第183話◇非才
カエシウスは目の前で起きたことが理解出来なかった。
いや、理解が遅れてしまったと言うべきか。
いくらミヤビに集中していたとはいえ、魔力反応は見逃さない。
だというのに、二撃。
カエシウスが模擬太陽の光に晒され怯んでいる間に、ミヤビの許へ向かい更に一閃。
視界が漂白されていた所為で直接は見えなかったが、傘を斬られる前に一瞬見えた手に握る得物と、刃物が空を裂くような音でそう判断。
結論から言えば、非才の剣士ということになるのだろう。
魔力炉反応の隠匿は高等技術だ。無意識的な肉体の活動を意識的に制御しようと言うのだから、容易なわけがない。魔力は生存にも不可欠。命の源でもある魔力の生成を自ら阻害するということは、自身を死に近づけるということ。
その状態で隠密行動を続け、暗殺者めいた魔人討伐を繰り返したミヤビはまさしく天才というに相応しい存在だ。
だがそんな彼女さえ、激しい動きの中でそれを維持することは出来ない。
彼女に出来ないのだから、他の人間に出来るというのも考えにくかった。
魔力反応の探知を許さず、意識の隙と死角を同時に突くような登場と刹那の斬撃を両立させる可能性は一つ。
魔力炉性能が著しく低く、身体操術と剣技は一級品の戦士。
かつて数度、似た戦い方をする戦士を目にしたことがあった。
ヤマトのサムライだ。
魔法的な装備を何も持っていないもかかわらず、単騎で魔人と渡り合う程の技術と覚悟を持った人種。
彼らの技の冴えは、目に見えぬ魔力の綻びを過たず断つ程に卓絶していた。
魔法が存在する世界で、武技をこそ主兵装とした愚かな者達。
その愚かしさは命を剥き出しにする危うさと引き換えに、魔人の命にまで届く刃となった。
どれだけの同胞がサムライに狩られたか。
とうに絶滅したものと思っていた。ヤマトというだけの無能を見かけることはあっても、ミヤビのような例外的な天才に出くわすことはあっても、ヤマトの無能をものともせずサムライにまで至る者がいるとは露程も思わなかった。
よもや、この時代に残っていようとは。
彼のような者を前にして、才を見出すなど愚の骨頂。
彼はただ、努力しただけだ。
意志は遺伝しない。
彼の刃が魔人に届くものだろうと、それは一代限りの強さだ。
ミヤビの『才能』のように、子に継がれる可能性を持たない。
彼が子を設けたとして、その子供が自由意志の許に父の想いを継ぐことはあるかもしれないが、カエシウスが望むのは精神的な繋がりなどではないのだ。
自分の実験には不要。
「師匠、大丈夫ですか?」
ミヤビに絡みついていた影は魔力へと還り、空へと溶けていく。
少年はミヤビに声を掛けながらも、視線と意識をカエシウスに向けたままだった。
「遅ぇよ、と言いたいところだが……。今回ばかりは助かった。感謝するぜ、ヤクモ、アサヒ」
「ご無事でなによりです……それと」
少年の傍らにミヤビの《|偽紅鏡(グリマー)》が出現する。
彼が背中に吊るしていた大太刀が人間状態に戻った。
「姉さん……!」
瞳に涙を溜める女に対し、ミヤビは一瞬申し訳なさそうに笑った。
「よぉおチヨ。っと、積もる話は後だな」
「はい」
再会を果たした喜びの表現は後回し、両者は即座に戦闘態勢に戻る。
手を握った。
「
《|黎明騎士(デイブレイカー)》に武器が戻った。
彼女はだが、左手にセリを握ったままだ。
「安心しなセリの嬢ちゃん。ちぃとばかし格好つかねぇが、約束はきちんと守るからよ。必ずレヴィのところに連れてってやる。だからよ、あと少しあたしに力を貸してくれ」
――セリの精神を落ち着かせ、武器性能を上げるつもりか?
元々の得物を取り戻したというのに、何故錆と刃こぼれだらけのナマクラを捨てないのか。
合理的な理由があるのか、はたまた人間が重んじるココロというものの所為か。
「悠長ですね」
一連のやりとりを眺めていたカエシウスを不審に思ったのか、少年が声を掛けてくる。
「そう見えますか?」
カエシウスは少年の強さを見縊ってなどいない。彼ほどの戦士であれば、セレナとその配下が帰還出来なかった理由の一端を担っているだろうことも理解していた。
だからこそ、彼対策を済ませていたのだ。
魔力の綻びを突く? 素晴らしい能力だ。
だがカエシウスは悠久を生きる者。加えて戦闘狂ではない。
淡々と、己の目的を果たす。
少年の殺害、セリの奪還、ミヤビ組の捕縛。
影を全身に纏っていた。鎧のように。
綻びは装甲内部に用意。
これで少年は無力な剣士だ。彼の剣技とて、届かぬ綻びは突けない。
更に魔力強化にて各種身体機能を極限まで増強。彼が光の速度で動こうとも目で追える。
極度の集中を要し膨大な魔力を消費するが、勝利の為ならば惜しくない。
模擬太陽は鬱陶しいが、自分には長きに亘って蒐集した魔石もある。
「貴方の剣技が通じたのは先程で最後となります」
「……あぁ、やっぱり」
少年が自分を憐れむような視線で見た。
酷く癇に障る表情だ。
「チヨさんを返したのは、ローブ姿の彼らの運用検査する為か」
チヨが帰らなかった場合、ただ脅しても《カナン》は都市防衛に専念するだけだっただろう。
だが生きた仲間から情報が得られたことで、《エリュシオン》の奪還が叶う可能性を見出した。
「それはおかしいですね。彼らをただ都市襲撃に利用するだけで済む」
「あぁ、だから『やっぱり』と言ったんだ」
「…………」
「あなたは臆病者だ。セレナとの争いを避け、彼女が戻ってこないことを確認してから都市を奪った。裏切りを恐れ配下の戦力を調整。罠を恐れ都市を襲撃せず、自陣で敵を迎え撃つことを選んだ。魔力を集めるのは不安だから。ローブを着せた彼らを作り出したのも、自分の魔力で完全に支配出来る戦力が欲しかったからだ。僕と師匠の会話という隙を突くことなく守りを固めたことで確信した」
見誤っていた。
彼を正当に評価したつもりだったが、勘違いだった。
配下は何人死んでも構わなかった。どうせいつ裏切ると知れない輩だ。
だが自分一人で都市を統べ、夜を生きるというのも何かと面倒が多い。
カエシウスは自分を裏切らない強者が欲しかった。
充分な戦力を持ちながら、不要な上昇志向を持たない忠実な部下が。
だから配下を犠牲にして敵戦力を計り、情報を得た後に混血武装と操り人形を差し向けた。
それさえも、少年には筒抜けなのだろう。
屈辱がカエシウスを襲い、殺意が膨れ上がる。
見抜かれた。見抜かれた。見抜かれた。
これまで誰にも、一度だって言われたことが無い侮辱だ。
「私が臆病者? 悠久の時を生き、この都市を支配している私が、臆病者というのですか」
「自分の恐怖を誤魔化す為に命を弄んだ。魔人どうこうじゃない。あなたは……お前は、最低の臆病者だ」
「……人間如きがこのカエシウスに、《この夜全ての黒を統べる者》に対して、何たる狼藉か。何という傲慢、何という愚挙。その思い上がりが罪、命を以って贖うことになると知りなさい」
影が氾濫する。
常時所持している魔石の内の一つを使用したのだ。
周囲一体を影が満たし、太陽に対抗するように地面を黒く塗り潰していく。
「くっ……あっはっはっは! ヤクモ、お前さん、くっくっく! 特級捕まえて臆病者とは、すげぇこと言うじゃねぇか。あーくそ、これじゃあ師匠の立場がねぇってもんだ」
ミヤビは涙が出そうな程大笑してから、大太刀の切っ先をカエシウスに向けた。
「やい臆病者! 弟子ばっか見てんなよ。《
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