第74話◇代償
その日の朝食はヤクモが作った。
モカが、倒れたスファレの許に居たいと言ったからだ。
あの後、スペキュライトに続きトルマリンも目を覚ました。
だが三人共傷が深く、体力との兼ね合いで完治まではまだ掛かるらしい。
それでも、スペキュライトは今日の試合に現れるだろう。
ヤクモ達と同じく、譲れないものがある筈だから。
「こんな感じ、かな。うん」
ヤクモは出来上がった朝食を見る。
焦げたトースト、ぐちゃぐちゃのスクランブルエッグ、皮が弾けて中身がはみ出ているソーセージに、水分の消し飛んだベーコン、掛けられたケチャップは血文字のようで、そこに味の無いスープと盛り付けが美しくないサラダが加わる。
実に……実に、残念な出来だ。
「教わった通りにやったつもりなんだけどな……。今後に期待、ということにしよう」
モカの偉大さを再認識するヤクモだった。
そろそろ妹を起こさねばと、部屋へ向かう。
コンコンと、二回ノック。
しばし待つと、くぐもった返事が聞こえてきた。
「……入ってまぁす」
「うん、いなかったら驚きかな」
「むしろ、入ってきてください。あ、部屋ですよ?」
それ以外のどこに入るのだろう。
ヤクモは深く考えないことにして、扉を開く。
妹がベッドに寝ていた。布団に包まっている。
「朝食が出来たよ。食べれる?」
「兄さんの手料理なら、たとえ泥団子でも美味しくいただく自信があります。これぞ愛」
ひょこっと顔だけ覗かせた妹がうんうんと頷きながら言った。どうにも様子が変だ。
「妹に泥を食べさせようとは思わないよ。けど正直、出来に自信は無いかな」
「最初はみんな素人ですよ。兄さんならすぐにあのおっぱいより料理上手になれます」
「アサヒは早々に料理作りを諦めてたような……」
「才能って残酷ですよね」
ふぅ、とため息を溢すアサヒ。
布団から出てくる様子が無い。
「アサヒ?」
「なんですか? ベッドに横たわる妹に劣情を催しましたか? そういうことなら仕方ありませんね。脱ぎます」
「脱がないでね。そうじゃなくて、起きないの?」
「布団がわたしを離してくれないのです」
「へぇ、随分と仲がいいんだね」
「ふふふ、嫉妬ですか?」
「どうかな。あのさ、アサヒ」
妹に近づく。
「お、おぉう。兄さんの方から迫ってくるとは。度重なる熱烈あぷろーちを前に、ついに兄さんの鋼の理性も屈したというわけですね。ぬっふっふ……」
まだふざける妹から、布団を引っぺがす。
「ひゃあ、兄さんのえっち!」
寝間着姿の妹。
だが、その手足が僅かに痙攣している。
「アサヒ。いつ言うつもりだったんだい?」
武器化状態の《
それが問題の無いことならば、再生が可能な機構が組み込まれて然るべき。
身体が破壊されるという衝撃は、その痛みを《
だが赫焉は破壊されてもなお粒子に戻るのみで、即座に再変換が可能。そういう進化を彼女はして、だが人間としてのアサヒはアサヒのままだ。
本来ならば人間に戻ることで強制終了する何かを、継続してその身に受けるということ。
魔人戦で懸念していたことが、現実になってしまった。
「いやだなぁ、ちょっと痺れてるだけですよ。すぐ治ります」
アサヒは冗談を言うみたいに笑う。
「また、そうやって本音を隠すのかい?」
「うっ」
妹の表情が罪悪感に歪む。
彼女の腰に腕を回し、上体を起こすのを手伝う。
ベッドに腰掛け、彼女の肩を掴んだ。
「僕は、きみが苦しいなら心配したいよ。それは、アサヒにとって煩わしいことかな」
「そんな! そんなわけ、ありません」
ようやく、妹が真剣な顔でヤクモを見る。
「なら、話してほしい」
アサヒは迷うような態度を見せたが、やがて観念したように語り出す。
「損傷の度合いにもよるんです。赫焉刀が折れるとか、刃が欠けるとかであれば嫌な感じがするくらいで済むんですよ」
だがそれも、蓄積すれば問題を引き起こしてしまうだろう。
「それで、あの。雷切の時に赫焉刀が十二振り、一瞬で炭化したでしょう?」
セレナの雷撃を斬った時のことだ。
ヤクモは黙って頷く。
「性質が変わる程の破壊は、辛いんです。翼が折れるのは我慢出来ます。でも灼かれたらすごく痛いでしょう。刃が砕けるのは我慢出来ます。でも溶かされたりすればすごく痛い」
あの時は十二振り全てが一瞬で灼熱され、炭化した。
それはつまり、雪色夜切本体を除く粒子の全てがダメージを受けたということだ。
「それは……治る、のかな」
「あ、それは大丈夫だと思います。昨日の夜はもっと辛かったので。楽になってる方なんです。えへへ」
「……アサヒ」
「あっ。ご、ごめんなさい。だって兄さんに心配かけたくなくて。それに、その……嫌なんです」
「嫌って、何がだい」
「折角、前よりも兄さんの役に立てるようになったのに、弱点みたいなのが分かって。兄さんがわたしを気遣って……戦術が狭まったりしたら……。わたしは、あなたの足を引っ張りたくない」
妹が悲しげに言う。
ヤクモはそれが、どうしようもなく気に入らなくて。
彼女のほっぺたを引っ張った。
「に、にいひゃんっ?」
「もし、僕の役に立とうとアサヒが無理をして、そのことで取り返しのつかない代償を支払うことになったら、僕は一生自分を許せないよ」
「うぅ……」
「心配事があるなら、話してほしい。今回だって話は簡単なんだ。性質が変わる程の破壊を、負わせないよう気をつければいい」
「でも、どうしても必要な時に、わたしを気遣って兄さんがそれをしなかったら? それで兄さんが傷ついたら? わたしはそんなの、我慢出来ません」
結局、互いに互いを気遣い過ぎているということか。
こればかりは譲れないと、瞳を潤ませる妹。
その額に、ヤクモは自分の額を合わせる。
「約束するよ。それ以外に方法が無ければ、僕は迷わず赫焉で身を守る」
「……本当ですか?」
「あぁ、だからアサヒも約束して。辛くなったら、すぐに言うって」
「……足痺れて辛いって言ったら、お姫様抱っこしてくれますか」
スペキュライトがネアを抱いて試合に登場した時、羨ましがっていたか。
その時に素っ気なく断ったことを、気にしているのかもしれない。
「もちろんだよ」
ヤクモは彼女の腰と足に腕を回し、持ち上げる。
妹の身体は軽かった。
「ふわぁ」
「取り敢えず、冷えた朝食を食べましょうか、アサヒ様?」
驚きはすぐに、喜びへ。
妹はくすぐったそうに笑い、ヤクモの胸許に顔を埋めた。
「すはすは」
「落としてもいいかな」
「お姫様時間が短すぎます!」
抗議の声。
「それで、約束は?」
「します! しますとも! それで、あの! まだまだ痺れがとれなさそうなので、学校までこれでお願いします」
「調子に乗らないように」
「ほんと、ほんとに痺れるんですって! あーあ、兄さんの為に頑張ったのになー! 辛いなー!」
「嘘か本当か判断がつかないから、困るんだけど……」
少し面倒な約束を交わしてしまっただろうかと、ヤクモは若干後悔した。
だが、妹に隠し事をされるよりはいいかと、自分を納得させた。
試合当日の、朝。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます