第82話◇夜を日に継ぐ




 魔人の襲撃は世間に公表された。


 襲撃前であれば、民の不安を煽り諸問題を引き起こす危険性のある愚行。

 だが対処後に、こう発表すれば別。


 『三体の魔人による急襲があったものの、問題なく討伐出来た』と。


 魔人の襲撃という衝撃と恐怖はしかし、それさえも問題としない強者の存在をより強く印象づける。


 三体もの魔人に襲われてもこの街は安全なのだと、民に思わせることが出来る。

 都市を支える民衆に、これまで通り過ごしてもらう為の方便。


 そして、その印象をより強固とする為に、それは大々的に行われた。


 ヤクモ組、トルマリン組、スファレ組、スペキュライト組、ネフレン組。

 そしてミヤビ組、ヘリオドール組。

 更には、グラヴェル・ルナペアも。


 魔人討伐の功労者として勲章を授与された。


 アンバーが含まれないことを見るに、姉妹の生家である五色大家ごしきたいかオブシディアン家からの圧力があったのかもしれない。娘の活躍は勲章に値する、とか。


 実際ルナの助けは大きかったのでヤクモに不満は無い。同じくらいアンバーにも感謝しているので、彼女が呼ばれなかったことは残念だが、あくまで『討伐』の功労者となると戦闘能力を持たないばかりか『青』である彼女が呼ばれるのは変、ということなのかもしれない。


 それよりも、だ。


 スファレが目を覚ましたのだ。まだ体調は万全とはいかないようだが、それも血が足りないからで、傷自体は完治しているらしい。


 この後、ささやかながら今回の臨時《班》の皆でお祝いをするつもりだった。

 ちなみに、発表によって仲間はずれに気づいたラピスは若干不機嫌になっていた。


「……アタシ、場違いじゃないかしら。全然、役に立てなかったし」


 ネフレンが自信なさげに呟く。


「そんなことないよ」


 ヤクモのフォローも、あまり効果は無いようだ。


「アンタくらい活躍してれば別でしょうけど……」


「この中の一人でも欠けてたら勝てなかった。ネフレンの助けは絶対必要だったよ」


 壮年の魔人への一撃も、セレナの首への一撃も、負傷した仲間を守ってくれたことも。


 全て、卑下する必要なんてない、素晴らしい活躍だ。


「…………そう、なら、いいんだけど」


「うん」


 ヤクモが頷くと、彼女は僅かに頬を染めて俯いた。


「……ちっ」


 妹が露骨に舌打ちした。

 それでも活躍は否定しないあたり、妹もちゃんと分かっている。


 それはそれとして不愉快なのだろうけど。


 勲章授与はタワー前の広場にて行われた。

 授与式には四組織の正規隊員や高位の職員などが参列している。


 ミヤビがサボったことでヘリオドールが頭を抱え、弟子であるヤクモ達も若干肩の狭い思いをしたが、それ以外は概ね問題なく進行した。


 ヤマト民族が混ざっていることに不愉快な視線を向けてくる者達もいたが、気にしない。


「お金が入ったら家族みんなに服を買いましょう。余裕がなくて、ボロボロのままでしたし」


 勲章だけでなく、報奨金も出ると聞いていた。

 アサヒの言葉に頷く。


「そうだね。モカさんに手伝ってもらって、ご馳走ってのもいいよね」


「あ、はいっ。喜んでお手伝いさせていただきます」


 モカが胸の前で拳を握って承諾してくれた。


「ヤクモくんとアサヒちゃんのご家族ですか~? 私もお料理には自信があるので、よければ手伝わせください~」


 車椅子に乗ったネアが、にっこりと申し出る。


「姉貴が行くならオレも行く」


 付け加えるように、スペキュライトがぼそっと言った。

 相変わらず仲の良い姉弟だ。


「あ、ぼくも料理出来るよ。ヤクモとアサヒにはトル守ってもらったお礼がしたかったし、よければ使ってほしいな」


 マイカが片手を小さく上げて言う。

 守ったとは、雷撃に打たれた彼の前に出てセレナと戦ったことを指しているのだろう。


「そうだね。では食料費は私が負担しよう」


 トルマリンが続き、スファレも微笑む。


「素敵ですわね。わたくしが参加してもご迷惑じゃないかしら? もちろんお手伝い出来ることなら、なんでも致しますので」


 トントン拍子に人数が増えている。


「あ、あたっ、アタシの行きつけの店、使えば? 良い品を安く買えるわ……よ?」


 出遅れたネフレンが焦ったように言う。

 もちろん、みんな歓迎だった。


 ただ、小声での会話に入ってこなかった者もいる。


 グラヴェルは無表情で立っていたし、ルナは不機嫌そうにチラチラとこちらを睨んできた。


 少し迷ったが、ヤクモは声を掛けてみる。


「よかったら二人もどう?」


 ルナは驚いたように目を見開き、それから苛立ちをを隠しもせず、舌を出した。


「ルナが夜鴉の巣になんか行くわけないじゃん。残飯パーティーは勝手に開催してて」


「なら、どうしてきみは夜鴉を助けに来たんだい? ぱじゃま姿のグラヴェルさんを急かしてまで、さ」


 カァッとルナの顔が赤に染まる。


「か、勘違いすんなばぁか! 誰がきみなんかを助けにいくもんかっ」


「勘違いなんかしてないよ。助けたかったのはアサヒなんだろう?」


「ちがっ、ルナは! あーもう! きみ、嫌いだ!」


 ルナがぷいっと視線を逸らす。


「あー、いいかな少年少女。君たちの労をねぎらう場とはいえ、私語は後にしてもらえると助かるんだが?」


 《皓き牙》総司令アノーソ=クレースが苦笑して言う。

 勲章は彼女によって授与される。


 全員が姿勢を正す。


「うん、よろしい」


 アノーソの笑みはなんというか、すっと心に入ってきた。

 不思議な雰囲気の女性だ。


「聞いてくれ、皆の衆! 我ら正規隊員ですら命掛けで挑む魔人を、あの日多くの被害を出した魔人を、彼ら訓練生が討ち取った! そればかりか特級指定を相手どり、《黎明騎士デイブレイカー》到着まで凌ぎ切ったのだ! 《黎き士》の采配は間違っていなかった! 今日この日、若き戦士達を讃えよう!」


 拍手が巻き起こる。


 ヤクモの目的は家族を幸せにすること。その為には予選を勝ち抜き本戦で優勝する必要がある。


 そして、この世の夜を明かすこと。

 魔人の討伐は、人類の脅威を減らすということ。


 更には魔王の実在も、魔人からの証言でではあるが確認出来た。

 太陽に一歩近づいたと、言えるのかもしれなかった。


 ふとアサヒを見ると、目が合った。

 互いに微笑む。


 アノーソに名前を呼ばれる。

 一歩踏み出す。


 いつかの明日、太陽を迎える為に。



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