第79話◇紫銀
ヤクモは何も、彼らを哀れんで叫んだわけではない。
外野が心底邪魔だったのだ。
どうして笑える。何故彼のような強者を笑い者にしようと思える。
そのこと自体がどうしようもなく、実力を計れぬ己の無能を晒す行為なのだと何故気付かぬ。
彼は終わっていない。
六発を使い切ったことで、確かに勝ちの目は見えた。
だがもし逆の立場なら、ヤクモは『必中』を失った後でも勝機を見失いはしない。
「――形態変化」
スペキュライトがウィステリアグレイ・グリップの形状を変える。
まるでトンファーのように構え、銃口は肘の側を向き、グリップは拳の握りの部分へ。
強く握れば引き金が引かれ、弾丸が後面に発射されるという、銃の用途に合わない持ち方。
「バースト・ショット……ッ!」
「――――ッ!」
爆発する弾丸はされど暴発する。
発射と同時に爆発し、その爆風が推進力となって彼の身体を神速に導いた。
必ず暴発するという特性を利用した超加速と、その速度が乗った右拳。
『
砕かれる。
彼は全身に魔力強化を施している。
身体にどれほどの激痛が走っているだろう。腕にどれだけの負担が掛かっているだろう。
それでもなお、スペキュライトは突き進む。
速いが、その動きは直線的。
斬れ――ない。
彼を斬るギリギリのタイミングで魔力防壁が展開された。
逆袈裟に拳銃を切り裂くつもりだったが、弾かれる。
そして彼の拳がヤクモに肉薄。
魔力防壁は外側からの干渉を防ぐが、内側からは外へ出られる。攻撃も、設定次第では本人も。
上手い。
だがヤクモもそれを見越して動いていた。
弾かれた際の反動を利用して回転。右足を軸に左足の回し蹴りを彼の右側頭部へ叩き込む。
「グッ――」
当たった。だが彼もまた予期していたのか、耐える。それどころか左手でヤクモの足を掴んだ。
「形態変化」
銃の形状が元に戻る。
――ゼロ距離なら、暴発も何もない!
ヤクモはそれを防ぐ為、回し蹴りのインパクトを活かし残った右足だけで跳ねる。同時に左足の膝を折り曲げ、一挙にスペキュライトとの距離を詰める。まだ左足は掴まれたまま。彼の左膝を右足で踏みつけ更に跳躍。顔面を蹴り上げると同時に左足の自由を取り戻す。
彼の目の前で宙返りするような体勢だ。
『十二刀流、
十二振りの赫焉刀の全てが彼を照準し、空を裂きながら殺到。
彼は再び拳銃を形態変化させ、爆発による加速で回避。
その移動は直線的にならざるを得ない。
予想される進路上に刃を向かわせるも、スペキュライトの動きは予想を超えた。
進路上に魔力防壁を展開したのだ。自身を水のように包み込み、ゴムのように跳ね返す性質のものを。
トルマリン程とはいかないが、かなり高いレベルの魔力操作技術だ。
だが、彼の腕ももう限界だろう。ボロボロだ。
ヤクモがトルマリン戦の最後で見せた魔力強化と同じ。
実戦で使うにはあまりにリスクの高い戦法。
試合という方式だからこそ使える技。
喘鳴混じりに、されど彼は叫ぶ。
「バースト・ショット……!」
爆炎を背に、魔弾の射手が迫り来る。
奇しくも、これはセレナの雷撃と状況が似ていた。
神速にして直線的な攻撃。
故に対応もまた決まっていた。
十二振りの赫焉刀を配置し、この場合は術者本人が突撃しているわけだから魔力防壁を警戒。
先んじて刃を二振り向かわせる。
それを弾いた魔力防壁を、更に向かわせた一振りで切り裂く。
その間に二振りを回収し、再度展開されたスペキュライトの魔力防壁にも対応。
極短い時間の中で数十に及ぶ攻防が繰り広げられ、やがて純粋に当人同士が残る。
後はもう、速さだけの勝負だ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉッ!」
スペキュライトが似合わぬ雄叫びを上げる。
残り少ない一瞬が終わろうとしていた。
『……雷切』
彼は雷ではないが、その速さは似つかわしい。
――見えているよ。
居合のような構えから繰り出される斬り上げ。
一閃が、彼の拳と拳銃を切り裂いた。
ネアが人間状態に戻り、地面を転がる。
拳の傷ついたスペキュライトはされど勢いを殺せず、ヤクモに飛び込む形となる。
ヤクモはそれを受け止める。
「……ぅ、あ」
彼が自分の右手を見て、武器を失ったことに気づいたような顔をする。
「いいか、
「あぁ、聞いているよ」
彼が血だらけの拳で、ヤクモの胸元を握る。
「オレは、昨日の怪我で負けたんじゃねぇ。あんなもん、どうってことないんだ」
「そうか」
「あぁ、そうだ……! 今日はお前らの方が強かった。ただそれだけのことだ」
自分は全力を出し切って負けた。
だから負い目を感じることは無い。
そう言いたいのだろう。
「あぁ、確かに理解した」
「なら、いい」
ふっ、と彼から力が抜ける。
仰向けに地面に倒れる。
寸前で、這って近づいてきていたネアが弟を受け止めた。
「……今までで一番かっこよかったよ、スペくん」
ネアは泣き出しそうな顔で、それでも誇らしげに笑っている。
戦闘不能。
審判の掛け声で勝敗は決した。
学内ランク
対
学内ランク
勝者、ヤクモ・アサヒペア。
二回戦、突破。
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