第162話◇蒐集

 



「手伝う……?」


「うん。あれでしょう? きみは助けに行こうっていうんだよねぇ? ふふ、ごめんね、きみが真面目に話しているのは分かっているけれど、どうしても、あふれて止まらなくて」


 彼女が可笑しそうに、それでいて優しげに笑う。

 愛しい者の可愛い失敗を眺めるような温かい笑みだ。


「何がおかしいのかな」


 口調だけは努めて平常を気取っているが、声色は依然として重苦しく冷たいままだ。

 師の件が精神に与えたダメージは大きい。


「あのね、うぅん、どこから説明しようかなぁ。魔人は基本的に、同族同士では争わないんだ。こう言うと人間よりよっぽど平和的な生き物みたいだけれど、実態はそうじゃない。相対しただけで彼我の力量差と限界点が分かってしまうから、弱い側が勝手に諦めて、強い側は相手にもしない」


 かつて戦った壮年の魔人も似たようなことを言っていた。


「弱い側はさ、その場を離れるか、強者に隷属するんだ。刹那主義の馬鹿が多いけれど、基本的には生存本能が備わっているからね。理由は説明するまでもないよねぇ? きみは賢いからなぁ」


 試すように、彼女はヤクモを見つめる。


「……魔人は殺した生命体の魔力炉性能分、強くなる」


 闇に浸ることで生み出せる魔力の最大量が増え、加えて最大出力が上がるわけだ。

 そして、元より人類より強力な生物であることを考えると――。


「強者側が、己の強化の為に同族を狩ることがある?」


「そうなんだよねぇ。強い魔人っていうのは大体長生きでとっくに成長限界に到達しているものだけど、魔人も生き物、新しい個体は今でも生まれる。早く強くなりたい若い子は、近道を探してしまうものでしょう? 人間もそうなんじゃない?」


 そういえば、セレナは十年級トドルだ。生まれてから百年が経過していない比較的若い個体。


 百年級ハンドレットになると、交流のある都市間で共有されている遭遇例に記録が残っている場合がある。千年級ミレニアムは昔話レベルで語られることがある程度。


 そういった者達は、わざわざ格下の同胞を殺したりはしないのか。


「きみは成長限界点に到達しているのか?」


 先程の例で言えばセレナは若い強者に分類される筈だ。だが同族狩りどころか彼女は大勢の配下を率いていた。


 近道をしないタイプか、そうでもなければとっくに目的地に到着しているか。

 彼女は一瞬だけ笑みを消したが、すぐに可憐に微笑む。


「興味を持ってくれるなんて嬉しいな。話してほしい?」


「……いや、脱線したね。話を戻そう」


「もっと踏み外してくれても構わないよ?」


「話を、戻そう」


「はぁい」


 一度は食い下がるが、しつこくはしない。

 セレナはわざとそのように振る舞っているようだった。

 距離は縮めたいが、不興は買いたくないとばかりに。


「同胞殺しが、今回の件と関係あるということでいいのかな」


「ううん、そっちじゃないよ。重要なのは違うこと」


 ヤクモは考える。


「……例外的ではあるものの確かな脅威として存在する同胞殺しを避ける為に、庇護を求める意味もあって強者への隷属を選ぶ魔人がいる。そういった魔人を受け入れる強者――きみやクリードのような魔人だね――がいることで、魔人は時に集団行動をとる」


「うんうん、いいね。単に強い者に惹かれるって子も多いけど、とにかく今のところセレナの言ったことをちゃんと理解出来てるみたい。えらいえらい。それで?」


 魔人の集団。

 ヤクモはそれを人に置き換えて考え、ある疑問が浮かんだ。


「壁内人類の持つ知識の限度なのかもしれないけれど、魔人の棲家なんて聞いたこともない」


 魔人に関する情報は戦闘で得られるもの以外はほとんど無い。


「うん。そんなもの無いもん。セレナ達はどんな環境にも適応出来る。だから雨風を凌ぐ壁も屋根も要らない。でもさ、なんだっけ? 隣の芝生は青く見える? 似たような姿をした、けれど個体としてとても劣る存在がさぁ、なんだか気取った建造物を建てて楽しそうに暮らしてる。そうなるとほら、興味が出てきちゃうよねぇ?」


「廃棄領域……いや、人が作ったというなら遺跡もか。人の創造物を拠点にすることが、ステータスになったりするとでも?」


 とられた、彼女は言った。まだ見ぬ魔人には奪う意志があり、都市自体にその価値がある?


 にたぁ、とセレナは粘着質な笑みを浮かべる。


「そうなんだよ! 価値観っていうのは時代と共に移り変わっていくものでしょう? セレナが生まれる前はさ、どれだけ人間の国を滅ぼしたとか美姫を頂いたとか城を落としたとか、そういうことで些細な競争をしていたようだけれど、今はそんな遊びは出来ない。国無いしねぇ。で、自分達で減らしておいてなんだけど、人の創ったものに価値を見出す子が増えた。前も言ったよね、セレナは綺麗な服を作る人間は生かしておくんだぁって」


 自分達が生きるために必ずしも必要ではないが、どこかしらの感情を刺激する何か。

 人の創造物。


「廃棄領域を拠点にすることは、きみ達にとってこれ以上ない『自分は強者である』というアピールになるのか」


「その為だけに人類領域を滅ぼす子がいるくらいだよ。あ、セレナの場合は服がほしかったからだよ? あとはやっぱほら、可愛い男の子だよねぇ。欲しいものがあって、その為なら犠牲とか被害は仕方がない」


 セレナはヤクモに協力しているだけで、変わらず魔人なのだ。

 ヤクモという珍しい生き物への興味があるから、自分の現状などを受け入れているだけ。


「……魔人には『強さ』に固執する若い個体がいて、そういった者は同胞を狩ったり人の建築物に住んだりして自分の『強さ』を誇示したがる?」


「可能性としては高いんじゃないかなぁ。セレナがいなくなってから奪うってあたりが小物臭いでしょう?」


「有り得ないよ」


 セレナよりも弱い個体なら、師が遅れを取る筈がない。


「どうして?」


 ヤクモは一瞬、言うべきか迷った。

 だがセレナは賢い、すぐに気づくだろう。であれば、ヤクモから教えた方が時間を無駄にせずに済む。


「帰ってこなかったのは師匠だ。《黎き士》の内、遣い手だけが戻ってない」


 その言葉を口にするのは、かなりの労力を要した。少なくとも、身体がぐっと重くなるような感覚を味わうくらいには。


「あー……じゃあ、違うね。雑魚じゃあない。ヤクモくんの言い方だと、武器は戻ってきたの?」


 セレナは特に驚いた様子も見せない。想定外ではないということか。


「何者かの配下だそうだ。チヨさんだけを壁の外に捨てにきた」


「ふぅん……」


「心当たりがあるなら、教えてほしい」


「うぅん……」


 それまでとは異なり、セレナは迷う仕草を見せた。


「その様子だと、何か知っているのは確かみたいだ」


「セレナは、気に入ってる服は大事にするし、可愛い男の子を壊すなら自分の手でって決めてるんだぁ。だから、教えたくないなぁ」


「……僕たちが死ぬって言いたいんだね」


「うん、それは嫌だから、諦めちゃお?」


 ヤクモは牢から離れる。


「理由はどうあれ、身を案じてくれてありがとう。だけど、そこを変えるつもりはない。言いたくないなら言わなくてもいいよ」


 そのまま去ろうしたヤクモを引き止めるように、セレナは身を揺らした。それに伴い、彼女を縛る鎖がじゃらじゃらと音を立てる。


「あーあー、待ってよヤクモくん。話は終わってなんかいないよぅ」


 足を止める。

 揺さぶりをかけたつもりはないが、彼女はヤクモを引き止めることを選んだようだ。


「聞かせてくれ」


「……魔人にも個性があるのはヤクモくんも分かってくれてると思うんだけど、一体いるんだよ、魔石蒐集家がね」


「きみにとっての衣服や少年に値する執着を、魔石に対して持っている魔人?」


「うん。でも魔石自体は『魔力を蓄えられる石』でしかないでしょう? そいつは『高魔力』か『強者から絞った魔力』に魅力を感じるみたいなんだぁ」


「……廃棄領域に残った人々から日々魔力を徴収することで多くの魔力を集めたり……師匠のような戦士を生け捕りにすることで、魔力を抽出したり?」


 それが本当なら、魔力炉を活動させる為に模擬太陽を点けることさえするかもしれない。


「だねぇ。でも、捕まえてはないんじゃないかな?」


「その魔人だという根拠は?」


「調子に乗った雑魚じゃなくて、あのブスを殺さず倒すなんて面倒なこと出来るやつってなったら限られるでしょ?」


 師を殺せる魔人がそう沢山いるとは、ヤクモも思わない。

 あのクリードさえ、ミヤビ達を殺しきれなかったというのだから。


「……どうして《カナン》を襲わない」


「セレナがいた時に《エリュシオン》を奪わなかったのと同じ。争いを好まないんだ」


「魔人なのに?」


「飽きたって言った方が正確かも。長く生きてると、枯れるんだよね。でも、本質は変わらない。自分から都市を攻め落とすほどの意欲はないけど、空いた都市になら手を出す。強者を狩りに出ることはないけど、迎え撃つことはする。《カナン》には興味ないんだ。多分あのブスを捕まえるのに失敗したんだねぇ。武器を捕獲しても出てこなかった。でも一度知ってしまったら、手に入れたくなるのが蒐集家。どうやって誘き出そうかと考えて、武器を《カナン》に返すことにした」


「……どうして」


「セレナがテルルちゃんにしたこと忘れた?」


 ハッとする。水が沸騰するように怒りが湧いた。


「チヨさんからこちらの情報を抜き出したのか……!」


「多分だけど、ヤクモくんか、そうでなくとも誰かが来ると思ったんじゃないかな。ふふ、弟子や仲間? 家族? とかが来たら、さすがに見殺しに出来ずブスが姿を現すと思っているんだよ。武器は案内役として返したか、篩にかけたかったか」


 ミヤビ組は《エリュシオン》までの経路を知っている。

 師を討ち取ったという宣言は確実に狂言だが、印象づけでもあるのだ。


 ボロボロのチヨを見た者、その情報を知った者は悟る。


 《黎き士》が負けたというのは確からしい、と。

 救出作戦を組もうとしても、大多数の領域守護者は志願しないだろう。


 ミヤビ組でさえ蹂躙される魔人の棲む地へ行くなど、蛮勇を通り越して自殺だ。


「…………」


「でも、この都市には朗報じゃない?」


「どういう意味だい、それは」


「ヤクモくぅん? 怒ったり落ち込んだり焦ったりするきみの顔が見れて嬉しいけどぉ、普段よりも頭が鈍くなっているんじゃないのかなぁ?」


 確かにいつも通りとはいかない。


 それでも、ヤクモは必死に頭を働かせた。セレナの反応を見るに、そう複雑なことでもないのだろう。少なくとも平時のヤクモであればすぐに思い至るような――。

 はたと気づく。


「《カナン》は魔力不足に陥っている。どこかの魔人が模擬太陽稼働用の魔石を奪ったからね」


「壊したのは銃の子だよぅ?」


 セレナは拗ねたように片頬を膨らませる。


 手放しに朗報と喜べないが、ヤクモにとって重要な材料ではある。


 単にミヤビの救出を願い出ても却下される可能性があるが、他にも収穫が見込めるとなれば聞く耳を持つ者も増えるかもしれない。


 日照時間が短くなることは死活問題だ。

 強い魔人の収集した魔石の数々が入手出来るとなれば、それは《カナン》の寿命を大きく伸ばすことに繋がる。


「その魔人は、きみより強いのか?」


「クリードくんより強いよ」


「――――」


 あの魔人の強さを思い出し、思わず息を呑む。

 またしても試すように、セレナが上目遣いにヤクモを見上げた。


「それでも助けに行くの?」


 今度は、すぐに言葉が出た。


「当たり前だ」


 そんなヤクモを、セレナは不思議そうに、楽しそうに眺めていた。

 そして、先程とは少し違う言い回しをする。


「手伝ってほしい?」


「他にも情報が?」


「違うよぅ。ブスを救けるの、手伝ってほしい?」


 一瞬、真意を計りかねた。

 だがすぐに、セレナの言いそうなことだと受け止める。


「それは、まさかきみをここから出せば、師匠の救出と《エリュシオン》の奪還を手伝うと言いたいのかい? 戦力として?」


「手伝うだけだけどね」


 師を打倒するだけの力を持つ、クリード以上の強者。

 更に言えば、今度は敵地での戦闘になるのだ。


 頼れる仲間は不可欠だろう。

 だが、果たしてセレナをそこに含んでいいかどうか。


 こちらの迷いを見透かすように、セレナが優しい声を出す。


「悩んで? そういう顔も可愛いよぅ。あ、決まったらまた逢いにきてね? 答えはヤクモくんの口から聞きたいなぁ」


 ヤクモは答えを返さず、今度こそ牢を後にした。



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