第131話◇続行

 



「《エリュシオン》なら知ってる。ちと遠いが、此処とも交流があった都市だ」


 ミヤビの言葉に、僅かに希望が湧いてくる。

 だが、それもセレナの言葉次第で潰える。


 ヤクモは問うた。


「あんまり時間が残っていないって……具体的には」


 魔人は下位の魔族を従える。特に魔獣は手軽に数多く操る印象があった。

 魔力で従わせているらしく、魔力が切れれば服従の時は終わる。


「セレナの場合は七日周期で魔力を与えてて、襲撃の前の日にあげたかなぁ」


 週の初めに与えた場合、翌週の初めに与えねば魔獣は勝手に動き出す。

 襲撃前日、襲撃当日、ヤクモが倒れていたのが襲撃当日夜を含めて三日。

 一、二、三、四の夜が過ぎ、今日は五日目。

 八日目になってしまえば、助けられるかどうかは分からない。


 ミヤビを見ると、表情を歪めていた。


「クリードの方は」


 ミヤビが問うが、セレナは無視。


「教えてほしい」


 改めてヤクモが尋ねると、セレナはにこっと微笑んだ。


「クリードくんは魔力をいーっぱい持ってたし、結構面倒くさがりだから、一度で三十日以上命令が保つかも。あ、それ以上だと魔獣の方が魔力を受け止めきれないんだぁ。だけど前回いつあげたのか分からないと、あんま意味ないね。ちなみにセレナは知らないよ」


 確かに、魔力を与えたのが一月程前か襲撃前日かで残り時間は大幅に変わる。いつ与えたかの情報が不足していては気休めにもならない。


「師匠、彼の配下はまだ捕縛したままですよね?」


「あぁ、聞き出す必要があんな。だが《エリュシオン》も時間がねぇ」


 テルルはまだ拘束していた。口を割るとも思えないが、訊かぬわけにもいかない。


「《ヴァルハラ》も《エリュシオン》も魔人がいねぇのは分かってるわけだ。んでもって、《エリュシオン》は明日明後日が刻限」


 通常の手順で救出作戦を組み、人材と物資を調達していては到底間に合わない。


「いんのが魔獣だけなら、《|黎明騎士(デイブレイカー)》一人で事足りる」


「――なる、ほど」


 ヤクモは頷く。

 救出作戦というからには多くの人と物が動くものと考えていたが、魔獣討伐に限れば《|黎明騎士(デイブレイカー)》一組で戦力としては充分だ。


 もちろん、だからといって《|黎明騎士(デイブレイカー)》に任せきりというわけにはいかない。


 都市の復旧にかかわることは、後発の部隊に任せればいい。

 まず《|黎明騎士(デイブレイカー)》が魔獣を掃討し、少し遅れて他の人材が到着という形でも構わないわけだ。


 だが救うべき都市は二つ。《ヴァルハラ》は刻限も不明。

 同時進行ということになれば、都市から二組もの強者が一時不在ということになる。


「師匠、僕らも手伝いますよ」


 正式に任命はされていないが、それも時間の問題。


 兄妹はクリードという特急指定魔人を討伐した功で《|黎明騎士(デイブレイカー)》に就任するだろう。

 その責を放棄するつもりは無い。


「なぁに言ってんだお前。予選があんだろうが」


「そ、れは」


 確かにそうなのだが……。


「言っとくがな、延期にゃなんねぇぞ。どうして『最強を決める大会』なんてもんが毎年行われてると思ってる」


 ぐ、とヤクモは呻く。

 師の言いたいことは分かる。


「……市民に安心と興奮を与える為」


 これは儀式でもあり、祭典でもあり、娯楽であると同時に政治なのだ。

 広く領域守護者の実力を示すことで、市民に安心感を与える役目がある。

 同時に壁の内という閉塞感の溜まる空間内での生活におけるガス抜きでもあるのだ。他者の闘争を介して感情を発散させる。


 各組織がお互いの有望な若者を知る機会でもあり、学舎における総合的な評価は、必ずしも個人戦の結果に繋がらないのだと当人らに自覚させるものでもある。


 延期すること自体は簡単だろう。

 実際数日延期はしている。

 だがそれも、休校の煽りを受けてという建前によるもの。


 これまで続けられてきたものが、襲撃一つで崩れ去るという事態が問題なのだ。

 訓練生の大会が長期延期や中止されるとなっては、市民に『その程度の余裕も無い状況』という認識を与えてしまう。

 此処は続行すべき状況なのだ。


 不安を煽るくらいならば、『この状況で何を呑気な』と呆れられる方が遥かにマシ。


「お前さん達は優勝しなきゃなんねぇ。そこは変わんねぇだろう」


 ミヤビが指でヤクモの鼻を弾いた。


「うっ」


「お前さんはちぃとばかし、焦り過ぎだ」


 不満げな顔をしながらも、妹は口を挟まない。

 兄の鼻っ柱を弾かれたのは気に食わないが、意見そのものには同意なので言葉を選びかねている、という感じだ。


「でも、僕は」


「ヤクモ」


 師が真面目な顔をしているので、ヤクモは黙って言葉を待った。


「お前らの力が必要な時にゃ、迷わず声を掛ける。あたしゃ人使いが荒いからな。だが今は違う。分かるか?」


 顔全体を使って、くしゃりと笑う師匠。


「……はい」


 自分は焦っていただろうか、とヤクモは思う。

 そうかもしれない。


 失われた命の価値は、今を生きる者の行動で上下する。

 父やこれまで失った家族の命を思うヤクモに、アサヒが言ってくれたことだ。

 ヤクモは一刻も早くそれを証明したくて、生き急いでいただろうか。


 師や妹には、筒抜けということだろう。


「取り敢えず予選で優勝しとけ。本戦までは間があっから、場合によっちゃあ《ヴァルハラ》奪還に呼ぶかもしねぇからよ」


「……行くんですか、《エリュシオン》に」


「速さで言やぁあたしらの方が上だかんな。それにヘリオドールんとこは此処で生まれた《|黎明騎士(デイブレイカー)》だ。あたしらと違って面倒な柵もあんのさ」


 風来坊なミヤビ組と異なり、ヘリオドール組はこの地で育った者だ。

 《|黎明騎士(デイブレイカー)》に認められる過程で多くの者と縁が出来ただろう。縁は時に人を助けるが、同時に苦しめることもある。


 この状況下でヘリオドール組を他都市の救出に向かわせたくない勢力がいれば、彼らはその声を簡単には無視出来ないだろう。はねのけるにも細心の注意が必要になる。


 ミヤビなりの気遣い、ということか。


「ねぇヤクモくん。セレナに逢いに来たんだから、セレナに構ってよ。拗ねちゃうよ?」


 その声に、ヤクモは再びセレナを見る。

 彼女は嬉しそうに笑った。


「ねぇヤクモくん。週一回、逢いに来てくれるよね」


「約束は守るよ」


「うん。都市の名前で、セレナはそれを勝ち獲った。でしょう?」


「あぁ、それが――いや。そういうことかい、、、、、、、、?」


「頭の回転が速いのは、戦いに関してだけじゃあないんだね」


 セレナはこう言っている。

 ヤクモが何かを与えれば、何かを返すと。


「……テルルという魔人から、《ヴァルハラ》の制限時間を聞き出すことは可能かな」


 にたぁ、とセレナは口の端を上げる。



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