第130話◇協力
「黒い髪も格好いいねぇ。夜みたいで、とても綺麗だ」
「……ありがとう」
「顔色、だいぶよくなったんじゃない? 心配してたんだよぉ?」
「きみの方は、少し顔色が悪いんじゃないかな」
「心配してくれてるの?」
「言ったろ、必要だって」
鉄格子越しに、拘束されたセレナと会話する。
「嬉しいな」
牢は明るい。
太陽光で無ければ魔人の目を灼くことは出来ないが、肝心なのは『魔人の魔力炉は暗闇で稼働する』という点だ。
つまり、拷問目的ではない限り単なる光魔法だけで構わないのだ。
さすがに壁外の暗闇は照らしきれないが、狭い牢であれば事足りる。
光は牢の天上部分から部屋全体を照らすように射し込んでいた。
彼女は同じく天上部分から垂れ下がった鎖に腕を拘束されているので、光を避けることが出来ない。拘束具は魔人の腕力であっても破壊出来ぬ強度を誇るので逃げられない。
更に、セレナを信用出来ないという至極尤もな意見に応じ、彼女の魔力炉は現在、無い。
魔力炉が収まっていた箇所に異物を詰められ、仮に再生を試みようとも失敗するように細工されている。
生存に必要な最低限の魔力のみを与えているという。
「待遇に関しては……済まない」
「セレナがペットにしてた扱いの方が、まだ上等なくらい劣悪だけど、我慢するよ。きみに逢えたから」
妹が心底不愉快そうな顔をするが、セレナは気にしない。
「だけど、この扱いはある意味妥当だ。きみ、協力を拒んだんだろう?」
そう。ミヤビ組とヘリオドール組の賛成もあって協力者として認めさせたものの、いざという時になっても彼女は情報を渡さなかった。
契約したのはヤクモだから、ヤクモと逢えないと嫌だ、と。
「……ったく、ただでさえ時間がねぇって状況でふざけた魔人だ」
「うるさいよドブス。在り方は侵さない、そうだよねヤクモくん」
「あぁ」
頷いたものの、やはり人間と魔人との差を思い知るヤクモだった。
彼女からすれば、救助が遅れることで廃棄領域の生存者が死のうが興味無いのだ。
ヤクモと逢えるかどうかが大事。
「こうして逢えたんだから、教えて欲しい」
「ねぇ、ヤクモくん。セレナはきみのペットだよね? 可愛いペットをこんな扱いなんて酷くないかなぁ」
「猛獣を檻に入れて何が悪いんです?」
「あのさ、なんでブスが話に入ってくるの?」
ミヤビに続きアサヒが会話に参加したことで、うんざりした様子のセレナ。
「わたしと兄さんはずっと一緒なんです。お風呂やベッドでさえも」
「アサヒ、今はそういうのはよしてくれ」
「あ……すみません」
反射的に出た言葉らしい、素直に反省するアサヒ。
――反射的にそういったフレーズが出て来るのはそれはそれで問題だな。
慣れたとはいえ、周囲の誤解を招くのも事実だった。
「ねえヤクモくん。今の話本当?」
「冗談だよ」
「一緒にお風呂かぁ、ベッドもいいねぇ。そうだ、お風呂に入れてよ」
「……三日も牢にいたんだものね。あぁ、なんとか頼んでみるよ」
「ううん、そうじゃなくて、さ。お風呂に入れてよ、きみが、セレナを」
「どういうことだい?」
「セレナの身体を、ヤクモくんが洗うの。楽しそうじゃない?」
「い、意味が分からない……」
からかっているのか本気なのか判断がつかなかった。
セレナは困惑するヤクモを見て、愉しそうに笑っている。
「ダメ?」
「ダメに決まって――んぐっ」
叫びかけたアサヒの口をミヤビが塞ぐ。
話が進まないと思ったのだろう。
「あー、真偽を判断する為の情報自体が足りねぇ。《ヴァルハラ》は行ったことがあっから案内も出来るが、知らねぇ場所にゃあ行けねぇからな。都市を危機に晒すもんじゃなければ、大抵の条件は呑む用意がある」
「セレナはヤクモくんとお話してるんだけど?」
ミヤビも、セレナではなくヤクモに言ったのだ。
セレナから情報が引き出せるなら、後の条件はヤクモの気持ち次第。
「きみの身体を僕が洗うと言えば、廃棄領域の情報をくれる?」
「取り敢えず、都市の名前を言うよ。一番欲しい情報でしょう?」
都市名によってはそれだけで場所が分かる。
かつて交流があったなら、ルートも。
ヤクモは考える。
「ねぇ、ヤクモくん。ダメなの? 都市の生き残りの命より、きみの恥ずかしさの方が大事?」
そんなわけ無い。
人命の前では、ヤクモ一人の羞恥心など問題にならない。
だが。
「条件がある」
「条件を出すのはセレナの特権だと思ってたけどなぁ」
「僕は目隠しをするよ」
「へ?」
今度はセレナがぽかんとする番だった。
「めかくし? え? 目を隠すのめかくし? どうして?」
ヤクモは言うか言わまいか迷ったが、それこそ羞恥心など問題にならないのだと自分を納得させて、言う。
「僕は男で、きみは女の子じゃないか」
「――――」
「敵であるなら性別は関係ない。戦士だっていうなら男女は問題にならない。けど、今のきみはそのどちらでもない。協力者で、少女だ。なら、僕はその肌を無闇に見るべきではないよ」
セレナを許したわけではない。彼女のやったことは到底許されることではないからだ。
だが、一度協力者と決めたならば、そのように扱わなければならない。
「…………きみ」
セレナは、悪戯っぽい笑顔を消した。
真意を探るように、こちらを見ている。
「セレナは、魔人だよ? 今までどれだけ人間で遊んだと思ってるの?」
「きみが許されざる罪人であることと、きみが少女であることは矛盾しない。許す許さないの問題ではないんだ。これは、単に僕の流儀の問題なんだよ」
閉口するセレナに、ヤクモは畳み掛けるように言葉を投げかける。
「ぼくはきみの在り方を歪めない。だからせめて、きみにも僕を在り方を歪めないでほしいと願うよ。もちろん、無視して要求を通してもいい。ただその時は、きみは楽しめないと思う」
「それは、どうして?」
「その先、僕がきみに見せる表情は失望のそれ一つに固定されるだろうから」
「――あ、はっ」
セレナはヤクモの色んな表情を見たいと言った。
だが、自分は歪めないでほしいが他人を歪めるのは構わないという考えの持ち主に、どんな表情を見せられよう。
これは交渉ではない、ただの言葉。
だからこそ、セレナに届いたようだった。
「変だよ。きみは、とても変だ。おかしいな、きみが分からない。人なんて単純で醜くて、どう転んでも魔人の掌の上を転がるしか出来ない生き物なのに。どうしてきみだけが、分からないのかな」
彼女の瞳に宿るは、興味の色。
「そろそろ返事をもらえるかな?」
「返事? あぁ、あぁ、そっか。そういう話だったねぇ。えぇと、目隠しお風呂は無し。きみの目が見れないなら意味ないし、見えても失望の顔なんてつまんないからね。そうだなぁ、毎週一人で逢いに来てくれるなら、教えるよ。都市の名前をね」
週一回の面会。
互いの在り方を歪めぬ範囲での要求。
「約束するよ」
「《エリュシオン》」
はっきりと、あまりに軽々しく、セレナは口にした。
「あんまり時間は残ってないから、急いだ方がいいかも?」
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