第180話◇実験
模擬太陽に繋がる四本の柱。
ラピス組&スファレ組、トルマリン組&ユークレース組、クリストバル組&コース組、そしてネイル組。
これらの人員が守護を担当。
模擬太陽機関室は魔人・セレナが守護。
この都市の魔人を束ねる特級は都市の中心部におり、その地点にはヤクモ組とグラヴェル組が向かっている。魔人の居住地も中心にあるらしく、二組は数多く迫る魔人を討伐しながら進んでいる。
《
恐るべきことに、その魔人は光の下でミヤビと戦い続けている。
そして模擬太陽の裏で戦術支援を行うのがアルマース組とルチル組だ。
残る五組にも、当然役割はある。
◇
真っ逆さまに落下するネイルはそのまま転落死――を迎えることはなかった。
持ち上げられるような感覚と共に落下速度が遅くなり、その後で誰かに抱き上げられる。
『青』の
ネイルを抱き上げた彼はすぐに模擬太陽の裏へ向かう。
「……登録名に、似合わず、優しい風ね」
ネイルは腹部を押さえながら、青白い顔で言う。
「姉様に見劣りせぬようにと学舎が勝手に決めた名だ。……冗談を言う元気はあるようだな」
「とんだ失態」
「そこで終わりにしない為に仲間がいるのだろう」
確かに《隊》の中で特に機動性に優れたコスモクロアとユレーアイトはどの地点で問題が起きようともすぐにフォローに回れるよう待機していた。
壁の上で、支援組の護衛も兼ねて。
「……姉以外にも優しく出来るんだ」
からかうようなネイルの笑い声はだが、消え入るようにか細い。
「黙れ」
「敵、あれ、人間よ」
「あぁ、見えた」
「ぐりまー、も」
「他からも報告が上がっている。単なる《
「……それ、どういう」
《
そういう生き物だ。
もしそれが叶うなら、遣い手は要らない。
「アルマースにヤクモ組から報告が入ったそうだ。建造物内の暗闇で戦闘になった際、《
と、そこで壁の裏に到着。
《無傷》アンバーが駆け寄ってきて、『治癒』を施す。
「だ、大丈夫です。幸い魔力炉のみの損傷ですから、死には至りません。いいえ、死なせません」
「アンバーは優秀だ。彼女が死なないと言ったなら、貴様は助かる」
ユレーアイトとアンバーは『青』同士だ。だからというわけでもないだろうが、信頼が感じられた。
そもそも無能が本作戦に召集されるわけがないので、彼女が優秀なのは分かっているのだが。
「……頼もしいのね」
これまでどんどん増していた寒気が、引いていく。
なるほど確かに、アンバーの腕は信頼できそうだ。
ネイルは視線を巡らせてアルマースを見つけると、「柱は」と尋ねる。
「サードニクス隊員の抜けた穴は『白』のジェイド隊員に補ってもらいました。他の三箇所は戦闘中……やはり人間相手ということで迷いが見られますし、敵も強力な戦士です。動きこそ洗練されていませんが、迷いが無く魔法が厄介なものばかり」
真っ先に落ちたのは自分ということ。
悔しさを感じるが、そんなことよりも遥かに重要なことがあった。
「こっちの敵は――」
「『空間移動』ですね。問題ありません。驚異的ですが第一に最大移動距離の限界があるのでしょう。そうでなければ柱へ向かう意味が無い」
確かにその通りだ。
街の中心から、真上にある模擬太陽裏へと移動しなかった時点で、セレナのように超長距離の移動は出来ないのだろう。
魔力不足か出力不足か分からないが、だからこそ柱を経由しなければならなかった。
コスモクロアが落ちていないということは足止めも成功しているということ。
「情けなくなってきたんだけど……」
自分だけ一組だったから、なんて言い訳は立たない。
それで充分だと自分が主張し、隊員はそれを汲んだ。
その結果がこれでは、無様にも程があるというものだ。
しかしアルマースはそれを否定した。
「いいえ、未知の敵と遭遇し死ななかっただけでも素晴らしい戦果です。あなたと敵の戦闘データがあったからこそ、いまだに柱は落ちていないのですから」
「それだけじゃ、ない」
ルチルがぼそりと呟く。
「ティタニア隊員の仰る通りです。《抹消域》に巻き込まれたことでローブが破壊され、それによって《看破》が叶いました」
敵が『分解』と自分の間に入り込んだ時、確かに敵のローブと背中の一部分が分解されていた。
それによって、一度は読めなかった心が読めるようになった?
「グラヴェル組に近いものですね。《
「この《
ユレーアイトの言葉の意味は理解出来るが、受け入れられない。
有り得ない。そんなものは人類史上、存在が確認されたことがない。
「おそらくこれは、実験体なのでしょう」
「実験……?」
怪我の所為か、頭が上手く働かない。
「……魔人共め、惨いことを」
ユレーアイトが怒りを込めて呟き、アンバーが悲しげに表情を歪めた。
「魔人と《|偽紅鏡(グリマー)》の混血と思われます」
ぞっとした。
魔人や魔獣の脅威とも違う。
それらはもっと攻撃的で、死を予期させるものだ。
だがこれは。
忍び寄るような狂気。
「あのセレナとかいう魔人も関わっているのではないか?」
「時期的に考えればむしろ彼女主導である可能性が高いですが、おそらく違うでしょう。今回討伐すべき特級指定魔人が、研究ごと持ち込んだものかと」
「…………」
ユレーアイトは何も言わない。
魔人は信用出来ないが、セレナはとても協力的だった。今もなお協力している。彼女が敵なら、もっとスマートにこちらを全滅に追い込める筈だ。
この実験体を試したかったのだとしても、その前に何体もの魔人を犠牲にする意味が無い。
「なるほど《
『光』所属の者は謎が多い。普段の活動まで秘匿されているのだから。
だがその時アルマースに宿った義憤の感情は、本物に見えた。
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