第92話◇暴風
情報を迅速に伝えてくれる伝達員だが、彼ら彼女らにも養成機関は存在する。
各組織がそれぞれ伝達員を育成していて、学舎とは別の施設があるのだとか。
そういった伝達員の訓練生は、同じく領域守護者の訓練生達に使われることで仕事を学ぶ。
朝、そんな訓練生伝達員によって、風紀委からの言伝を授かった。
昼休みに風紀委の執務室へ来るようにとのことだった。
送信者がスファレなので、仕事か何かだろう。ヤクモも日々努力しているが、どうにも事務作業は妹の方が迅速かつ丁寧だ。
そして昼休み。
妹を伴って執務室へ向かう。
既に何度も顔を出しているので、場所は分かっていた。
人類は太陽光によって魔力炉が活発化し、それによって魔力を生み出す。
そして今の時代、人類は模擬太陽を稼働させねば魔力炉を働かせることは出来ない。
模擬太陽の光で作った魔力で模擬太陽を動かすというギリギリの循環なのだ。
よって、ほとんどの建造物は採光に力を入れた作りになっている。
窓の数が多かったり、屋根に窓がついていたり、壁に
執務室は学舎の最上階にあり、部屋中が柔らかい光で満ちていた。
窓の透明度を調整しているようだ。
室内には既に他の者達が集まっていた。
スファレ組、トルマリン組、ラピス組に、見知らぬペア。
「よくきてくれました、ヤクモ・アサヒ」
執務室は会長の机が最奥に並び、残りは向かい合わせに設置された机が三組並ぶという形。部屋の広さ的にどうしようもないが、《
スファレの微笑みに迎えられた兄妹は、どうしても最後のペアに意識が寄ってしまう。
見知らぬとは言ったが、面識がないだけで見覚えはあった。
「貴様らがトオミネ兄妹か。こうして言葉を交わすのは初めてだったな」
長身の女性だ。翡翠の長髪は後ろで一つに結われ、同色の瞳は凛とした輝きを灯している。美しいが精悍な顔つきをしており、近寄りがたい雰囲気を放っていた。
学内ランク
ジェイド。五色大家の一角を担う家だ。
初めての任務の際、風紀委の《班》には二組の欠席者がいた。
一組は病欠、一組は謹慎処分。
ジェイドは確か後者だ。勝ち抜いていることから、とうに謹慎は明けているのだろう。
「試合は拝見していますよ、ジェイド先輩」
彼女の《
「私も貴様らの試合は見たよ。実に面白いコンビだな」
ニッ、と愉快げに笑うコスモクロア。
彼女の《
「僕はノエと言います。よろしくお願いしますね、ヤクモさん、アサヒさん」
「ジェイド家……あぁ」
妹が納得したように頷く。
「どうした、トオミネ妹」
「ここの皆さんが《
「ほう、ついこの間まで壁の外にいたという割には、よく知っているのだな」
ヤクモの為に、妹が説明してくれる。
五色大家と一口に言っても、それぞれで方針は異なる。
例えばパパラチア家は、ロータスがやっていたように《
例えばオブシディアン家はルナが家名を名乗っているように、《
例えばジェイドは、《
平等とは違う。《
その致命的な欠陥は考慮せねばならない。
だが同時に《
これもまた模擬太陽の稼働に劣らぬ成果だ。
故に、《
あくまで対等。保護ではなく人権の確保。
ジェイド家は五色大家の中では歴史が浅い。だからこそ、根付いた常識に真っ向から逆らった方針を掲げられるのかもしれない。
「一年次の訓練生ではまだ首輪付きが多いだろう。貴様らは最初から対等な関係だったばかりか、過ちを正したと聞く。素晴らしい気概だ! 貴様らのような人間を待っていた」
近づいてきたコスモクロアがばしばしと兄妹の背中を叩く。とても嬉しそうだ。
そうか、とヤクモは納得する。
五色大家の一角が《
《
必ずしもジェイド家が理由ではないだろうが、風紀委の《
《
対等のパートナーとして扱うジェイド家派閥は新興勢力。
賛同者は少ないが確かに存在する。
常識に沿って首輪を付けている者達の中にも、次第に外す者達が現れたりするのかもしれない。
やや変則的だが、差別主義者を自認するネフレンが首輪を外したように。
「ふっ、見る目がありますねあなた。そう、わたしと兄さんは対等な――夫婦なのです!」
褒められたことで調子に乗るアサヒ。
「また適当なことを……」
ヤクモが冷めた目で見ていると、アサヒは咳払いしてから言い直した。
「こ、婚約者なのです!」
「…………」
じぃい。
「将来を誓いあった仲」じぃい「……えぇと、両思い?」
しまった。
否定できない落とし所を用意されてしまった。
「はっはっは。知っているとも。トルとの試合で公開告白をしておいて何を今更」
ぐっ、とヤクモは呻く。
あの時に言ったことは全て本心だが、本心ならば恥ずかしくないということにはならない。
「そうですよね。分かりきっていることなんです。なのに! 兄さんに群がる虫どもが絶えないのは何故なんでしょう」
「貴様の持っている宝石があまりに美しいからだろう。所有者の有無は関係ない。人は欲しいから手を伸ばす。《
魔力面で致命的な欠陥を持っていて、魔法が使えないという点はどうしようもない。
「兄さんは技術面も最高です。テクニックだってすごいんですから! 夜も!」
「アサヒ、誤解を招くことを言わないでくれるかな」
くっくと、コスモクロアは忍び笑いを漏らした。
「まったく愉快な奴らだ。貴様らとあたるのが三回戦であることが惜しくてならんよ」
三回戦を突破すれば、上位四人となる。その四人は例え準決勝や決勝で敗北しても本戦には出場出来るのだ。
だが、そう。
コスモクロアとヤクモは、三回戦であたる。
《
《
この二組の躍進は、それそのまま全ての訓練生に影響を与えるだろう。
《
だというのに、この二組がよりにもよって三回戦で当たってしまう。
本戦へ出場出来るのはどちらか一組だけ。
「貴様らは、あぁ、最高だ。だがわたしにも責務というものがあるのだ。悪いが、勝たせてもらう」
「先輩の考えは素晴らしいと思います。だけど、僕らだって勝利は譲れない。勝ちます、僕らが」
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