第157話◇確認
その後ヤクモは二日、グラヴェルは四日もの間、目を覚まさなかった。
治療にあたったのは、何度も世話になった白衣の女医。
彼女は「治ることを前提に怪我してるならアホだし、後先を考えていないならドアホだね」と叱責。
ヤクモは治療に感謝し、説教を甘んじて受け入れた。
妹の寝不足と長い涙が窺える目許を見ては、抗弁する気など起きない。
「……兄さんの指示に、わたしはいつも承知と返します。けれど、それは勝つために必要だと認めるということで、その選択で兄さんが傷つくことをよしとしているわけではないんです」
「分かっているよ」
「なら、これも分かってください。勝利の為の兄さんの選択、その結果が、時にどれだけ周囲の者の心を傷つけるか」
「……そう、だね」
「兄さんが傷つくくらいなら、魔法を使ってもらった方がマシです」
魂の魔力炉接続によって、ヤクモ組も短期間ではあるが魔法の行使が可能になる。
だが魂を魔力に変換するということは生命力を魔力に変換するということ。
命を削るということ。
ヤクモとしては認められない。
そもそも、魔法使いとしてはグラヴェル組の方が何枚も上手。魔人相手の時のように太陽光を再現しても意味は無く、単に魔法を弄したとて通じはしなかっただろう。
第一に、妹の声が聞こえなくなるなど御免だ。戦闘中に聞こえるあの声が、どれだけ自分の力になっていることか。
しかしアサヒが言いたいのは、そういうことではなく。
彼女が命を削ることを、ヤクモが認められないのと同じように。
兄が命を削ることを、アサヒは認めてはいないということ。
「気をつけるよ」
「ネアさん姉弟の時に拳を身代わりにしましたよね? で、今度は腕ごとです。成長どころか悪化していますよね?」
『必中』の魔法が迫った時、確かに手を犠牲にして突破した。あたることで魔法は役目を終えたと判断するので、身体の一部を捧げるのが手っ取り早かったのだ。
そして今回はグラヴェル組の実力を認めたからこそ、斬られることを前提に動いた。
腕一本を捨て、勝利を掴んだ。
「……ごめんよ。けれど、その……あぁでもしないと勝てない相手で……」
「わたしはそういう話をしているんじゃないんですよ」
「だね……僕が悪い」
「まったく兄さんはいつもいつも――」
説教、文句、不満の吐露。
妹の言葉は続くが、ヤクモは申し訳なさそうに笑うばかり。
そして本人は、そのことを幸福だとさえ思っていた。
叱られるということは、自分達が勝ったということ。
妹と自分が揃って生き残り、家族もまた生きているということだから。
「あぁ、それと兄さん」
「なんだい?」
「最後の一合の前の話です、答えを聞けていません」
「……なんだったかな」
「兄さんに限って忘れているなんてことはありませんよね? それとも記憶に障害が? だとしたら大変です、今すぐあの女医を呼んでわたしの方から説明を――」
「分かった、分かったよ。ちゃんと覚えているとも」
降参を示すように諸手を上げる兄を、妹はじぃっと責めるように見つめる。
「とぼけたわけですか。妹に嘘をついた、と。ははぁ、兄さんは酷い人ですねぇ」
ちくちくした言葉も、妹なりの怒りの発散法なのだ。
勝利は得られた。
傷つかずに勝つ、なんて甘い考えが通じる相手ではなかった。
そんなことは百も承知。
それでも、心配はするし、涙は流れるし、もう傷ついてほしくないし、自分を蔑ろにした戦い方はやめてほしい。
そのように考えるのが人情。アサヒという家族から向けられる愛情。
それをどうして否定できよう。
全面的に受け入れよう。同じような情を、自分も持っているのだから。
それはそれとして。
ヤクモの顔が羞恥に赤くなる。
「思い返してみると、その、随分と恥ずかしいことを言ったという自覚があってさ。出来れば広い心で流してもらえると嬉しいんだけど」
妹は満面の笑みを受かべる。
「ダメです」
「そう言うと思っていたよ」
「無駄な抵抗はやめて、白状してください」
「うっ」
激突の寸前である。
ツキヒたる
最も美しいものはきみだとか、そんなふうなことを。
彼女が妹の美しさに目を奪われるあまり、己を卑下しないようにと。
そして彼女は尋ねた。
それはアサヒを指しているのか、あるいは
ヤクモは沈黙し、彼女は後で聞き出すと言った。
その『後』が来てしまったというわけだ。
「兄さんが世界で最も美しいと思う存在は
妹がによによと、それはもう悪戯っぽく微笑んでいる。実に楽しそうだ。
ヤクモは観念することにした。
求められもしない褒め言葉を並び立てるのは無粋でも、求められているとあっては沈黙こそ無粋というもの。
照れる気持ちはスパッと断ち切り、男らしくハッキリと言う。
「どちらもだよ」
てっきり明確に片方を示されると思ったのか、アサヒがぽかんした顔になる。
「答えを濁すわけでもない。刀としても人としても、きみに優るものはないと、遠峰夜雲は本気で思っているからね」
「あ、え、ぅ……」
妹の頬が紅潮し、視線がぐるぐると回り始める。
妹は攻勢にこそ出るが、反撃にはめっぽう弱い。
そして、紛れもない本心でもあった。
雪色の童女に一目惚れし。
雪色の打刀に命を救われ。
雪色の彼女と共に生きる。
それが、遠峰夜雲という人間。
「まだまだきみに心配を掛けてしまう未熟な遣い手だけれど、それでも全霊を以って揮うと約束するよ。だからこの先も、僕の相棒でいてくれるかい?」
ヤクモの真剣な視線に、彼女も混乱から戻ってくる。
熱を持った頬を冷ますように両手をぴとりと当てたあと、それを下ろしてヤクモを見つめ返した。
「はい、何処までもお供します」
《皓き牙》における大会予選にて、兄妹は頂点に立った。
だがこれは、到達点ではない。
《皓き牙》《蒼の翼》《紅の瞳》《燈の光》それぞれの上位四名による大会本戦が執り行われる。
『白』で言えばラピス組、グラヴェル組との再戦もあるやもしれぬし、ユークレースとの対戦が実現するかもしれない。
これまでは観戦するだけだった他校の強者らと矛を交えることになるのだ。
それでも、二人は止まらないだろう。
いずれ夜を切ると定めたのだ、この程度の難関越えられずしてどうする。
「…………」
「…………」
「あはは」
「ふふっ」
見つめ合っていた二人は、互いに堪えきれなくなったとばかりに微笑み合った。
「今更言うまでもなかったかな」
「いいえ? 大切な気持ちは、何度でも伝えるべきです。綺麗だよとか可愛いよとか愛してるよとかも、じゃんじゃん毎日挨拶のように言ってくれていいんですよ? むしろ義務化します?」
一瞬で平常運転に戻った妹を見て、ヤクモはまた笑う。
学内ランク
《皓き牙》大会予選・一位通過。
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