第78話◇零発
スペキュライトはそれを見ていた。
ヤクモの行動には迷いが無かった。
まず、赫焉の一欠片を弾丸に向かって飛ばす。
接触と同時に大爆発が起きる。
観客に被害が出ないようにと複数人の大会運営が魔力防壁を展開する程の威力だ。
スペキュライトも残しておいた魔力の全てを注いで前面に防壁を展開した。
ヤクモは、水の中にいた。
白銀の繭の方が近いか。ただ、それはやはり水に見えた。
赫焉は魔法にはならない。彼らの翼は空を飛ぶことが出来ず、ただ滑空するだけのものであるように。生み出すことは出来ても、複雑な命令は下せない。
だからそれはやはり、繭なのだろう。ただ、性質を限りなく水に近づけた繭だ。
『衝撃を……殺したんだ』
弾丸が遠い内に爆発させ、空気よりも抵抗の強い水中に寄せた繭で身を包む。
爆炎に呑まれた彼らはしかし、魔法の効力が失せた後――無傷で出てきた。
スペキュライトは勝負を急いでしまった。
ヤクモ達は自身の欠点を把握している。その上で諦めるのではなく、その欠点を突かれた場合にどう対処するかを常に考えているのだろう。
彼の万能性は天性のものではない。
並外れた試行回数と思考回数による、努力と経験の産物だ。
なんという応用力。
形状変化出来る粒子という追加武装一つで、彼の戦術はまるで無限に広がるようだ。
不屈による絶え間ない挑戦が、彼の強さの根幹。
「あれ、六発終わってね?」「あんだけイキってたくせに、夜鴉に負けるとか」「まぁ三十九位だしなぁ」「いや頑張った方だろ、
嘲笑が降ってくる。
今まで自分が力で黙らせてきた者達。
強さを示し続ける限り、弱者は口を閉ざす。
だが一度脆さが露呈すれば、それまで堪えていた分を吐き出し始める。
それを黙らせることは、もう、スペキュライトには出来ない。
――残弾、零。
『……スペくん』
姉の悲しげな声。
――なんでだ。
――いつもそうだ。
自分の所為で姉はいつも笑っている。本心がどうでも、笑ってしまう。
自分の所為で姉を泣かせてしまう。弱いから、脆いから、情けない弟だから。
「棄権しろよ」「六発で充分とか言って、使い切っちゃってますけど?」「そもそも
――黙れ。
――黙れ!
――姉貴を笑うな。
――
だけど、言えない。
わらわせているのは、自分の無能だ。自分の無様だ。
自分が負けたから、姉が笑われている。
『大丈夫。大丈夫だよ、スペくん。またお姉ちゃんと頑張ろうね』
大丈夫なものか。
どうして、こうなのだ。
自分は、姉を傷つけてばかりだ。
姉に支えられてばかりだ。
どうして何一つ、この人に返せない。
どうして雑魚共の嘲笑を黙らせることが出来ない。
どうして。どうして。
――なんでオレは、姉ちゃん一人心から笑わせてやることが出来ないんだ。
「黙れ……ッ!!」
叫び声が、した。
「僕らと彼らの試合に、口を出すな……ッ!!」
ヤクモがこちらに駆けてくる。
少年の叫びに驚き、嘲笑が止んだ。
『……ヤクモ、くん』
姉の声が、震えている。泣きそうなのだ。
でも、自分がさせている、悲しい涙ではない。
分かる。分かる。
この会場で彼だけが。
自分の残弾数が零になった今でも、ヤクモだけが。
自分達を
対等な試合相手として、全力で勝とうとしている。
七発目以降はまともに当たらない銃の遣い手を、脅威に思ってくれている。
ぶわりと、胸の奥が燃えるように熱くなる。
なんてことだ。勝負はついていないのに、自分の弱さに自分は負けかけた。
それを、彼が教えてくれた。気づかせてくれた。奮い立たせてくれた。
こういう時、古臭いヤマトの人間ならばこう言うだろうか。
魂の炉に、
――あぁ、馬鹿馬鹿しい。
何が故障品だ。何が六発までだ。そんなもの、世界が決めただけの限界ではないか。
六発目までしか『必中』が機能しない?
七発目以降は必ず暴発する?
それが欠点だというならば受け入れよう。
そして彼らのように考えるのだ。
この欠点を抱えたまま、どう戦う。
どう勝つ。
再展開の余裕は無い。元より姉にこれ以上の負担は掛けられない。
『スペくん』
「姉貴は
『――――っ』
姉が声を詰まらせた。涙を堪えるような音。
「それだけは、誰にも否定出来ねぇだろ」
『…………ぅん。スペくんも、本当に本当に、自慢の弟で、最高のパートナーだよ』
笑い声を消せやしなくても。
自分が姉を誇るこの感情だけは、他者に歪められるものではない。
ならば、あらゆる嘲弄よりも大きく高らかに、自分が叫べばいいだけだ。
「来い、トオミネ。勝つのはオレ達だッ!」
「いいや、僕達だ」
痛む魔力炉をフル稼働させる。
幸い模擬太陽が輝いているのだ。魔力は生み出せる。
当たらないなら、当たらないものとして運用するのみ。
戦いはまだ、終わっていない。
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