第181話◇禁忌




 難敵だった。


『兄さん……』


「分かってる」


 眼の前にローブ姿の男性が倒れている。


 相手が人間であると気付いたヤクモは動揺を突かれ、この倉庫に吹き飛ばされてしまった。


 魔人の領域である都市中心部だからか、人が住んでいないのは幸運だった。


 ヤクモが出てくるのを待つかと思えば、敵は迷わず倉庫内に突入。


 《導燈者イグナイター》側の魔力炉は沈静化したが、様子がおかしかった。


 男性の握る槍から魔力が生み出されていたのだ。


 倉庫内は薄暗い。


 《偽紅鏡グリマー》が高い魔力炉性能を誇ること自体妙だが、闇の中でさえ活性化するのは異常だ。


 それではまるで――魔人のようではないか。


 疑問は山積みだったが、敵の情報を知り尽くした状態での戦いの方が少ないのだ。


 ヤクモは思考を切り替え戦った。


 強いか弱いで言えば、強い。だがヤクモ達に対応出来ない程でもなかった。

 人間は切りたくない。それはそうだ。救う為に訪れたのに傷つけてどうする。


 なら敵に切られれば満足か? 断じて否。救う為に訪れたならば、倒れることこそが最も避けるべき事態。


 優先順位を定めていれば、足を止めるような葛藤はせずに済む。


 己の命を平気で晒す敵の特攻は脅威でこそあったが、単調だった。

 風刃を飛ばし、風を纏うその戦い方はコスモクロアを思わせたが、彼女の方が余程巧者。


 魔法の綻びを斬って急接近し、一閃。

 雪色夜切の刃は槍を真っ二つに断ち切った。


 身体を裂かれる痛みは《導燈者イグナイター》が負い、そのまま意識を失う。代理負担対策が出来なかったのだろう。技術的な問題かもしれないが、恐らく操られていたから。


 《偽紅鏡グリマー》側が肉体の支配権を握っていた為に、武器破壊直後に支配権が戻ってきても《導燈者イグナイター》は対策が間に合わなかったのだ。


 槍が人間状態に戻る。


「う……」


 七、八歳程の童女だ。稲妻型の角が一本だけ生えている。


 ――一本角の魔人で、《偽紅鏡グリマー》?


 極限の集中で加速した思考は、これまで判明したことと合わせて、すぐさま最悪の想定にたどり着く。


 抑えようとしても湧き出てくる様々な感情を、精神力でねじ伏せる。

 太陽でも宵闇でも活性化する魔力炉を持つなら、単体でも魔法発動が可能な筈だ。


 幼い子供の姿をしていようと油断出来ない。

 感情を排し、勝利を掴むまで油断しない。


「う、う……」


 様子がおかしかった。


 童女は座り込むような姿で人間状態に戻ったのだが、敵を前にして立ち上がることもしない。


 暗闇の中で落したものを捜すように、手を忙しなく地面に這わせる。


『……兄さん、あの子多分』


 ヤクモが刀を構え、わざとチャキと鳴らしても童女は無反応。


 気にしていないのではない。

 気付いてすらいないのだ。


『……ひどい』


 アサヒが苦しげに呻いた。


 突然現れた特殊な《偽紅鏡グリマー》の正体が、魔人と《偽紅鏡グリマー》の間に生まれた子供だとして。


 何の欠陥も無く明かりの下と暗がりの中どちらでも全力を発揮できる完成された魔法使いだったなら、それはもう新人類だろう。


 人と魔人を超えた新たな種族とさえ言っていいかもしれない。


 だが、それならば《導燈者イグナイター》という存在は不要なのだ。こちらは太陽の下でしか魔力炉が働かないのだから。


 人間を操ることで、領域守護者の手を鈍らせるという効果は見込めるだろう。

 だが操る分の魔力や二者の体格差などによる操作感の差異など、問題もある。


 だからそう、わざわざ《導燈者イグナイター》を用意する理由が他にあるのだと考えるべきだったのだ。


 つまり、別の身体を用意する理由があるのだと。


 《偽紅鏡グリマー》に魂の魔力炉接続が望まれた時代。それをしては精神が疲弊してしまいとても魔法を使う余裕など無いということで、魔法を使う役目を担う者が必要だった。


 では魂の魔力炉接続など必要なしに魔力を生み出せる目の前の童女は?


 目が見えていない。耳が聞こえていない。足はどうなのだろう。動かないのか、動くが立ち上がることが難しいのか。


 全ての者に共通するかは分からないが、少なくとも目の前の童女はそんな状態。


 慌てた様子で手を動かしているのは、《導燈者イグナイター》を捜しているのだろう。


 何故この状態で魔法を使わないのか。

 狙いを定めず魔法を放つという選択肢もある筈だ。


 だが童女にその様子は無い。


 出来ない、のか。


 魔力操作能力や出力などにも問題を抱えているのかもしれない。


 《導燈者イグナイター》を通すことでしか自分の能力を有効に活用出来ないのか。


 この『実験』がいつから行われているかは分からない。

 それでも成功に程遠いことは分かる。


「……アルマース。全隊員に知らせてくれ。ローブ姿の敵は武器破壊で無力化可能。《導燈者イグナイター》は代理負担アドバース対策もなく意識喪失、《偽紅鏡グリマー》は……単騎での戦闘行動がとれない状態にある」 


《……了解。ただちに》


 童女はまだ《導燈者イグナイター》を捜している。見つけても気絶している状態では意味が無いというのに。


『兄さん』


「今は、何も出来ない」


 童女が魔人の心でヤクモ組を殺そうとしているのか、それとも魔人が魔獣にするような方法などで操られているのか判断がつかない。


 いや――。


《ティタニア隊員によると、《偽紅鏡グリマー》の頭は『侵入者を殺さなければならない』という思考で満たされているようです。単純かつ極端な行動と合わせて考えるに、操られているのでしょう》


 ならば童女もまた被害者ということになる。

 なおさらその首を刎ねることなど出来ない。


「師匠と合流する」


『……はい』


 ヤクモは倒れた男性と童女を置いて倉庫を出る。


 それとほぼ同時、隣にグラヴェルが降り立った。


「やっと追いついた。あれさ、だいぶ胸糞悪いよ。さっさと終わらせちゃおう」


 喋っているのはツキヒのようだ。

 あれというのは、ローブ姿の敵のことだろう。


「あぁ」


「……くそ。折角お姉ちゃんに合流したってのに」


 ツキヒの舌打ち。


 理由は明白。

 どこからともなくローブ姿の敵が三人――つまり三組――現れたのだ。


「先行きなよ。足止めしたがってる奴の思い通りにさせるなんて癪だからね」


『ツキヒ……』


 妹が心配だろうに、アサヒは残って戦おうなどとは言わなかった。


「任せた」


 ヤクモは建物の屋根に駆け上がり、そのまま加速。

 こちらに向かう者達はグラヴェル組の風魔法に遮られた。


「余所見してる場合かよ」


 三組はヤクモを追走出来ないと判断すると、すぐにツキヒに向き直った。


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