第167話◇出撃

 



「わぁ、素敵な歓迎。可愛い男の子達の視線を独り占めする気分は悪くないけど、沢山紛れ込んでるブスが邪魔だなぁ」


 瞬間、セレナの眼前で金属同士の激突する音が響いた。


「トオミネと言ったか、貴様何を考えている」


 あるじの神速に引っ張られ、雪色の長い髪が突風に見舞われたかのように乱れ舞う。


 即座に放たれた首を薙ぐ一閃はしかし、すんでのところで飛び込んだヤクモの刀によって防がれた。


 《燈の燿》第二位クリストバル=オブシディアン。


 彼もまた《隊》のメンバーである。

 白銀の大剣に込められた力は、刃同士の膠着後も緩められる様子がない。


 少しでも気を抜けばそのままヤクモごとセレナの首を刎ねるとばかりに、押し込みを続けている。


 刃と同じ色の瞳からは、やはり何も感じない。


 怒りも、侮蔑も、驚きも焦りも無い。

 刃を振るう場面だから、そうしたとばかりに。己の意志ではなく、何かしらの規範に無心で従っているかのように。


 それでもヤクモは真っ向から彼の瞳を見返した。


「僕らは闇の中を往き、《千年級ミレニアム》以上と推定される特級魔人を討ち取る為に集まった。違いますか?」


「夜闇が恐ろしいからと闇の住人を頼るか。そのような狂気を、貴様らの言葉で『酔狂』と言うのではなかったか?」


「セレナの魔法があれば移動時間を大幅に短縮出来ます。それだけじゃあない、彼女は《エリュシオン》の元支配者だ。加えて特級魔人です。移動手段、任務地の情報、戦力。信用に足らないという理由で切り捨てるにはあまりに惜しいというものでしょう」


「逆だ、トオミネ。此奴は魔人だ。その一点があらゆる利点を無に帰すと何故分からぬ。そも、《黎き士》の件からして虚偽の情報に踊らされた結果ではないのか。《エリュシオン》に魔人が残っていることを此奴が黙っていただけだとは考えなかったのか?」


「酷いなぁ。セレナ嘘なんか吐かないのに」


『……なんでこの女は避ける気配もなくヘラヘラしてるんですかね』


 ヤクモが動かなければヘリオドールが動いてくれただろう。セレナはそれが分かっていたから不動のまま笑っていられたのだ。信頼とは違う確信。


「剣を引け、オブシディアン。この魔人から聞き出した情報の真偽は『看破』持ちが証明している。どうやらきみの手にした情報は不完全らしいな。他の者達も矛を収めるように。説明不足があったことは詫びよう、だがこの魔人を害することは許可出来ない」


 ヘリオドールの言葉は、果たしてクリストバルに届いているのか。


 魔人の情報提供を全面的に信用して廃棄領域の奪還に踏み切るほど、人類は愚かではない。


 セレナの言葉の真偽は念入りに確かめられていた。

 《黎明騎士デイブレイカー》の言葉を受け、ほとんどの者は《偽紅鏡グリマー》を人に戻す。


「……そのようですね」


 ただ一人、クリストバルを除いて。

 なおも武器を下ろさない彼に向けて、ヘリオドールは語りかける。


「魔人の運用に関しては五色大家の当主方からも賛意を得ている。本作戦でその有用性が証明されれば魔人との取り引きが成立する前例にもなる、と」


 想定されていた事態なのか、急遽説得して回ったのか。ともかく五色大家当主達からの了承も得ているらしい。


「証明されなければ」


「それが理解出来ないきみではないだろう」


「え? セレナには理解出来ないよぅ? 一体どうなっちゃうの?」


 分かっているくせに、セレナは楽しげに首を傾げる。


「裏切ったら討伐するということだよ、セレナ」


 ヤクモがハッキリと口にすると、セレナは「それは怖いね、裏切れないね」と声を弾ませた。


 答えを得たからか、ようやくクリストバルが大剣を引き、人間状態に戻す。


 彼の《偽紅鏡グリマー》は冷たい印象を受ける、美しい顔をした少年だった。


「手綱を握っておけ、トオミネ。そして――魔人よ」


「なぁにかなぁ?」


「トオミネの命令に従わぬようなら、即座に敵対行為と見做し貴様を討伐する」


 それまで明るい態度を崩さなかったセレナが、一瞬で表情を消す。


「実態以上に自分を評価しちゃう。男の子のそういうところも可愛いと思うけど、思うけどね? ――きみにセレナが殺せるわけないだろ、身の程を知りなよ」


 どこまでも冷え切った声は、酷薄に響く。

 だがそれも、クリストバルの心にまでは響かなかったようだ。


「そうか。トオミネなら可能だと?」


 あくまでも平静に、クリストバルは問う。


「クリードくん殺してるしね。きみに彼は殺せないでしょ」


 クリストバルは答えなかった。

 ただ、沈黙するだけ。


「召集された者は全員集まっているようだな。既に話を聞いている者もいるようだが、改めて作戦概要を説明する」


 ヘリオドールの声に、全員の視線が集まる。


 《隊》は《エリュシオン》に向かって移動。道中魔獣との戦闘は極力回避し、魔力消費も抑える。


 その後、壁の縁からの監視範囲外にて停止。ツキヒの『遠見』にて魔人の有無を確認。監視網の隙を突くか、難しいようであれば監視を慎重かつ迅速に処理し侵入。場合によってはセレナの空間移動による侵入も考慮。


 《隊》を幾つかの《班》に分け、一部が誘導、一部がミヤビ捜索を担当する。

 特級指定と思しき魔人と遭遇した場合には戦闘を回避し、照明弾でヤクモ組に位置を報告。


 セレナは下位の魔人の処理、地理情報の提供――模擬太陽起動を担当。


 魔石に魔力を貯める為に、の魔人は模擬太陽の機能を残している。

 起動さえ叶えば形勢は一気にこちらが有利になる。


 数多くいるという配下も魔力炉不全に陥り、脅威度はぐっと下がる。

 敵もまたこちらの襲撃を待ち構えているだろうが、よもや同族が敵についてるとは思うまい。


 チヨの記憶を覗いたことでセレナが囚われていることは把握していても、人間側について戦うとは考えないだろう。


「隊長はヤクモが務めるものとする。各班の構成と班長の決定は移動中に行うように。諸君らの武運を祈る」


 質問の声は上がらない。

 反応や表情は様々だが、皆やるべきことは理解しているのだ。


 《蒼の翼》第六位アンバー=アンブロイドなどは「死にたくないから頑張っていたら何故か死地に飛ばされることに……人生ってなんてままならないのでしょう」と落ち込んでいるが、拒否の言葉は口にしない。


 彼女の治癒魔法技術は群を抜いている、治療役として選ばれるのも頷けた。


「ヤクモ、あなたのことですから無用の心配かと思いますが、わたくしに気遣う必要はありませんよ。今作戦ではあなたこそが隊長。わたくしにも異論はありませんから」


 スファレが真剣な表情で言った。

 彼女は風紀委員長かつ、普段は班長。


 ヤクモが負い目などを感じぬように、自ら下につくと明言してくれたのだろう。


「ありがとうございます。一応は《黎明騎士デイブレイカー》相当ということで隊長ですけど、班長は変わらずスファレ先輩にお任せ出来ないでしょうか」


「あら、ですがそれは……」


「風紀委の《班》で動くなら、それが最善だと思います。それに、僕らは別行動をすることが多くなりそうですから」


 スファレは目を丸くし、それから風紀委の面々を見回す。

 誰からも反対意見は出ない。みな優しい表情でスファレを見るのみ。


「承りましょう」


「……ツキヒはお姉ちゃんの近くにつくよ」


 ツキヒが無愛想に呟くと、既に人間状態に戻っていたアサヒがにへらっと相好を崩す。


「ツキヒがいてくれるなら百人力だなぁ」


「なんだよ、ご自慢のお兄さん一人で充分なんじゃないの?」


「そりゃあ兄さんは最高だしわたし達は最強(予定)だけどね、それはそれとして頼りになる妹の存在は嬉しいものなのです」


「調子が良いんだよな、昔から。持ち上げてもなんも出ないよ」


「何も要らないよ」


 アサヒのとびっきりの笑顔に、ツキヒは逃げるように視線を逸らす。


「そういうとこが……まぁ、いいや」


 最近ヤクモはこう思うようになっていた。

 アサヒが重度のブラコンに育ってしまった要因の一つに、元々重度のシスコンだったからというのがあるのではないか、と。


「セレナは? ヤクモくんのとこがいーなぁ」


「そうだね、そうなるかな」


「やったぁ」


「言っときますけど、いざという時に討伐出来るようにですからね?」


 釘を刺すようなアサヒの言葉を、セレナは鼻で笑う。


「ブスは黙っててくれる?」


「……おまえ、今お姉ちゃんになんて言った?」


 ツキヒが一瞬で殺気立ち、アサヒが必死でそれを宥める。

 どうやら妹といる時のほうが、アサヒは冷静になれるようだ。


「セレナ」


「分かってるよヤクモくん。ブスはブスだけど、毎回それを言ってヤクモくんを怒らせるのも馬鹿みたいだし、ちょっとは我慢するよぅ」


 彼女の側から引き出せる譲歩はこのあたりまでだろう。

 思い思いの表情を浮かべる一同を見回し、最初の指示を出す。


「西の昇降機から壁外へ出る――出撃だ」



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