第139話◇頂上
放課後。
ヤクモ組とラピス組があたる日だ。
参加者、大会運営、見物人達がドームに集まる。
日に何度も行われる試合。
ヤクモ達の一つ前の試合でも、『白』の準決勝が行われてようとしていた。
つまり、グラヴェル組とユークレース組の対決である。
フィールドで二組の訓練生が対峙していた。
グラヴェルは今日も無表情。紫紺の長髪は風に靡き、同色の瞳に揺らぎは見られない。
ユークレースは生来身体が弱いらしく、今日も顔色はよくない。
グラヴェルのパートナーは言わずと知れたルナだ。
ユークレースのパートナーは、黄色い髪をした青年だった。制服を着崩し、浮薄な印象を受けるが、その視線はユークレースの身を案じているとはっきり分かるものだった。
「ぼくは一つ、きみに謝られなければならない」
病弱な剣士からの言葉に、ルナは怪訝そうに眉を歪める。
「はぁ? 何の話?」
「この予選におけるきみの言動を、僕は許せない。己より弱いというだけの理由で、他者を踏みつけることを何とも思わない。そんな考えは間違っているから」
スファレ戦でも、ネフレン戦でも、ブレンド戦でも。
彼女は圧倒的な力で相手を負かしては、その心まで踏み躙るような言葉を浴びせた。
それを許せないと思うユークレースの心情は、ヤクモにも共感出来る。
「え、説教? 謝るんじゃないの?」
「ぼくは、きみをただ傲慢な人間だと思った。だが、違ったんだね」
「ねぇ、きみ会話する気ある? それか、具合だけじゃなくて耳も悪いの?」
ルナの言葉に、ユークレースの《|偽紅鏡(グリマー)》が殺気立つ。
だがユークレースはそれを視線だけで留めると、続けた。
「先日の魔人襲撃、二回ともきみは出撃したね」
「……本家の指示だよ」
「ヤクモに助勢することもかい?」
明確に、ルナの表情に苛立ちが浮かぶ。
「夜鴉を助けたら、どんな人でも『実はいい人』になるって?」
セレナとの一回目の戦いも、クリード戦以後も、ルナは助けてくれた。
「そうではないよ。ただ、きみは他者を見下しながら、他者を見捨てなかった。ヤクモ達が特別なのかもしれないけれど、それにしたって自分以外を思いやることが出来るということだ」
「ねぇ、きみ、すごくむかつくよ」
「ルナ=オブシディアン。きみは、他者に厳しいのではない。なによりも自分自身に厳しいからこそ、他者にもそれを適用しているのではないかな」
「分かったような口を利かないでよ、偉そうに」
有り得る、とヤクモは思った。
ルナが真に他者を見下しているだけならば、彼女の性格を考えるとユークレースに言う筈だ。
ただでさえ弱い身体が壊れる前に負けを認めろ、とか。
でも、実際は言っていない。
それは、見下していないからではない。
ルナにとって、きっとそれは関係ないことなのだ。
五色大家だとか、庶民の出だとか、魔法が使えないだとか、先天的に身体が弱いだとか。
そういったことは、関係が無い。
道を、場所を自分で定めたのであれば、後は結果だけ出せばいい。
彼女が他者を見下すのは、自ら選んだ道で結果を出せない人間だから。自分に出来ることが出来ないような人間だから。
下だから、下に見る。
単純な理屈。
だとすれば、見下しながら何度も助けようとしている姉とは、アサヒは、彼女にとって一体どういう存在なのだろう。
「謝罪するよ。傍若無人な振る舞いは許せずとも、誤解を抱いてしまった己の不明は認めねば」
彼がセレナ戦で助力に駆けつけてくれたのは、それが理由の一つだったのかもしれない。
仲間とはいえ、兄妹とユークレース組は他の者達と比べると親交が薄かった。
だが、自分が是正すべき傲慢な者が、人を助ける為に駆け回るような人間だと知ったなら?
自分が恥ずかしくなって、その場に留まってはいられないだろう。じっとしていられず、飛び出したのか。
そんなユークレースの謝罪に、ルナは歯を軋ませて視線を尖らせる。
「ごちゃごちゃうるさいな。なんで見下すか? 教えてあげるよ雑魚。きみらが傲慢な弱者だからさ。馬鹿らしいから馬鹿にせずにはいられないんだよ。だってそうでしょう。きみらは弱いくせに、自分は努力してると思ってる。負けられないとか言いながら負ける。強さに自信を持ってるくせに弱い。結果を出せよ。結果で証明しろ。過程なんて意味無いから。ご大層な意識と実力が釣り合ってないんだよ。分相応に生きることさえ出来ないでいる馬鹿を見てるとイラつくのさ。文句の一つや二つくらい、出て当然ってもんでしょ」
彼女は結果を出している。
入校と同時に一位を獲得し、魔人とも戦える実力を持ち、いまだ無敗を誇る。
それを才能の一言で片付けてしまうのは、それこそ弱者くらいのものだろう。
彼女からすれば、他の者達は努力の足りない怠け者にでも見えるのかもしれない。
だとすれば、全方位に放たれる苛立ちも頷ける。
例えば、ヤクモと同じように壁の外で家族を守ろうとする人間がいたとする。
だがその人間は魔獣と戦う術を持たず、かといってそれを編み出す努力もせず、家族の為に身体を張ることもなく、家族の死を嘆きながら言うのだ。こんなに頑張っているのになぜ報われない、と。
そんな人間がいたら、ヤクモはきっと絶句する。怒りを覚える。
守ると決めたなら、限界まで努力すべき。全力で、それを達成する為にあらゆることをすべきなのだ。
ルナにも自身の目指すべき場所があり、そこへ向かう為に全力を尽くしているとしたら。
周囲の人間は、甘く見えるのかもしれない。
「結果か。ぼくは、結果を出す者の心も、とても重要なものだと思うけれど」
「議論するつもりはないんだよ。そういうのは病人友達とやってくれるかな。ルナはきみ達と違って、動き回れるから他にやることがあるんだ」
「侮辱は苛立ちからくるものだね。ただし、相手への感情が直接の理由ではない。なんであれ、ぼく達はきみに勝つ」
「そういうところだよ、きみら。そういうとこが、むかつくの。それを言えるだけのものを、積み上げてきたのかよ。ほんとさ、強い言葉っていいね、だって――弱くても吐ける」
「強く在りたいから口にするのさ」
「それが間違いなんだって。強く在りたいなら、強くなればいいんだよ。それが出来ないなら、大人しくしてるべきだ。分際というものを、弁えて生きるべきだ」
試合開始時刻となる。
「……では、戦いで決着をつけよう」
「最初から、それだけあればいいんだって。結果は、目に見えてるけどね」
「
「イグナイト――スノーホワイト・ナイト」
他民族風の外装でありながら、紛れもなく太刀。
元々はヤマト刀であった筈なのに、それを否定するように造りを変えられた曲刀。
ユークレースとアサヒの武器は、似ているようで正反対だった。
学内ランク
対
学内ランク
「あ、そうだ。きみの身体って二回以上剣を振るえるの?」
ユークレース組の異名は『二閃用いず』。
ただの一撃であらゆる敵を斬り伏せることから付いた名だ。
だが、そもそも一撃で決めるのは、身体のことと無関係ではないだろう。
「確かめればいい。機会を得られるのであればね」
「まぁた偉そうに。でも、うん。そうしてあげるよ」
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