれません。ただ、私が言っているのは《班》の話です」


「なる、ほど」


 ヤクモは早い段階で風紀委の《班》に迎え入れられ仲間に恵まれたが、みんながみんなそう上手くはいかない。


「組めていないとか?」


 アルマースは若干不満げな顔をした。


「無論、組んだことはあります」


 微妙に答えになっていない。


「上手くいかなかった?」


 彼女は美しく輝く目を逸した。


「私と作戦行動を共にする域に達していない者ばかりであったことは事実です」


 ものすごく冷静に言い訳がましい言葉を早口で並べるアルマースだった。


 彼女は『光』の一位。

 そういえばこちらの一位も《班》を組んでいなかったか。

 本人は必要性を感じないなどと言いそうだが。


「『光』は優秀な者しか入れないと聞いていたけど」


「えぇ、ですが私は天才なので」


 嫌味な感じもなければ傲慢でもない。単なる事実として天才を名乗れるのは素直に凄い。


「僕達は天才ではないよ」


「かといって天才に道を譲るほど謙虚でもない。不屈と思考の継続。必要とあらば千でも万でも試行錯誤を繰り返すことの出来る精神性。あなた方の強さの根幹はそこにあると私は考えます。魔法が無いからと諦めず、魔力が無いからと諦めず、壁に守ってもらえないからと諦めず、食料が無いからと諦めず、魔獣には勝てないからと諦めず、その上考えた。生き残る方法を、勝つ為の策を」


 ヤクモ達の素性や過去もある程度は把握しているようだ。


「先を目指し続ける者。それでいて今を冷静に見定めることの出来る者。そんな仲間が、私は欲しい。あなた方兄妹は、間違いなく条件を満たしているでしょう」


 彼女からすれば切実な問題だ。

 今回は裏方として完璧な仕事ぶりを見せてくれたが、彼女は戦闘もこなせる。一人であらゆる役目を果たせるからこそ、仲間選びの基準も厳しくなっているのかもしれない。


「ですから、隊長」


 ――ですから?


「こういうのはいかがですか。本戦でより優秀な成績を収めた側が、相手を引き抜くことが出来る」


「……えぇと」


 ヤクモは困った。



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