第164話◇混合




 会議への参加は兄妹にも認められた。

 ミヤビ組の弟子であるから――ということではない。


 ヘリオドール組も呼ばれていた。

 つまり、《|黎明騎士(デイブレイカー)》だから呼ばれたのだろう。兄妹の正式な任命はまだだが、クリードを討伐したことはタワーも認知している。


 侃々諤々と意見が飛び交いぶつかりあったが、最終的には落ち着くべきところに落ち着いた。


 ハッキリしているのは、まずミヤビ組が敗北したこと。


 彼女達を倒したのが特級指定以上の強さを持つ魔人であること。


 一週間後の襲撃を宣言したこと。


 セレナの提供した情報は取り合わない者から参考程度にする者など様々だったが、彼女がこの都市に与えた損害を思えば仕方のないことだった。


 結局、こうだ。


 《|黎明騎士(デイブレイカー)》が負けた。遣い手は戻らず、武器は帰還。


 《エリュシオン》に新たな支配者が君臨していた。《千年級ミレニアム》以上かもしれない。


 七日後に《カナン》は魔人の脅威に晒される。この猶予期間にも何の保証もない。


 主な選択肢は三つ。逃げるか、守るか、攻めるか。

 選んだのは全て。


 逃げる準備をしつつ、守りを固め、少数の強者で攻める。


「わたしに、都市の防衛を?」


 ヘリオドールが納得しかねるという顔で言った。

 通常の経路では七日以内に《エリュシオン》に到着することは出来ない。


 だから、普通ではない移動手段を持つ者でなければ間に合わない。

 ヘリオドールは自分とテオのペアこそがその任務を与えられると思ったようだ。


「決めたことだ」


 『光』の総司令が言葉みじかに跳ね除ける。


「ですが……」


「くどい」


 ヘリオドールの気持ちは分かる。

 だが、他の者の意見もよく分かるのだ。


 《地神》の土魔法は破格。そしてこれは『壁』に囲まれて生きる人類にとって至宝にも等しい能力だ。


 彼ならば、壁に穴が空いた後でも元通りに修繕出来る。並の遣い手では見かけだけ直せても耐久力は大きく落ちるところを、彼は完全にかつてと同じまでに直してしまえるのだ。


 つい最近壁に穴を開けられた《カナン》だ、ヘリオドールを遠くへ配置するなど心理的にも無理というものだろう。

 戦力だけでなく、能力的にも彼は残るべきなのだ。


「ヘリオドールの懸念は尤もよ。《エリュシオン》に人を行かせるなら、ミヤビ達を倒した魔人を討伐出来る戦力を送らなければならないのだもの。それも早期に。あなた以外だとヤクモということになるけれど、ヤクモでは七日の強行軍は難しい」


 それもまたその通りだった。

 ヤクモが師の手伝いを出来なかった理由の一つでもある。


「けれどどうか安心して? いえ、安心は難しいわね。話を聞いてくれるかしら? それに関しては、前回の襲撃の後からずっと考えていたのよ。少し時間が足りないけれど、そんなことは言っていられない。だから、ね。《隊》を作るわ」


 会議の参加者から声は上がらない。知っていた、ということだろう。

 ヘリオドール組も兄妹も聞いていなかったので、その二組だけが僅かに表情を変えた。


 《班》は少人数での部隊を指すが、それ以上のものにも《隊》という単位はない。


「……確か、組織を問わずに編成される《班》を指すものです。特級魔人討伐などで所属の異なる《|黎明騎士(デイブレイカー)》が組む際などに用いられる制度だったかと……」


 ヤクモの横で、アサヒが囁き声で教えてくれる。

 単騎で長距離を走破する必要は無い。労力は増すが、仲間を運べる能力を持つ者を複数用意し、交代で進むという方法もある。暗闇の中を進むわけだから魔力の生成は叶わず、魔力不足を解消する為に大量の魔石が必要になるが、出来なくはない。


「魔石に関しては歴史ある五色大家の皆々様がご提供くださったわ。さすがは都市の防衛の要なだけはあるわよね」


 そう。所属する者との個人的な確執や思想の対立はあれど、五色大家は悪ではない。


 総体として、家として、長らく都市に貢献したからこその地位だ。


 今模擬太陽が輝いているのも、五色大家の者が非常時を想定して日頃から魔石に魔力を貯めていたからこそだ。

 紛れもなく、彼らは都市を支えている。


「……意図は理解出来たかと思います」


 ヘリオドールが重々しく頷く。


「よかったわ、本当に」


「隊員の中には優秀な者が数多くおりますから」


「えぇ、そうね。だから正規隊員には壁と人とを守ってもらわなければならない」


「――クレース司令?」


 ヘリオドールと、話がズレているようだった。


 彼は長距離移動を可能とする人材や戦力を、ヤクモと共に《エリュシオン》に向かわせるものと納得した。

 だがアノーソは優秀な正規隊員は此処に残すという。


「優秀な人材ならば、訓練生にもいるわ」


「な――」


 ヘリオドールが目を見開く。

 他の者は何も言わない。


「……訓練生という言葉の意味を今一度お考えください」


「領域守護者はどうしても若者中心になるのはご存知よね? 魔力炉は年を経ることに機能が低下し、肉体と精神の状態が武器性能に反映されてしまう。《導燈者(イグナイター)》も|偽紅鏡(グリマー)も年には勝てないというわけ」


 領域守護者は若いほうが有利というのは事実だ。

 だからこそ、十代から二十代前半が大半を占める。


「なのに貴重な十代後半の数年を学舎で消費する理由が分かるかしら? 若いということは未熟ということ。領域守護者とは何かを理解し、実感する為に数年が必要と考えてのことよね?」


 『白』などは特に顕著だろう。


 ネフレンがそうだ。彼女はとても優秀で、『能力的』には問題なかった。だがいざ外に出してみれば、『精神的』な未熟さから独断専行に走り、《班》を危険に晒してしまった。


 能力的に不安の残る者を壁の外に出したなら、実力を発揮する前に魔獣に喰われて死ぬだろう。

 だから訓練が必要なのだ。領域守護者に相応しい精神と実力を組み立てる為に。


「だからこそ、本作戦に訓練生を用いるべきではないかと」


「いいえ、その必要はないわ。人は平等ではないもの」


 またしてもネフレンが例になるが、彼女は『能力的』には問題が無かった。

 だから特別扱いで、新入生ながら壁の外の任務への参加が許されたのだ。


 訓練には数年が必要だと考えられている。だが人は平等ではない。

 普通は数年が必要なものを短期間で備えてしまう人材もいる。


 能力、そして精神。


 両方を兼ね備えた人材というのは、訓練生の中にもいるのだ。

 風紀委の《班》に所属するヤクモは、そのことをよく理解していた。


 自分も仲間も訓練生だけれど、だからといって正規隊員に劣るとは思わない。

 劣るとしたら、『壁を守ってきたという経験』だろう。


 戦闘能力も精神も連携も問題は無い。

 だから、作戦に用いるとしたら優秀な訓練生なのだ。


「大会の本戦までは一月あるわ。敵の指定した期限は一週間」


 アノーソが、ヤクモを見た。


「四組織混合の《隊》を構成します。ヤクモ、アサヒ。あなた達はこれを率いて――《エリュシオン》を奪還すること」



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