第186話◇白刃
まだ。
まだ、カエシウスは諦めていなかった。
ここまで不愉快なことはない。実に業腹だ。そういう想いも当然ある。
だが、命の危機を前に胸を襲う感情と言えば一つ。
恐怖だ。
その恐怖を殺す為に、カエシウスは強くなった。殺し切ることは出来なかったが、それでも大きな力を手に入れた。
カエシウスの創った《
カエシウスが武器に命令を与え、それを実行する為に武器が人間を操る。
やや手間は掛かるが、闇でも光でも戦える上に自分を裏切らない忠実な部下。
その全てを放ったわけではない。
自分が危機に陥った時に助勢に入るよう待機させていた者達がいた。
なのに、来ない。
来なかった。
尖塔の窓が割れ、蒼い炎が噴き出すのが見えた。
自分の所有物による魔法ではない。
――ここまで……。
読まれていたのだ。
敵に相互通信を可能とする魔法の持ち主がいることは行動からも分かっていたが、ここまでとは。
勘の域を出ないが、ヤクモの予測だろう。
カエシウスのことだから戦力を近くに待機させている筈だと、彼なら読みかねない。
そして柱を守護するものとは別に用意されていた戦力がその排除に向かった。
ヤクモのそれは、現代の人間の戦い方とは違う。
近距離戦からしてそうだが、そういう個の話ではない。
都市の防衛戦しか知らない領域守護者達はかつての人類が誇った戦略戦術の大半を失っている。いや、知っていたところで適用する場が無いのだ。だから廃れる。当たり前のこと。
壁の内にこもり、それを守る以外に『戦い』を知らないのだから、そうなるのは必然。
だがヤクモ達は違う。
守ることではなく、勝つことを考えて戦う者の思考をしていた。
まるで、長くそういった戦いに身を浸していたかのような。
敵をただ敵と見るのではなく、その胸の内や性質にまで思考を巡らせ、そうして行動を暴く。
強さ以外に興味を持たない魔人にはない、極めて人間的な戦い方。
人間が持っている、けれど失ってしまったもの。
今回都市に侵入した人間達は、それを持っていた。
だからと言って、死ねるものか。
カエシウスは死にたくなかった。死にたくないという想いを抱えて生きてきた。生きてこれたのだ。
だから今回も同じ。
事前に組んでいた魔法を発動。
刃状の影で――己の首を刎ねる。
刹那の差で、首から下が灰と化した。
ミヤビの炎が焼き尽くしたのだ。
宙を舞う頭部は太陽の洗礼を受ける。頭蓋の奥まで突き刺すような陽光が、瞳を灼く。
だが魔法は既に発動済み。
一瞬の内に肉体が再生する。脆弱な人間とは異なり、魔人はこの規模の治癒にも耐えられる。
心許ない魔力で影を生み出し身に纏う。
『影』の素晴らしいところは、それ自体が闇と判定されるところだ。故に、影に包まれた体は平常時の動きを取り戻す。無論、魔力炉もだ。
ヤクモとミヤビは即座に対応するだろうが、まだ猶予はある。
一秒二秒あれば、仕切り直しまで持っていける。
最早プライドなどとは言っていられない。魔力防壁を展開。
自分は悠久を生きる魔人なのだ。
この程度のことで敗北するものか。
そう考えた瞬間。
カエシウスの魔力防壁が断ち切られた。
◇
尖塔に向かったのは『青』の
アルマースの『俯瞰』は見下ろすような視覚を手に入れられるが、『透視』は持たない。
建造物内の者までは確認出来ず、敵のローブもあってルチルの『看破』も効かない。
こちらの出方に応じて戦力を差し向けたカエシウスのことだ、ある程度は読んでいるだろう。
自分を守る為の戦力を隠し持つなら、尖塔だと思った。
そして今、カエシウスは己の首を刎ねる。
『……誤算ですね、自分の首を切る度胸があるとは』
首は勢いよく回転しながら、空高くへと舞い上げられる。
兄妹は飛翔出来ず、ミヤビ組は特級魔人さえ焼き尽くす大魔法を使用したばかりだ。
赫焉粒子を踏んで行くにしても、たどり着く頃には態勢を整え終えているだろう。
「ヤクモッ!」
師の声。
ヤクモは迷わず踏み出した。
一瞬前までカエシウスの足を貫いていた、名も知らぬ大剣の切っ先に。
「行くぞセリ」
セリ、というのか。
ミヤビがセリを勢いよく振り上げた。
一瞬の浮遊感。
両者の距離が急速に縮まる。
『魔力防壁です! 綻びは刃の圏外、粒子回収は間に合いません……!』
「大丈夫だよ」
ヤクモが魔力防壁に激突する寸前、それは消滅した。
『……! ツキヒ!』
視界の端に捉えていた。そうでなくとも信じただろう。
先行きなよ、とツキヒは言った。
ならば追いついてくるに決まっている。
「……!? だがっ、」
さすがは特級魔人。この状況下でも綻びを巧みに隠した鎧を展開していた。
だが、それさえも。
背後から迫った『両断』によって、無情にも断ち切られる。
こちらはグラヴェル組ではなく――セレナによるものだった。
一度見た魔法は模倣出来るセレナは、誰から拝借したのかローブを纏い、忽然と現れて瞬時に助勢。
愕然とするカエシウスと目が合う。
驚愕、動揺、憤怒、悔恨、恐怖。
様々な感情が入り乱れた瞳。
「私は――」
『断頭』
最期の言葉は、一文字に放った斬撃によって掻き消された。
カエシウスの頭部が短時間に二度、胴体から切り離される。
ただし、繰り返しはそこまで。再生はしない。
今度こそ、終わり。
永遠を望み、何者も信ずることなく、ただ魔力と戦力のみを追い求めた魔人は。
太陽を望み、同胞と
討伐された。
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