第185話◇連携
事前に打ち合わせしたわけではない。
視線で意思疎通を計ったわけでもない。
ただ、互いがそうすべきだという行動が一致していただけ。
熱の無い炎という師の選択は、これ以上なくヤクモの
カエシウスの影が地面に敷かれていることには意味がある筈。即座に攻撃可能であるという以外にも利点はあるだろうと考えた。
例えば、探知にも役立つものであるとか。
その上を歩いた者がいれば分かる、といった具合に。
それまでヤクモはカエシウスに赫焉粒子を見せぬようにしていた。
赫焉に気付いたことで、カエシウスはそれに関して考えざるを得なかった。
戦闘中に何よりも貴重な『時間』、特に『思考時間』を奪った形だ。
続いて
そして彼の挑発に乗るフリをして注意を引き、その間に背後へと接近。
最初の接近時に忍ばせていた赫焉粒子は影鎧の綻びに辿り着いていた。
そうして、影の鎧は崩れ去り、がら空きの背部に斬撃を叩き込むことに成功したのだった。
だが、首を刎ねることも魔力炉を貫くことも出来ない。
ヤクモは臆病者と言ったが、それは最悪の事態を想定しているということ。
単に挑戦を恐れている者ではないのだ。
彼の想定には、対策が続く。
カエシウスは死を極度に恐れるあまり他者を犠牲にする者であるが、同時に長き時を生きた魔人のプライドも持っている。
自分を臆病だと抜かした人間に対して魔力防壁を張ろうものなら、それこそ恐怖を感じていると公言するようなもの。
来ないでくれと、拒む壁なのだから。
防御という意味では鎧も同じだが、接近を許すという点が異なる。
手は抜かず、直接戦うという姿勢を示す為に防壁を張らなかったのだ。
とはいえ、そこはカエシウスのことだ。僅かでも危険を冒すのであれば、万が一のことも考えていたのだろう。
クリード戦で見たものと同じ。
魔力を編まず、組まず、合わせず。
最小規模で敷き詰める。
それ以上小さくならないのだから、綻びをついて崩壊させることなど不可能。
極限の戦いの中、あのクリードが赫焉粒子をヒントに即興で編み出した技と同種のもの。
カエシウスはその技を長い命のどこかで編み出していたのだろう。
それ自体は予想済みで、突破も可能。
クリード戦においても刀身の非実在化によって切り抜けたものだ。
問題は、クリード戦との状態の違い。
あの一瞬、ヤクモには一閃しか許されなかった。連続して二度斬りつけられる状態ではなかった。
今回もその点は同じ。
悠長に二度も攻撃を食らうような特級ではない。
だがあの時、クリードは魔力的な余裕の無い状態だった。
だからこそあの攻撃で命を奪うことが出来たのだ。
カエシウスは絶対に自分の首が刎ねられる状況にも対応するだろう。そんな可能性は万に一つも無いと考えながら、それでも『もしも』という思いを消せずに。
だとすれば例え首を飛ばしても、事前に魔法を組むことで頭部から即座に再生してしまう。
魔力炉の破壊も意味は無い。体内魔力も膨大で、そもそもこの魔人は魔石を所有している。
更に、ヤクモの声に反応したカエシウスは声の方向には攻撃を、それ以外の方向では影を壁のように展開していた。
赫焉粒子の柔軟性に気づき、粒子がヤクモまで戻ることの阻害と、予期せぬ方角からの攻撃への対策だ。
実際それによって白甲分の赫焉粒子回収が邪魔され、戻りが遅くなかったことでこの一瞬の後押しには使えなくなった。
ヤクモは彼の右肩から左腰に向かって袈裟斬りを見舞った。
それは彼の衣服だけでなく血肉を裂き、鮮血を散らす。
「貴様――ッ!」
ついに、呼び方からも余裕が消える。
返す刀がカエシウスを傷つけるよりも、彼の対応の方が早いだろう。
再び炎に紛れて姿を隠すという手もあるが、二度通じる程甘くない。
ヤクモは斬撃と着地の衝撃を溜め、刃の切り上げに利用しようと動く。
カエシウスがヤクモに攻撃――することは無かった。
出来なかったのだ。
振り向こうにも、腹部を大太刀が貫いていたから。
「忠告したろうが、弟子ばっか見てんなよってなぁ!」
思考を圧迫し、意識を自身に集中させた。
カエシウスはヤクモへの対応で頭が満たされ、真に万全の状態であれば把握出来たであろう《
ミヤビはカエシウスが攻撃した方面――ヤクモがいると考え影を槍状に実体させた地点――から現れた。
多くを槍と変えた為に、地面には隙間が多く生まれたのだ。
その間隙を縫うことで探知も避けた。
千夜斬獲は腹部を貫通、ヤクモと面識の無いもう一人の《
カエシウスはそれでも、ミヤビに対応しようとしたのだ。
だが出来なかった。
蒐集した全ての魔石を所持しているとは考えにくいが、それでも幾つかは肌身離さず持っている筈だ。
配下がそれを奪うことを警戒して。
どこに隠すだろう。あからさまに目につく箇所には隠さない筈だ。
そうなれば、自ずと場所は絞られる。
胸に潜ませるか、腰に隠すか。胸の場合はポケットに、腰の場合は小袋に入れて吊るすなど、服の上からでは判別のつきにくい持ち運びの方法を選ぶのではないか。
魔石内の魔力は直接触れることで引き出すことが出来る。
かつてセレナもそうしていた。
ヤクモは見逃さなかった。影の鎧を纏う際、彼は背中に手を回していたのだ。
一瞬触れ、必要な魔力を引き出し、何事もなかったかのように腕を戻す。さりげない仕草だったが、それで魔石の場所を知った。
魔力炉ごと貫かれたカエシウスは体内魔力を掻き集めると共に腰に手を伸ばした。
が、そこにはある筈のもの無かった。
「……ッ……!? ――ヤ、ク、モ。貴様ァッ!」
ヤクモの斬撃は彼の背中を切る為のものではない。
魔石の入った袋を地面に落とす為のもの。
いかに多くの体内魔力があるとはいえ、この至近距離から《
まだ。まだ何か残している可能性があった。
緊急用として、小さな魔石を袖に忍ばせておくといったことが予想された。
だから、ヤクモは彼が腰に伸ばさなかった方の腕、つまり左側のそれを斬り上げる。
骨肉の抵抗を感じながらも刃は駆け抜け、その腕を肉体より切り離す。
ミヤビの炎が、触れるもの全てを灰燼に帰す豪炎が、魔人を灼いた。
一人では勝てずとも、闇の中では劣ろうとも、生きた時に千年を越える差があろうとも。
協力し、光を灯し、考え抜けば。
刃は届く。
あらゆるものを焼き焦がす炎に、カエシウスは――。
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