第96話◇奸計
ロータス=パパラチアは天才だ。そう自認している。
無数の凡人のおかげで、一部の天才は際立つ。
他の人間は自分の盛り立て役で、その為だけに生きていると言ってもいい。
だが不愉快なことに、天才の中にも上下は存在した。
三十一位。それがロータスの格だった。
それだけでも認められないというのに、目障りなことに上には腹違いの義妹がいた。
しかも、九位だ。
それではまるで、
恥知らずの淫売の子が、正妻である母の子である自分より優秀?
パパラチア家の遺伝的特徴を受け継ぐことさえ出来ず、家名を名乗ることを許されなかった妾腹が?
断じて許せない。許せるわけがない。
この大会では真の実力が試される。
学舎の決めた評価項目でどうだろうと、誰が最も優秀かハッキリする。
順位に対しての結果を見れば、それは明らかだろう。
三回戦まで残っているのは一位、二位、四位、六位、九位、十位、そして三十一位のロータスだ。
ランク上位者ばかりが並ぶ中でロータスは下位者にもかかわらず勝ち残っている。
ここで邪魔になるのが四十位の夜鴉だ。
最下位の魔法無し魔力無しのコンビが勝ち抜いている所為で、ロータスの快進撃が目立たない。
よりにもよってその二人が、自分に喧嘩を売った。
ただじゃあ済まさない。
「ロータス」
父の書斎だ。
ロータスは姿勢を正して立っている。
パパラチア家に相応しい人間で在れ。
それが父の口癖だった。
彼の前では、自分はそう在らねばならない。
「今日、《黎き士》が直接訪ねてきた。理由が分かるか」
「……っ。その、彼女の弟子と、衝突しまして」
「衝突か」
父には右腕が無かった。かつて準特級指定の魔人との戦いで失ったのだという。父の《班》はこれを討伐した。
真の英雄だ。
その英雄が、こちらを一瞥する。
膝から力が抜けて、倒れそうだった。
ぐっと堪える。そんな無様は晒せない。
「パパラチア家と《
当主は父だ。
自分はまだ、その息子に過ぎない。
勝手な行動だった。
「も、もうしわけありません、父上」
「反故にしようものならば糾弾すると言い残して消えたよ。《黎き士》が訓練生の諍いに口を出すとはな、弟子を余程気に入っているのか、そうでもなければ我々が邪魔か」
分からないが、どちらも有り得るだろう。
無関係な無駄飯喰らいの老人を三十人以上抱えて幸せにするなどとほざくような人種だ。
無能かつ無用な存在なのだから、さっさと魔獣にでも食わせれば負担が減るだろうに、わざわざ壁の内に入れて寿命まで生かそうとする。馬鹿だとしか思えない。
《黎き士》もヤマトだ。同じくらいに愚かで、弟子に甘いということも考えられる。
「必ずや、パパラチア家に相応しい結果を持ち帰ります」
「あぁ。考えれば悪くない話だ。なにもヤクモ=トオミネに勝てというわけではないのだからな」
その発言に、ロータスは唇を噛んだ。
まるで、ヤクモと戦えば自分が負けるとでも言うような。
残飯処理係の夜鴉に、自分が負けると父は考えているのか。
「ラピスは貴様に逆らったと聞いた。事実か?」
「はい。あの女、パパラチア家に受けた恩を忘れやがって……」
「飼い主を噛んだ犬には、仕置が必要だろう。安心しろ、ロータス。明日、貴様は勝つ」
父が、微かに唇を緩めた。
「は、はい!」
父がこう言っているのだ。自分は勝てる。
ロータスは勝利を確信していた。
◇
ラピスは朝食を食堂ではなく自室で摂る。
それを作るのはイルミナの仕事だった。
そして彼女はそれを毎回必ず先に少し口にする。
毒味だという。
ラピスは妾腹の子だから、疎ましく思う者は多い。
暗殺を警戒して始めたのそれは、今でも続いていた。
「今日のスープの味はどう? 毒の味はするかしら」
器によそう前に、彼女が一口スープを口に含んだ。
「お嬢様、私は万が一にもお嬢様に危険が及ばぬよ……に? と」
彼女が手に持っていたレードルを落とす。
不思議そうに表情を変える彼女を見てラピスは最初、冗談か何かだと思った。
「ジョークは好きだけれど、そういった類のものは趣味が悪いわ。死は戯れに用いるものではないわよ、イルミナ。いえ、先に毒どうこう言ったのはわたしだったわね。ごめんなさい」
だが、すぐにそれが冗談などではないと気づく。
「……おじょ……ラピス、さま」
倒れる。
彼女の身体が傾いでいくのが、ゆっくりに見えた。
ギリギリのタイミングで理性が機能し、彼女を受け止める。
「イル、ミナ」
返答は無い。彼女の身体が僅かに痙攣している。泡も吹いていた。
――ロータス。いや、当主の仕業?
充分に考えられたことだ。
ロータスとヤクモの喧嘩は多くの者が目撃していた。
逃げられないのは両方同じ。
更に、賭けの対象はヤクモとアサヒではなく、ラピス組とロータス組の勝敗なのだ。
自分かイルミナ、その両方が試合に出られなければ、勝つのはロータスだ。
考えるべきだった。
ヤクモ達はまっすぐだ。だから、ここまでの悪意と下劣さを想像出来なくても仕方がない。自分が思い至るべきだった。対処すべきだった。
パパラチア家の圧力は凄まじい。食料に何かを混ぜさせることくらい出来るだろう。
「い、医療班を」
その日に限って寮長は不在で、近くの部屋の治癒持ち訓練生は対応してくれない。パパラチア家の仕業だ。
「スファレ……!」
ラピスはイルミナを抱えて風紀委会長を訪ねた。
彼女までパパラチア家の息が掛かっていたらどうしようと一瞬考えたが、杞憂だった。
彼女はすぐに治癒を展開し、そして。
「……これは、異常ではありませんわ」
彼女が言うには、盛られたのは毒物ではないらしい。ただ、身体の免疫力を過剰を働かせる何か。
治癒は基本的に、人の自然治癒能力を加速させるもの。
つまり現状は、過剰ではあっても異常ではないから、治癒の範囲外。
それこそ例外的な治癒持ちや、適切な薬品の投与が必要。
だがどちらも、パパラチア家が阻むだろう。
意識の無い《
出来たとしても、そういう問題ではない。
イルミナが、自分のメイドで、武器で、パートナーが。
意識を失ってしまったのだ。
試合は、今日。
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