第97話◇戦意




 ヤクモ達はスファレが放った伝達員によってイルミナの件を知った。

 兄妹が駆けつけたのは女子寮のスファレの部屋。


 ラピスとイルミナはまだそこにいた。

 スファレが医療班を手配しようにも、誰も無反応なのだという。


 トルマリンが直接学舎の治癒持ちへコンタクトを取ったが、態度は様々だったものの反応は一つ。


 診れない。


 ヤクモもアサヒも、自身らの認識の甘さを呪った。


 ――こういうことを、するのか。


 湧き起こる怒りはだが、何の役にも立ちはしない。

 鎮めるのではなく、溜めておく。


 せめてイルミナが何によって倒れてしまったのかが分かれば、卓越した治癒属性でなくてもどうにか出来るのではないか。


 スファレもトルマリンも名家の出だ。薬品の一つや二つであれば調達出来るだろう。


 だが――。


「わたくしもそう思い、チョコに確認を頼んだのですが……」


「ありません、でした。何も、何、一つ」


 パパラチア家ならば、イルミナが毒見役を担っていることくらいは知っていてもおかしくない。その場合、倒れるのはイルミナだけ。そうなれば、ラピスは彼女を治療しようと助けを求め、助けが来ないと分かれば自分から動くしか無くなる。


 そこまで織り込み済みの行動なのだ。

 ラピスが部屋を出た後で、証拠となり得るものを何者かが回収したのだろう。


 スープを口にしたとのことだったが、イルミナが意識不明な以上は何を使ったかさえ分からない。


「……死にはしないわ」


 スファレのベッドに寝かされたパートナーを見下ろしていたラピスが、うわ言のように呟く。


「ラピス?」


 ヤクモの声に反応するようにして、こちらを見る。


「ロータスはイルミナを欲しがっていた。彼女は高性能の《偽紅鏡グリマー》よ。殺したりなんかはしない筈。わたしが棄権するなり試合時間に間に合わず不戦敗するなりすれば、医療班も来るでしょう」


 それが狙いか。

 そうだ。ロータスはイルミナとアサヒを欲しがっていた。


 どれだけラピスが邪魔でも、将来自分の持ち駒になる道具に致命的な傷は刻まないということか。


 だとしても、許せることではない。


「ごめんなさい」


 ラピスが、謝罪を口にする。


「きみは何も悪くない」


「えぇ、イルミナの件に関してはね。そこまで自罰的じゃあないわ。ただ、わたしはロータスとの試合に出られない。それを謝るわ。本当にごめんなさい」


 ヤクモはアサヒを失うということだ。


 敵がどれだけの邪悪であろうと、誓いを無視は出来ない。

 成立した賭けを無かったことには出来ない。


 ラピスの声は、意識して感情を排しているように聞こえた。


「……なんとか、謝って……せめてアサヒは今後もあなたと組めるように、するから」


 違う。

 彼女が言うべきことは、そんなことじゃあない。


「無理だったのよね。少し考えれば分かる話だったのに。あなたの輝きにあてられて、あぁ、ロータスが言っていたように夢を見てしまったのね。明るい内に見る、馬鹿馬鹿しい夢」


 じゃり、と音がするようだった。

 彼女の体中に巻かれている。


 諦観の鎖が、彼女の人生を縛っている。


 一度緩んだそれが、再度彼女を苦しめている。


「わたしには、あなた達のように生きることは出来ないみたい」


 我慢ならなかった。


 そうだ。彼女を焚き付けたのは自分だ。

 それなのに、何故彼女が謝っている。


 こちらが背中を押して、彼女は勇気を出して踏み出した。

 それを転ばされて、でも彼女は誰も恨まずに諦める。


 やっぱり自分には無理だったのだと。


 ――そんな現実、受け入れられるものか!


「ラピス」


 彼女の名を呼ぶ。


 責められるとでも思ったのか、彼女は僅かに身を竦めた。


「僕だって、五歳で闇の中に放られて、十年も生きられるなんて思わなかったよ」


 彼女は眉を寄せたが、何も言わなかった。続きを待っている。


「でも、助けてくれる人達がいた。奇跡的な出逢いに恵まれた。僕は、そういう生き物だから、こういう風に生きているわけじゃない。必要なのは、外からの優しさと、自分の意志だ。自分一人じゃあ生きられない。でも、自分が決めなきゃ生きているとは言わない」


「つまり、何?」


「きみが諦めるというなら、何も言わないよ。心の底から敗北を認めて、もう心に残るものは無いというなら構わない」


「…………」


「でも、心の内に意志が残っているなら、戦意が有るなら、それを口にしてくれ。きみの望みを」


「……そうすれば、あなたが優しさをくれるというわけ?」


「そうだ。僕らは友達なんだから、優しさに糸目なんかつけるもんか」


「それで何が出来るの? イルミナの目が覚める? わたしは試合に出られる? ロータスを倒して、準決勝であなたと気持ちよく戦えるの? ねぇ、ヤクモ。あなたが好きよ。でも、あなたのその強さは残酷だわ。これ以上、何を理由に夢を見ればいいの?」


 ラピスは目の端に涙を湛えていた。

 それくらい、限界なのだろう。


 自罰的ではないと言ったが、イルミナの件に責任を感じていない筈が無い。

 彼女は長年の経験から、これ以上悪化しない道を選ぼうとして諦めてしまっている。


 それが現実を見るということなのだと。

 違うのに。


「敵が形振り構わず勝利を掴もうとするなら、こっちだってそうすればいい。約束するよ、ラピス。夢は見せない。きみが口にしたことを、僕らが現実に変えよう」


「よして。ヤクモ、あなたの強い言葉にだって、限界はある。変えられないものはあるのよ」


「そうだ。変えられないものはある。でもラピス、これは変えられないことに入らないよ。断言してもいい。きみが勝手に諦めているだけだ」


「――――」


「いつまでうじうじしているんだ。《氷獄》が聞いて呆れる。湿っている暇があるなら、現実を受け止めろ。諦めるしかないなんて妄想に囚われるのはよせ」


「もう、そう?」


 ラピスが、呆れるように笑った。

 そして、挑発するように言う。


「そう、そうなの。あなたはなんでも出来るのね。おそれいったわ。……じゃあ、じゃあ、ヤクモ。助けてくれる? 許せないわ、パパラチア家が。助けて、イルミナを。わたしは、わたし達が、ロータスを倒さないと気が済まない」


 ラピスの言葉は止まらない。


「試合に勝ちたい! あなたと戦いたい! パパラチア家の鼻を明かしてやりたい! これでいい!? ねぇ、ヤクモ! わたし達を…………助けてくれる?」


 ヤクモは即答する。


「当たり前だよ」



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