第135話◇結果
ネフレンとは店の前で別れた。
セレナのところへと戻ると、師は既にいなかった。
エリュシオンの情報が手に入ったのだ、急ぎ共有と協議が必要だろう。当然だった。
「ヤクモくん。日に何度もきみと逢えるなんて嬉しいなぁ」
「必要なことだからね」
「違うよ、きみが選んだんだ。来ることをね。だって来なくても、きみは死なない」
「救えるかもしれない人を見捨てることになる」
「救えるかもしれない人間なら何処にでもいるよ? その全てを救えはしないでしょう? 救う『必要』もないんだよ。きみが、選んだんだ。選んで、セレナに逢いにきた」
「……そうだね」
言い争う気もない。
ヤクモは早速服を取り出した。
もし気に入らないと言われたら時間の無駄になってしまう。
じぃと、セレナはそれを見た。
純白のワンピースだ。
「どうしてこれを選んだの?」
魔人の瞳に光は無い。
ヤクモは平静を保ち、言う。
「刀を手にした時の僕と、お揃いだろう?」
同じようなことを、戦闘中に言っていた。
あれが気まぐれでないなら、この服もまた気に入るのではないか。
どれくらい経ったろう。
「……っふ。きみは、虐め甲斐がないなぁ。もう少し狼狽えたりしてくれないと、楽しくないよぅ」
目許を緩めた彼女を見る限り、冗談だったらしい。
「喜ばせればいい、という話だったよね」
「可愛くないね」
「服が?」
「きみが」
「なら問題無い」
「ちゃんときみが選んでくれたもの?」
「もちろん。それと、申し訳ないんだけど新品じゃあないんだ」
「うん、分かるよ。お金無いとも言ってたもんね。でも、きみに買ってきてほしかったんだ。きみだけのお金でね」
「それは、どうして?」
これが人なら分かるのだ。当人の稼いだ金で、当人が選んだものを欲するというのは、分かる。
ものが欲しいのではなく、ものに込められる気持ちが喜ばしいのだ。
でも、セレナにそういった感覚があるのだろうか。
「そんな不思議そうな顔しないでよ。いや、してていいけど。それはそれで楽しいからねぇ。ちょっと気になっただけなんだ。人がやる贈り物が、どんな感じなのか。セレナ相手となると、どうしても貢物になるでしょう? 捧げ物、生贄。そういうのは慣れてるけど、贈り物は違うんだよね? 媚びを売る『必要』が無い相手に、何ら取り繕うことなく何かを渡す」
「そう、だね」
セレナなりに、興味があるということか。
だとしたら、悲しいことだ。
贈るのは、気持ちなのだ。感謝であったり、愛であったり。
交換条件としてヤクモが手渡すこれには、一番大事なものが抜けている。
彼女が知りたい、贈り物の本質が欠けている。
「さぁ、じゃあ着せてみてよ」
「…………」
監視役の領域守護者が「拘束を外すことは出来ない」と冷たい声で言った。
セレナやテルルには二十四時間体制で監視がついている。
「着せてくれないなら、この話は無しだねぇ。残念~」
監視役が歯を軋ませた。
これまで我慢していたものが、決壊するように喋りだす。
「戯れるな魔人。貴様の所為で、何人死んだと思ってる? 少しはしおらしくしたらどうなのだ」
「知らないよ、数えてないし。それで、何匹死んだの? 数が関係あるの?」
「――――ッ」
殺気立つ監視役を、ヤクモは手で制する。
「お気持ちは分かります。ただ、この魔人の協力が必要であることはお分かりでしょう」
「魔人を信用するというのか!?」
「虚偽を口にしていると判明すれば即座に首を刎ねます。人の死に怒り、悲しむことが出来る貴方ならば分かる筈だ。この魔人を今殺せば、救えるかもしれない命を見捨てることとなる」
「……だがっ」
「情報には鮮度があります。こうしている間にも《ヴァルハラ》には刻限が迫っている。拘束を外す必要はありません、牢の鍵を開けて下さい」
夜鴉の指示になど従わないかもしれない。ヤクモはその可能性も考えたが、監視役は一度俯いた後、首を揺すってから牢の鍵を開けてくれた。
「わぁ、口も回るんだねぇヤクモくん」
「アサヒ、頼めるかな」
ずっと黙っていたアサヒが、こくりと頷く。
「ヤクモくんが着せてくれるんじゃないの?」
「入浴を断わった時と同じ理由で、それは出来ないよ」
「うぶなんだね。可愛い」
兄妹が牢に入ると、鍵が施錠された。当然の措置だろう。
ヤクモは格子側を向く。
「まぁ、ブスに着せられるくらいは我慢しようかなぁ。なんて言ったってヤクモくんがセレナの為に選んでくれたんだし」
「…………」
「ねぇブス。きみはヤクモくんに今まで何を貰ったの?」
「…………」
アサヒの沈黙に、ヤクモの胸も痛む。
「わぁ、無視? 性格悪いなぁ」
「うるさいですよ」
「っていうか、どうやって着せるの?」
腕の拘束具が天上と繋がっている。ワンピースなので、幸い下から履くように着用することが可能だが、その場合も肩紐が通せない。
そのあたりを考えないヤクモではなかった。
肩紐をが解けるものを購入していたのだ。
「なるほど、通して結べばいいんだねぇ。でもこれ、引っ張ったら簡単に垂れちゃうんじゃないのかなぁ。ヤクモくんってば、結構えっちだったりするの?」
「誰もあなたの紐には触れませんよ」
「なんかこのブス機嫌悪いんだけど」
「魔人の世話をしたい人間なんているもんですか」
「ヤクモくんは相手してくれるんだけどなぁ」
「嫌々です」
「きみとは好きで一緒にいると思うの?」
「当たり前でしょう……!」
一瞬声を荒げたアサヒが、静かに「終わりました」と言う。
振り返ると、セレナは純白のワンピースに身を包んでいた。肩紐の結びは固い。
「どう、ヤクモくん。可愛いかな?」
「……似合っていると思うよ」
嘘では無かった。そもそもが魔人はみな、美男美女揃い。清潔感と可憐さを兼ね備えた純白のワンピースは、セレナによく似合う。
「うぅん。うん、うん。まぁ今回はこれでいいかな。及第点ということで。次はもっと可愛いのをお願いね、ヤクモくん」
「合格、ということかな」
「うん、テルルちゃんを連れてくるか、セレナを連れて行くかして。後、さすがに魔力が必要だからね?」
頷き、ヤクモは監視役に声をかける。
「伝達員をお願いします。それと、鍵を開けて下さい」
その後、《ヴァルハラ》の刻限は三週間程と判明した。
時間的余裕は《エリュシオン》よりもあるということになる。
ヤクモはひとまず、大会予選に専念することとなった。
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