第95話◇雲燿




 三回戦の対戦表はこうだ。


『学内ランク第一位《黒曜ペルフェクティ》グラヴェル=ストーン 

 対

 学内ランク第十位《金糸》ブレンド=ハニー』


『学内ランク第三十一位《爆焔》ロータス=パパラチア

 対

 学内ランク第九位《氷獄》ラピスラズリ=アウェイン』


『学内ランク第四十位《白夜ファイアスターター》ヤクモ=トオミネ

 対

 学内ランク学内ランク六位《劫風ごうふう》コスモクロア=ジェイド』


 そして――。

 二組の訓練生がフィールドで向かい合っている。


「病はいいのか、ユークレース」


 声を掛けたのは、眼鏡を掛けた生真面目そうな少年だ。


 学内ランク第二位《混剛こんごう》ジャスパー=オビキュラー。


 グラヴェルとルナの入校が無ければ一位となっていた人物。

 風紀委とは別に存在する執行委と呼ばれる訓練生機関の長。


「心配してくださってありがとうございます。今日は調子がいいんです……こほっ」


 対するはいかにも病弱といった雰囲気の少年だ。中性的で、色の抜けた落ちたような白髪はくはつと赤い目をしている。


 その笑顔はとても儚げで、咳の一つで身体が軋みを上げるような危うさを感じる。

 風紀委の最後のメンバー。病欠は《導燈者イグナイター》の体調によるものだったらしい。


 学内ランク四位《雲燿うんよう》ユークレース=ブレイク。


「悪化させたくはない。棄権を勧めるが?」


 ジャスパーは本気で言っているようだった。

 ユークレースから笑みが消える。


「やめてください。先達としてのお気遣いならば頂戴しますが、対戦相手へのそれは侮辱だ。此処に立った以上、ぼくは領域守護者です。そのように扱えないなら、先輩こそ棄権されては?」


 ジャスパーはしばらく彼を見ていたが、不意に頷く。


「その通りだ。無礼であったな、詫びよう。同時に、敬意を以って戦いに臨ませて頂く」


 二位の言葉に、ユークレースは柔らかく微笑む。


「いえ、ご理解くださって感謝します。それに、退けない理由は他にもある」


「……例の一位か」


「はい。オブシディアンの言行は目に余ります。対戦相手への敬意はなく、まるで踏み潰すかのようして勝利を攫っていく。彼女達には、お灸を据えねばなりません。僕はこれでも風紀委ですからね、会長を馬鹿にされて、黙っているわけにはいかないんですよ」


 その時ばかりは、生気の乏しい瞳に義憤の炎を燃やし、ユークレースは言った。


「クライオフェンは良い部下を持ったな」


「そうであれば嬉しいです」


 審判の声。

 試合が始まる。


「今日こそ、いまだかつて何者も捉えること叶わなかった貴様の魔法、見破らせてもらおう」


 そう。ユークレースの魔法は《雷撃》となっていたが、誰もそれを見たことは無い。

 そして彼は、おそらくヤクモを除けば学舎で唯一の――剣士、、だ。


「僕にはこれしかない。これで負けるわけには、いかないんです」


 互いが《偽紅鏡グリマー》を武器化する。


 ジャスパーは無骨なデザインの籠手。

 そしてユークレースは――。


帯刀イグナイト――クラウド・ゴースト」


 外装こそ違うが、その造りは紛れもなく太刀だった。

 刃を上向きにした太刀を、ユークレースは佩いている。


 雪色夜切より長く、千夜斬獲よりも短い。


二閃にせん用いずの異名、今日此処で置いてゆけ」


 ユークレースはこれまでの試合、いや。

 これまでの戦い全てで、敵を一撃で倒しているという。


 付いた名は幾つもあった。

 その技の冴えは、雲より落ちる燿の如し。


 故に《雲燿》。


 そしてあらゆる敵をただの一太刀で倒してしまうその実績から、二閃用いず。

 だが天は二物を与えずを体現するかのように、彼の身体は自身の強さについてこれなかった。


 あるいは長く動けないからこそ、彼は一撃で敵を倒せるようにと技を磨いてきたのか。


「申し訳ありませんが、まだ手放すつもりはないんです」


 ユークレースが太刀を鞘に納めたまま構える、、、、、、、、、

 観客席のヤクモとアサヒが、表情を歪めた。


「兄さん……あれってやっぱり」


 ヤクモは神妙な顔で頷く。


抜刀術、、、みたいだね」


 師の稽古の中で僅かだが出てきたことがあった。


 大昔のサムライ達が編み出したそれは、元々は座っている時の襲撃に際しての対抗手段として講じられたらしい。


 それが発展してゆき、次第に立った状態や間合いの変化にも対応していった。

 そして、発展系の一つに暗殺術としてのものもあったという。


 まるで発射されるように放たれる斬撃の速度は凄まじく、すれ違いざまの一撃では反応も出来ずに命を断たれたとか。


 ユークレースのそれは、そこから更に発展している。

 なにせ事前に敵同士と判明し警戒してなお、一撃を避けること能わず全ての相手が倒れてきた。


 病弱にして無敗の剣客。


 その秘技が――終わった。

 音が二つ。


 キン、と納刀する音。

 後は「こほっ」という、ユークレースの咳の音。


 それらは、ジャスパーの背後から聞こえた。

 向かい合った瞬間から、刹那も経っていない。


 彼は駆け抜けざまに抜刀術を見舞った、のか。

 何が起こったか分かっていない様子のジャスパー。


「動かず、医療班を呼んでください」


「なに、を」


 ジャスパーは振り向いてしまった。

 瞬間。


 どぱぁ、と。ジャスパーの腹部が一文字に裂け、血と臓物が溢れ出す。


「……動かないようにと言ったではないですか」


 誰もが息を呑んだ。


「なんですか、今の。まるで、世界が遅れて傷に気づいたみたいな……」


 アサヒでさえ見えなかったらしい。

 だが、ヤクモにはなんとか彼の攻撃のからくりが理解出来ていた。


 彼は、薄皮一枚残して切ったのだ。


 もう戦える状態ではないダメージは与えたものの、動かず治療を開始すれば血を流さずに済む。  


 それを、雷光よりなお速く行ったというのか。

 審判の叫び声によって医療班が駆け込んでくる。


 学内ランク第二位《混剛こんごう》ジャスパー=オビキュラー

 対

 学内ランク四位《雲燿うんよう》ユークレース=ブレイク


 勝者・ユークレース。

 残る試合はヤクモ達のものと、ラピス達のもの。


 三回戦、残り二試合。



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