第136話◇贈答
その後、ヤクモはアサヒを先に帰した。
今週分の『セレナとの二人きりでの面会』を果たすという名目でだ。
待っていると申し出た妹を無理に帰らせ、ヤクモが向かった先は。
街だ。ネフレンにかつて案内してもらった範囲。
待ち合わせ場所には、ネフレンがいた。
「待たせたかな」
「えぇ、とても」
「ごめん……」
「許しましょう」
「ありがとう」
なんだか変な会話だなと、二人顔を合わせてくすりと笑う。
「頼みってのは、アサヒへのプレゼント選びってことでいいのよね?」
「うん。それと、すごく言いにくいんだけど……」
そう、ヤクモは決めたのだ。
アサヒだって普通の少女なのだから、魅力的な衣装や装飾品に惹かれて当然。
ヤクモがそういったことに無頓着な所為で、彼女も当たり前のようにそれを諦めるというのは、ヤクモとしては受け入れがたい。
だが。
「お金がないんでしょ? 貸してあげるわよ」
いざ指摘されると辛いものがある。
「うっ……その通りです。ありがとうございます……」
ネフレンは普段から鋭くしがちな視線を、ふっと緩めた。
「ふふっ……アンタ、戦う時はあんな堂々としてるのに、こういう時は情けないのね。変な感じ」
「どちらかというと、戦闘中に意識を切り替えているんだけどね」
「まぁ分かるけど、それにしても幅があり過ぎでしょう」
そうだろうか。そうかもしれない。
ネフレンはやれやれと肩を竦めた。
「いいわよ。アンタに限って踏み倒すなんてこともないでしょうし、すぐに返せるでしょう」
クリード戦などが評価されれば、報奨金も入ってくるだろう。
ヤクモは頷く。
「助かるよ、本当に。出来れば友人にお金を借りるなんて、したくないんだけど」
「だからって報奨金を待ってると、機嫌がどんどん悪くなりそうだし?」
ネフレンがヤクモの考えを見抜くように言った。
「やっぱり、そう思うかい?」
「当然。最愛の男が、自分以外の女を優先して、あろうことか有り金はたいて服を贈る? もうね、刃傷沙汰よ。次の模擬太陽は拝めないと思いなさい」
「怖いことを言わないでほしいな」
「まぁこじらせてるアンタらのことだから、互いを傷つけることはしないでしょうけど、その分もっと厄介よね。溜め込んで、大いに拗ねることでしょう。しかも、理由は話さないで」
「だね。ただ、ご機嫌取りではなくて、僕自身が贈りたいと思ったんだよ」
「愛を込めて?」
「からかわないでほしいな」
「ご機嫌取りじゃあないんでしょう?」
「機嫌がよくなるに越したことはない」
「アンタの、直向きなくせして小賢しいところ、厄介よね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「好きになさい」
鼻で笑ってから、ネフレンは相談に乗ってくれた。
「服はダメね」
「そうかな」
「今回は、よ。まるで魔人の『ついで』のように感じてしまうでしょう?」
「あ、確かに……」
セレナに買うならアサヒにも、という思惑が透けて見えてしまう。それが事実かは関係ない、そう思えてしまう時点で問題だった。
「かと言って、すぐに無くなるものも論外ね。食べ物とか、消耗品の類よ。さっきの言い方からして、ろくなものを贈ったことが無いんでしょう?」
「まぁ、その、これまではお互いの誕生日に『なんでも言うこと聞く権利』を贈り合ったかな。ものは用意出来なかったから」
アサヒの要求が年々過激になっていったので、禁止事項がどんどん増えていったのだが……。
「そういう泣ける話はやめて。都市に入ってからは初めてで合ってるわね?」
「うん」
「なら、思い出にもなるものにしないと。消えるものは思い返すきっかけにならないからダメ」
「なるほど……それにしても、詳しいんだね。贈り物には慣れているの?」
「手伝うのやめてもいいのよ?」
「え? えぇと、ごめん?」
「それでいいの」
何故かネフレンの顔が火照っている。
「アンタよりはアイツの気持ちが分かるってだけ。それだけだから」
同性だからこそ分かること、異性だからこそ気づけないこと、というのがあるのだろう。
もしかすると、彼女は自分の発言が自分の考えそのものと受け取られることを恥ずかしく思ったのかもしれない。
初めてのプレゼントは残るものがいい、という主張をしてしまったと。
ヤクモにからかう気がなくとも、本音は時に恥ずかしいものだ。それくらいヤクモにも分かる。
だから追及はしなかった。
「そうなると、装飾品の類がいいのかな」
「そうね、アクセサリーでいいんじゃないかしら。出来れば、制服着てる時でもつけられるものにしなさい。アンタの妹のことだから、常に身につけようとするに違いないわ。そんな時、不格好だと悲惨でしょう」
「なるほど……となると」
ヤクモは考える。
「アンクレットは却下よ。他人の目に見えて、それでいて不自然でないものが望ましいわ」
「条件が大分厳しいね……」
「喜ばせたいなら、そうするべきってだけよ」
そう言われては、無視も出来ない。
――指輪……はダメだ。喜んではくれるだろうが、左手の薬指に嵌めるに決まっている。そもそもサイズを知らない。
なんとなくだが、普通に贈るのではなく驚かせたいという思いがあった。
彼女を呼ばなかったのもそれが理由だ。
ブレスレット、ネックレスあたりだろうか……と思うも、ピンとこない。
似合わないということではなく、今回はもっと適したものがあるのではないだろうか、という予感だ。
「うぅん……」
「なんなら――」
ネフレンが更なる助言を口にしようとしてくれたが、それを止めるように人差し指を立てる。
「何にするかくらいは、自分で決めないと」
「……えぇ、そうね。そうしなさい」
古着屋でのアサヒを思い出す。楽しそうに店内を見て回っていた。
だが一つも手にとりはしなかった。それをヤクモに見られようものなら、興味があると言うも同じだからだ。だから、控えたのだろう。我慢していたのだ。
雪の色をした、ヤクモの妹は――。
「……あ」
「何か思いついた?」
「うん。訊きたいんだけど、このあたりで――」
ヤクモが尋ねると、ネフレンは記憶を探るように目を伏せ、しばらくしてから視線を上げた。
「えぇ、何件かあてがあるわ」
「案内してもらえる?」
「もちろん。恩返しが進むもの」
「もうチャラで構わないよ。すごく助かってる」
「それを決めるのはアタシ」
「義理堅いんだね」
「やめて。清算しないと、気持ち悪いってだけ」
「きみがそう言うなら」
「いいから、行くわよ」
そして、ヤクモはプレゼントを購入した。
きっと喜んでくれるだろう品が手に入った。
ネフレンに礼を言い別れた後。
どうやって渡そうかと考えながら、ヤクモは帰路についた。
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