第165話◇隠形
天賦の才。
それがあったからこそ、彼女は一般的なヤマト民族とは大きく異なる人生を歩むことになった。
魔力炉性能が高かった。魔法に関する各種適性・能力が冠絶していた。
ヤマト民族という大きなハンデを、吹き飛ばせる程の才能。
ミヤビにとってそれは、頼れる武器であると同時に劣等感でもあった。
だって、そうだろう。
意味が無い。
自分がどれだけ努力しても、どれだけ結果を残しても。
世間のヤマトを見る目は変わらない。
当然だ。ミヤビは天才なのだから。
世間から見れば、奇跡的にゴミの中から宝石が見つかったというだけ。
鴉から鷺が生まれれば、それは驚くだろう。
だが、鷺が白いのは当たり前。
ミヤビは、鴉でなければならなかったのだ。
鴉でなければ、世間の目は変えられない。ヤマトを見下す目は変えられない。
唯一の例外として生まれたが故に結果を出しながら、その才がミヤビを苦しめた。
ヤマト民族にとって希望の星であると同時に、他民族にとって『ミヤビ=アカザ』はヤマト民族から切り離された存在に等しかった。
自分だけ尊重されても、意味が無いのに。
だから、あの兄妹を見た時、ミヤビは喜びに震えたのだ。
無才な少年、無能な少女。
だがしかし、努力のみで無力から脱した剣士。
彼らこそが、自分がなりたかった、なるべきだった姿だ。
一般的なヤマトの欠点を受け継ぎ、その上でそれらを覆す鍛錬を積んだ戦士。
ミヤビとチヨがどれだけ強くとも、光を浴びるのは一組の領域守護者に過ぎない。
だがヤクモとアサヒが結果を出すことで、誰の目に見ても明らかな才能の不足を不屈と創意工夫で乗り越えることで、夜鴉を見る目は変わる。
事実、あの兄妹の活躍を知る者の間では意識的か無意識的か、呼称を夜鴉からヤマト民族に変える者が増えていた。
彼らの名が広まれば差別の視線が減るだけではない、ヤマト自身も変わっていくだろう。ミヤビ組を希望と見るのとは違う。才能の無いあの二人だからこそ、憧れを与えることが出来る。どこかで『自分には才能がないから』と諦観を抱かせることなく、前を向かせることが出来る。
自分達ではどうあっても、到達出来ない存在に。
弟子たちならばなれる。
その為にも、このような場所で死ぬわけにはいかなかった。
自分が与えられるものは全て与えねば。才能に恵まれていたとはいえ、その部分ばかり評価されるとはいえ、自分達も彼ら以上に努力してきたのだ。教えられることは山ほどある。
たとえば――。
「……あの夜鴉、何処へ行った」
《エリュシオン》内部である。
模擬太陽の落とされた都市は暗闇に閉ざされ、住民は屋内へ戻るよう指示された。
屋外にいるのは魔人のみ。
家屋と家屋の間の狭い露地を魔人が通る。人間で言えば二十代前半程に見える、赤髪紅眼の男だ。
ミヤビとチヨが敗北した個体ではない。
ミヤビにまるで気づく様子もなく、歩き続けている。
隠密。
今でこそ無能民族の烙印を押されているヤマトであるが、かつては違った。
サムライに切れぬものなし、シノビが技は魔法が如くと言われたものだ。
シノビとは、魔力に頼らずしてあらゆることを隠密に行う者。
ヤマトは魔力炉に乏しいからこそ、『魔力が多く作れない』という性質を受け入れた上で生き残る道を模索した。
肉体の強靭さや魔法の扱いに着目する他民族と異なり、肉体の繊細さや柔軟性に目をつけたのだ。
ミヤビは現在、魔人の上をとっていた。家屋の屋根に這うようにして息を潜めている。
魔力反応を探知されぬほどに抑え、呼吸は空気の流れに沿って行い、心臓の律動に始まり血液の流れに至るまでを意識的に操作する。
模擬太陽を落としたのは失敗だ。
《|黎明騎士(デイブレイカー)》の魔力炉を稼働させぬようにとのことだろう。人間の視界を遮ろうということだろう。
だがミヤビは天才だ。闇を与えられれば、その中に紛れることなど造作もない。
そのまま通り過ぎるのを待ってもよかったが、丁度風が吹いた。
魔人の背中側に吹き付けるような、少し強めの風。
――丁度いい、数を減らしておくか。
ミヤビは飛び降りる。
まるで風に舞う木の葉のように。
風に巻き込まれ、その動きを一切遮ることも出来ない。
だからこそ、見えはしない者にとっては風と変わらない。
背後に迫ろうと気づけ無い。
ミヤビは着地に先んじて左手で魔人の口を封じ、同時に右手に握った木の枝を右鼓膜に突き入れた。
「――――ッ!?」
中々優秀な魔人らしい。
驚愕と同時に魔力が膨れ上がる。防壁を展開して弾くつもりだろう。
「おせぇよ」
掻き混ぜる。
「~~~~ぁっ!?」
魔人は強力な生き物だ。
そう、生き物に過ぎない。
それも、人によく似た。
魔力炉を機能出来ない状態にすれば、セレナのように捕獲も出来る。
魔力を切らした後で首を刎ねれば、クリードのように死ぬ。
そして、魔力を使おうという思考が出来ない状態にすれば、当然殺せる。
魔力は考えて使うもので、魔人もまた脳で思考する。
脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜられては、ひとたまりもない。
程なくして、魔人の身体から力が抜けた。
死んだのだ。
「人間は武器がなきゃあ何も出来ない生き物。お前らにとってはそうなんだろうよ」
さすがのミヤビでも、正面きって今のような戦いは出来ない。
魔力防壁すら展開せずに一体で捜索していた愚か者だからこそ殺せたのだ。
しかしそれも魔人側からすれば当たり前。
《|黎明騎士(デイブレイカー)》と言えど武器を失った人間の女。
全力で警戒する必要性など皆無。プライドが許さない、というのもあるかもしれない。
「だがなクソ共、人間の最大の武器は魂なんだよ。そればっかりは死ぬまで奪えねぇ」
武器も魔力もあらゆる技能や才能も重要だ。不要とは思えない。
だが、第一ではない。
それらを有効に活用する精神がまずなければならない。
そして、それさえ備えていたならば。
何が欠けたとて、戦い続けることは可能だ。
再び闇に溶け込みながら、ミヤビは考える。
――とはいえ、棒きれ一本で都市の奪還ってのも無理な話だ。
戦うだけではダメなのだ。勝たなければ望むものは得られない。
妹のことを考える。都市の外へ連れ出されるのをなんとか確認した。殺すのであればその場で充分。
外へ連れて行ったということは……。
――魔獣の餌にするってのも変な話だしな。カナンを煽るのにでも使うつもりか。
であれば、命は無事だろう。いや、それは単なる願望か。とにかく、今の自分にはどうしようもない。歯がゆいが、ここで精神を乱すようでは幾つもの都市の終わりを生き抜いてはこれなかった。
――やってやるさ。
愛刀無き士は、それでもなお戦うことを投げ出さない。
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