第140話◇霹靂
この場にいる誰もが知っている。
ユークレースがこれまで一撃で勝利を得ていたことを。
この場の誰も知らない。
ユークレースの技の正体を。
雷光が如き疾走抜刀術。
彼の姿が消えた。
これまでは、直後に現れた彼は対戦の背後で納刀を済ませ、同時に勝敗が決していた。
だが。
今回は違った。
ユークレースは横転していた。
ルナの正面に転がっている。
ざわめき出す場内。
無敗の一位、必勝の四位。
誰もがこの一戦の行く末に注目していた。
「兄さんには、今の視えましたか?」
最前席、隣に座る妹はフィールドから目を離さずに言った。
「……先輩は、一瞬の内に魔力防壁と本人を斬るよね」
「はい、真実目にも留まらぬ速さで。明らかに普通ではありません」
「正確には、魔力防壁は
今の攻防で、ようやくヤクモにも分かった。
「斬っていない?」
「雷撃だよ」
「え、雷撃? でも、だとしたらこれまでの相手は誰も対策を講じなかったんですか? 真っ先に思い至る可能性ですし、魔力防壁に多くの魔力を割けば済んでしまいます」
ヤクモ達には出来ない方法だが、魔法への対策としては至極単純。
「魔法威力に対してなら、それで正解だ。けど考えてみてほしい、例えば防壁に炎を向かわせる。例えば防壁ごと周囲の空間を凍らせる。防壁側の方が高い魔力を誇っていたとして、どうなる?」
「……魔法は、魔力の性質を変えるものだから、えぇと……炎は炎の、氷は氷の性質を獲得します。だから……破れずとも防壁を炙るように猛り、凍てつかせます」
「だね。だから雷撃なら、迸る。動きを組み込んでおけば――駆け巡るんだ」
数秒考えるような仕草の後、アサヒはバッとヤクモに顔を向けた。
驚きの表情で、兄を見る。
「まさか、綻びを?」
そう。
才能の無い兄妹が辿り着いた策と、選んだ結果は同じなのだ。
才能はあったが身体は弱かったユークレース、才能は無かったから身体を鍛え抜いたヤクモ。
正反対なのに、同じ手段を選んだ。
ヤクモは経験と観察眼により魔法の綻びを見抜き、それを斬る。
だがユークレースは疾走に先んじて雷撃を放ち、それを魔力防壁に流し込む。駆け巡る雷電が魔力防壁を破れなくてもいいのだ。魔力を帯びた電流が防壁全体を駆け巡り、いずれ綻びを灼く。
その『いずれ』も、雷撃の速度を以ってすれば刹那のこと。
彼はまさに二閃用いずの剣士だったわけだ。
一閃だけが、敵を斬る。
しかし、ルナには通じなかった。
「ばーかの一つ覚え。何度も何度も同じことやってさ、そういうとこだよ凡人。どれだけ上手く行ってるからってさ、正面突破ばかりする馬鹿がいたら、対策されるって。奇襲しかしない奴がいても同じ。それ『だけ』しか取り柄の無い人間は、読まれたら終わりじゃん」
これまで、ユークレースの相手が選んだのは主に魔力防壁の強化。これは無意味。
魔力防壁の複数展開。これは最初のものよりマシだが、彼はそれに合わせて雷撃を増やせばいい。
移動。彼の速さの前では大した距離は動けず、そうなれば彼の軌道修正は間に合う。
ルナが選んだのは、言葉で表せば特別なことではなかった。
後ろ二つの併せ技。
魔力防壁を複数展開した上で移動した。
何故それがユークレースを破ったか。
答えはタイミングにある。
刹那に奔り、刹那に終わる疾走抜刀術。
だからそう、遣い手側も刹那の時の中で全てを行うしかない。
思考もその一つ。
ルナはそれによって、ユークレースが雷撃を放った後、加速直後に魔力防壁を増やしたのだ。
思考速度で彼女が勝っていたのか、あるいはモカのように思考速度加速の魔法まで搭載しているのか。
どちらにしろ、ある意味でユークレースに速さ勝負を仕掛けたわけだ。
ユークレースも対応しようとしただろう。
だが、対応というのは、起こったことに対して後から行うもの。後手に回るということ。
だから、無理だった。
一瞬の内に終わる斬撃という必勝型の所為で、ユークレース本人にも対策を講じる時間が足りなかったのだ。
それでももし、ルナが動かなければ。動いても後ろや横、上であればなんとか出来ただろう。
ルナは、前に出たのだ。
それも、地を蹴って、全速力で。
半球状の魔力防壁は術者を中心に移動する。
ここまで言えば、結果は明らか。
激突だ。
一瞬で決着がつくユークレースの必勝型。
その『一瞬』という部分を、ルナは利用したのだ。
分かったからといって真似は出来ない。
むしろ危険行為。僅かでもタイミングが狂えばそのまま斬られていたのだ。
それをただ一度の機会で実行する胆力と、成功させる実力。
ルナは口だけではないのだ。
その後ろには、大言に見合う果てしない努力が窺えた。
自信家なのではない。自信を持つに足る努力を積んできたのだ。
「ねぇ、えぇと? 二閃用いずセンパイ? どうしたのさ、ルナはまだ一閃さえ喰らってないんだけどな? もう手が無いなら、さっきの偉そうな態度を改めた上で棄権してくれる?」
「く、……ぅ」
魔力強化を施していたとしても、目にも留まらぬ速度で魔力防壁に激突したのだ。その衝撃は計り知れない。彼の身体のことを思えば、立ち上がれずとも無理は無いだろう。
「それとも、今までの雑魚と同じようにあがく? こっちの時間を無駄にしないでほしいけど、うん。仕方ないかな。身の程を知るまで、付き合ってあげてもいいよ。そうしないと、理解出来ないんでしょう?」
だがユークレースは意識を失っていなかった。
そして、戦意も。
口許から血を垂らしながらも、柄に手を伸ばす。
「ぼくが、それ以外になんと呼ばれているかご存知かな」
「はぁ? 《雲燿》だっけ? 雲から落ちる燿の如し。大げさな名前」
「雷槌を目にしたことは?」
「何言ってんのきみ、頭打って朦朧としてるわけ?」
違う。
ヤクモには分かった。
ユークレースは言っているのだ。
自分はその名に相応しい遣い手であり、まだ見せていない技があるのだと。
ユークレースは子供のように微笑んだ。
「雷は、ギザギザなんだ」
「きみ、」
「――霹靂」
閃光が瞬く。
神速の剣士の姿が掻き消える。
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