第134話◇恩義

 



 なるほど、ネフレンの連れてきてくれた店舗は確かに、ヤクモの懐事情を考慮した上で衣服を揃えられるところではあった。


 古着屋である。


 壁に囲まれ、外界との交流も必要最小限に抑えられている人類領域において、衣類・布が重要なのは言うまでもない。


 だから、例えば金に困った時。あるいは着られなくなった時。

 服を売ることがあるのだとか。


 一度以上誰かが着用したものではあるが故に、同じデザインのものでも値段は控えめになっており、ものによっては新品同然のものもある。


 店内はそこまで広くないが、所狭しと並んだ衣類は相当量だ。


 最初はヤマト民族の来店に怪訝そうな顔をしていた妙齢の女主人はしかし、ネフレンが学友であると説明すると、意外そうな顔をしたものの笑顔を浮かべた。


 最近の襲撃の件など、しばらく二人は世間話を交わしていたが、ネフレンが「今急いでるの」とまとめると、気を悪くすることもなく頷いてくれた。


 ヤクモはネフレンに耳打ちする。


「よく来るの?」


 耳に掛かった吐息に身をくねらせるように距離をとったネフレンは、唇を尖らせながらこちらを見る。


「服って安くないのよ。私服持ってないアンタには分からないでしょうけど」


 領域守護者は高給取りだが、ネフレンはまだ訓練生。庶民の出なので、好きなものを好きなように新品で、とはいかなかったのだろう。


 聞けば男女共用の簡素な服ならばまだしも、女性向けの凝った作りのものとなると更にお高くなるのだとか。


 日々の生活に苦労していたヤクモには、ファッションなるものがいまいちピンとこない。


「ネフレンが友達なんて珍しいわね。いらっしゃい。今日は何をお探しで?」


 さすがに一般人にセレナのことは言えないので、角を除いた背格好や容貌などを伝える。


「あら、ネフレンに買うわけではないのね?」


「……あはは」


 年配者特有のからかうような視線。


「やめてよ。そもそも、最初のプレゼントが古着な男はお断りだわ」


 ネフレンが煩わしそうに手を振る。


「他の女の子へのプレゼント選びを、あなたが手伝うなんてねぇ」


「いいから、自分のこと大好きなバカっぽい女が好きそうな服を出して」


「言葉が汚いよ」


「手伝ってあげてるんだから、我慢しなさいよ」


 店の主人はさすが知己というべきか、ネフレンの言葉からでも的確に可愛い衣装を数着選び出してくれた。


 ヤクモが遅れて予算を告げると、何か言いたげにこちらを見てから、服を数着下げる。


 店主がネフレンを見て囁いた。


「ネフレン、やっぱり訓練生ってのは厳しかったりするの?」


「お金? まぁ任務に出ないと中々ね。でもこいつは稼ぎが悪いんじゃなくて、金遣いが荒いのよ」


「……ネフレン、その言い方は誤解を招くんじゃないかな」


 確かに、すぐ使ってしまったのは本当なのだが……。


「あらまぁ……あれ、もしかしてこの子、例の子なんじゃない? ヤマトの訓練生なんて中々いるものじゃあないでしょう。ほら、確かあなたを助け――」


「例の子?」


 ヤクモが首をかしげると、ネフレンが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「ストップ! それ以上言ったら、この店もう使わないから」


 そんなネフレンの反応を見て、店主は口許に手を当てて「あらあら」と微笑んでいた。


「ネフレン?」


「アンタも、くだらない詮索するなら手伝わないわよ」


 気にはなったが、本人が探られたくないというのであれば仕方がない。


「分かった。訊かないよ」


「賢明ね」


 それからもしばらく、ネフレンの顔は赤かった。


 ふと、妹が静かだなと思って店内を探すと、いた。


 興味深げに、楽しそうに店内に並ぶ品々を眺めている。

 瞬間、ヤクモは己を強く恥じた。


 ――馬鹿か、僕は。


 ヤクモはアサヒを対等の存在として扱っている。


 だが、常日頃からどこまでもそうではいけないのだ。


 彼女は共に夜を切り、共に家族を幸せにすると誓い合った相棒だ。

 でも同時に妹で、年頃の女の子でもある。


 ヤクモは得た金の半分をきっちりと妹と分け合っているが、ヤクモがそれを家族の為に使うと言えば、妹も同じようにした。


 ある意味で、ヤクモの所為だ。


 アサヒはヤクモに甘えるようでいて、遠慮深い。


 トルマリン戦を経てお互いが抱えていた劣等感のようなものは軽減されたが、だからといって人間が変わるわけではない。

 彼女なりに、迷惑を掛けぬようにと我慢しているのだ。


 だってヤクモは、服が欲しいなんて聞かされたことが無い。

 でも、興味が無いわけがないのだ。


 その程度のことは、今の彼女の表情一つで分かった。

 兄が家族の為にと考える中で、自分を飾るものが欲しいなんて言える子ではないのだ。


 ヤクモが気付いて、欲してもいいのだと示さなければいけなかったのに。


「ちょっと、なによそ見してんのよ」


 くいっと腕を引かれて、視線がネフレンに戻る。


「聞いた感じだと、ひらひらしたの好きそうよね。戦闘中、白いの自分で作って笑ってたんでしょ? だとしたら、このあたりとかどう?」


 ネフレンはとても真剣に服選びに協力してくれていた。


 白いワンピース。


 ネフレンの言う通りひらひらしていた。ふりる、というらしい。

 やや予算をオーバーしていたが、ネフレンの交渉でぴったりに収まる。


「これにしときなさいよ。古着とか無理なんて言いやしないでしょうね? もし言われたら、金無い奴に買わせるからそうなるのよって言い返しときなさい」


「あ、あぁ、うん。ありがとう」


「別に……アンタには借りがあるから」


「借り?」


「……癪だけど、助けてもらったことがあるでしょう」


 魔獣の群れに囲まれたネフレンを助けに行ったことだろうか。


「あれは、当たり前のことだよ」


「アタシはそうは思わない。だから恩は返すわ」


「だとしても、もう返してもらった。街を案内してくれただろう?」


「アタシの命は、もっと重いの。見合うだけ返すわ」


 …………。

 ヤクモは一つ思いついたことがあった。


「えぇと、それってまだ残ってる?」


「当たり前でしょう。あ、でも変な願いは聞けないわよ?」


「連続で申し訳ないんだけど、頼みがあるんだ」


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