第166話◇部隊




 会議終了後、ヤクモ組はすぐに別の会議室へと向かう。


 そこには既に《隊》のメンバーが集まっていた。


 《皓き牙》からは――


 第四十位ヤクモ=トオミネ

 第九位ラピスラズリ=アウェイン

 第七位トルマリン=ドルバイト

 第六位コスモクロア=ジェイド

 第四位ユークレース=ブレイク

 第三位スファレ=クライオフェン

 第一位グラヴェル=ストーン

 の七組。


 これは四組織の中で最多人数の採用だった。


 おそらく《|黎明騎士(デイブレイカー)》相当のヤクモ組とスムーズに連携がとれる者を優先して、風紀委のメンバーを召集したのだろう。


 ツキヒはアノーソから話を聞いた瞬間からこの流れを見越して、立候補していたらしい。


「今度は仲間はずれにされずに済みそうで安心したわ。あなたにとってわたしが不要でなければいいのだけど、後は式の日取りを決めるだけのヤクモ?」


「その予定はないよ」


 瑠璃色の麗人・ラピスの恒例となった冗談をすっぱり切り落としてから、一拍置いて続ける。


「それと、不要だなんて思っていない。今回は一緒に戦えるみたいで、すごく心強く思ってる」


 セレナとの初遭遇戦ではスペキュライト組とヤクモ組以外の訓練生は敗退者のみが召集された。

 彼女はその時のことを少なからず不満に思っているようだった。


「そう。ならよかったわ」


 心を擽るような嫣然とした微笑を湛え、彼女は薄い唇を妖しく震わせる。


「兄さん、この大事な時に浮気してる場合ですか?」


 妹の底冷えするような声で、ヤクモはラピスから視線を逸らす。


「そういえば婚約だのなんだの言っていたか。仲間内での色恋沙汰は要らぬ面倒を引き起こす要因となるものだが……貴様らならば問題なかろう。祝福するぞ、任務の後でいくらでもな」


 常に凛然たる態度を崩さない長身の少女だ。翡翠色の長い髪は一つに結ばれ、尾のように揺れている。


 コスモクロアだった。


「兄さんとこの女の間には何もありませんから、誤解なきよう。誤解、なきよう!」


 鬼気迫る妹の念押しに気圧されるようにして、コスモクロアが曖昧に頷く。


「う、うむ……? 承知した。それにしても凄まじい圧だな、アサヒ。さすがは私とノエを打ち倒しただけはある」 


「兄さんに近づく女は特級魔人でも…………します」


 小さすぎて聞き取れなかったが、可愛い笑顔でとてつもなく不穏なことを口走ったような気がする。


「相変わらず仲が良いのだね」


 柔らかい微笑みを浮かべるのは、栗色の毛髪と瞳を持ついかにも優男といった風情の美少年。


「まぁ、ぼくはアサヒの言ってることも分かるけどね。心に決めた相手がいるなら、フラフラするなよってことでしょ。トルはどう思う?」


 黄色を帯びた銀の毛髪と瞳。大人しそうな見た目をしているが、ここ最近は笑顔が増えたように思う。

 トルマリンと、その相棒であるマイカだ。


「……マイカ。それはわたしに言っているのかな」


「そう聞こえた? トルには心当たりでもあるのかな?」


 にっこりと、マイカは感情の乗っていない笑顔をトルマリンに向ける。



「ちょっとあなた、《|偽紅鏡(グリマー)》の分際で馴れ馴れしすぎるのではなくて!?」



 怒りを露わに近づいてきたのは、小柄な少女。

 赤紫の毛髪はツインテールに結われ、同じ色合いの瞳はきつく吊り上げられている。


 《蒼の翼》十七位シベラ=インディゴライト。

 幼い頃に両家の者同士で婚約を交わすというのは、名家の者同士では珍しくないことだという。


 ドルバイト家とインディゴライト家もそうだった。

 つまりシベラは、トルマリンの婚約者、ということになる。


 そんな相手がこの場にいるから、マイカの様子がいつもと違うのか。


「いいんだ、シベラ。《|偽紅鏡(グリマー)》である前にマイカはわたしの大切な友人だからね」


友人、、。ふぅん……なるほどねぇ」


 マイカの視線が冷気を帯びる。


「くっ、さすがトルマリン様、お優しい……」


 胸を押さえてときめいたような顔をするシベラ。


「インディゴライトの。痴話喧嘩には興味ないが、《|偽紅鏡(グリマー)》の『分際』などという言いざまは控えてもらおうか」


 《|偽紅鏡(グリマー)》の権利向上を掲げるジェイド家の者として、コスモクロアもその点を聞き咎めないわけにはいかないのだろう。


「ぐっ……コスモクロア、あなた方の偽善に付き合う義理はないのだけど?」


 インディゴライト家もまた五色大家の一角。家格は同格ということか。


「付き合わずともよい。邪魔するなと言っている」


「《|偽紅鏡(グリマー)》は武器でしょうに。人格の有無で扱いに多少の差が出るのは構わないにしても、人と同じように扱うなどとは。コスモクロア、あなた幼い頃に人形を友人のように扱っていたクチでしょう? お可愛いこと」


「貴様――」



「貴様ッ、姉様を愚弄するとは許せぬ! そこへ直れ!」



 コスモクロアと似た容姿をしているが、雰囲気が幾分幼く中性的だ。柔和な笑顔がよく似合いそうな少年だが、その顔を憤怒に染めている。


 《蒼の翼》第二位ユレーアイト=ジェイド。


 コスモクロアの実弟である。


「あらユレーアイト、姉の騎士気取りは相変わらずね」


「騎士じゃあない、弟だ!」


「くだらない憧れは捨てたほうがよいのではなくて? あなたやわたくしと違って、姉君は本戦に参加さえ出来ていない」


 ユレーアイトから殺気が放たれる。


「黙れシベラ。トオミネ兄妹が一枚上手だっただけのこと。それによって姉様の格が下がろう筈もない。そもそも、それを言うなら貴様の婚約者殿は一回戦でトオミネ兄妹に敗北を喫しているではないか」


「あなた試合を見ていなかったんですの? トルマリン様は勝利されていたでしょうに。その深い慈悲によって棄権する機会をお与えになった。その間に卑しい夜鴉が立ち上がっただけですわ。加えて言うならば、トルマリン様は魔法を使われていない」


「笑止。貴様の眼は節穴か? トルマリン殿の高潔さは僕も認めるところであるが、あれは両者譲らぬ真剣勝負であった。その結果に異を唱えるなど無粋を通り越して愚の骨頂! ともかく、だ。己の非を認めずこれ以上の侮辱を続けるというのであれば、《エリュシオン》が魔人より先に貴様を屠ることになるが?」


「わたくしはわたくしの思想に則った発言をしたまで。その否定を強行するというのであれば、わたくしの方こそあなた方を排除する必要があるわね?」


「なんだと?」


「なにかしら?」


 両者の間で火花が散る。


 トルマリンとコスモクロアがそれぞれ相手を止めようと動こうとしたその時。


 会議室の扉が開いた。

 緊張と呆れが入り交じった表情のヘリオドールが、入ってくるなりヤクモを見る。


「きみの考えることはわたしの想像を越えている。なにもそこまで師匠譲りでなくともよかろうに」


「その師匠を救けるためでもありますから。成功の可能性を高められるなら、なんでもします」


「確かに、素直に協力すれば成功率は大きく上がろう」



「ねぇ、もう喋っていいかなぁ? ヤクモくんの声が聞こえるよぅ。喋らせてくれる?」



 鎖で繋がれた手枷と足枷。

 頭から被せられた布に出来た、突起のような膨らみ。

 蕩けるような甘い声。


 どこかで見たような純白のワンピース。

 ヘリオドールと共に移送を担当していた者達が、恐る恐るその布をとる。


「……うわ、眩しいなぁ。これから仲間になるんだから、少しは配慮とかそういうのないわけ?」


 会議室の面々の反応は迅速だった。


 すぐにヤクモの考えだと見抜いた風紀委のメンバーとツキヒ、そして会議室端に立っていた《蒼の翼》第一位エメラレルド=スマクラグドス以外の全員が。


 《|偽紅鏡(グリマー)》を展開して臨戦態勢となった。


「あれ、ヤクモくん? こういうのは先に説明しておくものじゃあないの? セレナ、まだ可愛いだけで無力な女の子なんだけどな?」


 魔力炉が抜かれたままだから、会議室の誰かが攻撃するだけで容易く死んでしまうと言いたいのだろう。


 ヤクモはメンバーを見回し、殺気を鎮めるように言う。


「この作戦に彼女を参加させることになりました――特級指定魔人・セレナです」


 当然の如く、殺気は強まった。



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