第173話◇突入

 



「それ以上近づくと、勘がいい子にはバレちゃうよ」


 セレナの忠告に従い、《エリュシオン》の外壁からかなりの距離をとったところで停止。


 土塊を照らす光の明るさも落とす。


「監視は四方に各一体だね。気が立ってるみたいだから、こりゃ《黎き士》は捕まってないな」


 魔人は強き者に惹かれる。監視という役目に不満があるのだとしても、四体全員が同じ瞬間にそれを表情に出すということは無いだろう。それもツキヒが視ている間ずっととなれば更に可能性は低い。


 模擬太陽の消灯は時間帯によってはあり得るが、今が本来ついている時間だとすればまだミヤビが捕まっていないということ。


 だから魔人らも気が立っている、とも考えられる。


 さすがツキヒと言うべきだろう、彼女は『遠見』を極め視線の歪曲も可能とした。


 直線ではなく、視線を自在に曲げることが出来るのだ。見通すだけでなくあらゆる方向、角度、高さから見回すことが出来るようにした。


 その分集中力と魔力が必要になるが、こういった任務では重宝する。


 直接戦闘能力だけではない、グラヴェル組は総合的な能力で第一位を与えられたのだ。


 ツキヒとグラヴェルは、その時々で身体の使用権を譲り合うことにしたようだ。今のところ、ツキヒである時間の方が長いように思う。


 ツキヒの報告に、クリストバルが苦言を呈する。


「根拠に乏しい推測はよせ。無用の期待と混乱を招くことになる」


「クリスが確実な情報がなきゃ何も出来ない奴だってのは分かったよ」


「隊長殿には冷静でいてもらわなければならない。希望にあてられた指揮官に正しい判断が下せるか? 作戦成功を第一に物事を考えるべきだ」


「こんな情報一つで揺らぐ馬鹿が壁の外で十年生きられるわけないじゃん。クリスの方こそ根拠に乏しい推測はよしたら? 無用の不信と怒りを買うことになるよ?」


「ルナ、あなたいい加減にしないと――」


「コース、いい」


「でも、クリス兄様!」


「いいと言っている」


「……はい」


 コースは不満そうに、歯を軋ませながらも兄に従う。


『ふふふ……兄さん今の聞きました? ツキヒったらわたし達を庇ってくれましたよ』


 アサヒは嬉しそうだ。


「監視の数は分かった。事前の打ち合わせ通りにいこう」


 これまでに長い時間があった。既に作戦は固めてた。

 ヤクモは改めて隊員の顔を一人ひとり確認し、頷いた。


「突入だ」


 ◇


 四方に魔人が一体ずつ。


 その一方向。


「……ツキヒ、わたしでいいの?」


 抑揚は無いが、ツキヒには不安がっていると分かる声。


『うるさいな。ツキヒが任せたって言ったんだよ、その判断を疑うわけ?』


「ううん、信じる」


『それでいいんだよ』


 グラヴェルは荒野に立っていた。


 あるのは自分の身一つと、世界最高の武器である宵彩陽迎よいいろひむかい皓皓こうこうのみ。


 それで充分。自分達は不完全だが、これが最上。

 上段に構える。


 狙いが丸わかりだが、それは相手にこちらが見えていた場合。

 これより行う振り下ろしは、回避不能。


《全員が配置につきました。合図と同時に監視を排除してください》


 《燈の燿》第一位アルマース=フォールスの《伝心》だ。離れた者同士であっても、思考だけで会話が叶うという優れた魔法。


 太陽を取り戻すことを標榜する『光』の職員からすれば値千金の魔法だろう。隔たる距離もものともせず無音で仲間と連絡がとれるというのは、便利どころではない。


 とはいってもこの魔法はツキヒにとっての『遠見』のようなもので、彼女の総合力を証明する一端でしかない。


 一位なのだ。団体行動に役立つだけの能力では至れない。

 そしてそれは、自分達も同じ。


《三、二、一……作戦開始》


『両断するよ』


「うん」


 黒刀の刃から白光が放たれる。


 あらゆる法則を無視し、ただ『真っ二つにした』という結果を刻む問答無用に一刀。


 『遠見』によって敵の姿はしっかりと捉えていた。

 その頭から股までを照準。


 それだけでは切れない。

 だがヤクモ戦と異なり、魔力は残っている。


 重ねるは『複製』。


 己の視点を利用し、目に見える範囲に同質の攻撃を『送り込む』魔法。

 『遠見』『複製』『両断』。


 三つの異なる魔法を組み合わせることで、今ここに超長距離による回避不可の一撃がなる。


 黒刀は振り下ろされ。

 瞬間、監視の魔人は右半身と左半身に分かたれた。


 己に起きたことを理解することも出来ず、一体の魔人が死した。


 ◇

 

 また、別方向では。


 セレナの『空間移動』によって一人の少年が壁の縁に降り立つ。



「――――なッ!」


 その魔人は、今にも死にそうな病人面の若い人間を視た気がした。

 だが幻覚でも見たのか、そんなものは視界に映っていない。


 いや、そもそも目に見えるものがおかしかった。

 世界がぐるぐる回っている。


 まるで、首だけが空を飛んでいるように。


「……こほっ。謝罪はしません」


 幻聴まで聞こえてきた。


 キンッという澄み切った音と、電流が走るような音。

 それを最後に、魔人の意識は途絶えた。


 ◇


 セレナはユークレースを届けた直後に別方向の魔人の許に飛んでいた。


 ――別にセレナを使わなくても出来たと思うけど……試されてるのかな、これ。


 あるいはメンバーの魔法をなるべくセレナに晒したくなかったのかもしれない。


 一度見れば、セレナはその魔法が使えるようになる。

 とはいえ、それだけで短時間とはいえ魔人に単独行動を許すのは妙だ。


 ――まさか本気で信じてる、なんてことがあるわけないだろうしなぁ。


 ここで裏切ったらヤクモはどんな顔をするだろう。

 少し興味がある。


 だが怒らせてしまえば、彼も二度はセレナを生かそうとしないだろう。


 クリードを殺した戦士だ。どちらが勝つにしろ、片方は死ぬ。

 そうなると、どちらの場合でも生きたヤクモを眺めておけない。


 ――悩ましいなぁ。


「せ、セレナ……様?」


 胴体と首を引き千切ったところで、見張りの魔人がセレナの名を口にする。


「逢ったことあったっけ? 可愛くないものって記憶に残らないからなぁ」


「な、なにゆ――ゔぇ」


 握りつぶす。思考する脳が無ければ、魔人もただの肉塊だ。


「なにゆえも何も、人の家を奪ったんだから仕返しくらい想定しとかないとでしょ。いや、これ仕返しじゃないけど」


 手を振って血と肉と骨と脳やらを払ってから、セレナはすぐに『空間移動』を発動。


「ヤクモくんに和服を買ってもらう為にも、頑張っちゃおうっと」


 もちろん冗談だが、期待する気持ちもある。


 セレナは面白くなって、笑った。

 

 ◇


 最後の一方向では――。



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