第66話◇特級




 一歩間違えれば、全滅する程の敵だった。


 作戦を考える時間を与えられたこと、ヤマト民族であるヤクモに特に興味を示したこと、驕りか不得手だったのか魔力防壁を展開しなかったことなど様々な要因が重なり、紙一重で掴んだ勝利だった。


「は……はは、アタシ達、魔人を倒しちゃった」


 まだ実感が湧かないのか、ネフレンが乾いた笑いを漏らす。


「そりゃいいが、どう帰投すんだ」


 スペキュライトが壁を見上げて呟く。

 昇降機は壁の内と外の四方に配置されている。ヤクモ達が使用した昇降機は魔人に破壊されてしまった。


 だが徒歩で別の昇降機へ向かうというのは現実的ではない。

 単純に距離があり過ぎるのだ。


 かといって救援を待つというのも、どれだけの時間が掛かるか分かったものではない。


 ミヤビのような常識外の移動方法を持っている者ならともかく、人類領域の壁は基本的に昇降機無しには越えられない。


『時間は掛かりますが、兄さんなら階段穿掴かいだんせんかくで帰れますよ』


 冗談みたいな高さの壁に杭を打ち込んでよじ登る自分を想像して、ヤクモは苦笑した。


 スファレが光信号を放ち、現在の状況を伝える。

 上にいる者の判断を仰ごうというわけだ。


「昇降機の不具合に関しては把握しているだろうが、現実的な救援手段となると難しいかもしれないね。故障ならともかく、籠が潰れた鉄塊になることは想定していないだろうから」


 トルマリンの言う通りだ。


「それでも緊急時のプランはある筈ですわ。今はそれに期待しましょう」


 しばらく上の返事を待つ。



「え、うっそ~。オジサン死んじゃってんじゃんっ!」



 声が、した。

 スファレでもトルマリンでもネフレンでもスペキュライトでもヤクモでもない。


 誰も武器化を解除していないのでそれぞれのパートナーでも無ければ、生き残りというわけでもない。


「ダサ過ぎない? まぁでも百年級ハンドレッドだもんねぇ。あの臨死依存症のことだから、ゾクゾクする為に馬鹿なお遊びに興じた、とか! そんなとこでしょ。違う?」


 薄紅――ピンク、というべきか――の少女だ。両の横髪を編んで、それを後ろで結っている。同色の瞳。幼さの残る顔と身体。


 そして、両の側頭部から上向きに生えている――黒い角。

 魔人だ。

 そして。


「うそ、でしょ……あれって」


 ネフレンが呻くように発する。

 魔人は二人の人間を引き摺っていた。


 《黎明騎士デイブレイカー第七格地神のヘリオドールとテオだ。


 呼吸はしている。生きてはいるのだ。だがボロボロで、意識も失っていた。


 西を担当していた彼らを倒し、ここまで運んできたというのか。

 生け捕りの難度は殺害の数倍。


 《黎明騎士デイブレイカー》相手にそれを行えるとなると、この魔人の区分はおそらく――特級。


「良い拾い物したし、クリードくんのとこと喧嘩したくないからさっさと帰ろうと思って迎えに来たのになぁ、無駄足になっちゃったよぅ」


 魔人の少女がスファレを見る。ネフレンを見る。


 トルマリンを見る。笑う。

 スペキュライトを見る。笑う。


 ヤクモを見る。

 唇が裂けかねない、そう思わせる程に吊り上げて笑った。


「やっば! ブス二匹はあれだけど、イケメンが三匹も~! 今日は超豊作で嬉しいなぁ。しかも、ヤマトの若いオスなんて超超超レアだし! 絶対連れて帰る! 絶対セレンが飼う!」


『…………クソ女』


 状況を理解しているだろうに、アサヒは忌々しげに悪態をついた。


「しかもまだ《偽紅鏡グリマー》の中身も確認してないから、もっとイケメンが出るやも~。セレナそんなにいっぱいペット愛せるかなぁ。しんぱーい♡」


 廃棄領域では家畜化された人類がいるという。

 その中で更に、愛玩動物のように扱われる者がいても、おかしくはないのだ。


 そして、彼女は自分のお眼鏡に適う男性を飼うことに楽しみを感じるらしい。


「まずはブスから摘んどこっと」


 魔人の少女――セレナが名か――に一番近かったのは、スファレ。


 彼女のレイピアを握る右腕が、付け根からもがれた、、、、


 目で追えぬ速度。

 そして、殺気さえ微塵も感じなかった。


 摘んどこっと。摘んでおこうと。摘む。


 もし、彼女にとって邪魔者の殺害が花を摘むに等しいなら。雑草を毟るのと大差ないなら。

 なるほど、そのような行為に殺意など不要なわけか。


「会長……!」


 トルマリンがセレナとスファレの間に魔力防壁を展開する。

 一瞬で距離を詰めたヤクモは彼女の身体を片腕で抱え、後退しようとする。


 だが、魔力防壁の外にいるセレナには。

 その手には、スファレの腕と、その先に握られたレイピアがある。


 そのレイピアは、チョコだ。《偽紅鏡グリマー》だ。人だ。

 仲間なのに。


 パキッ、と。

 小枝でも折るように、レイピアが折れる。撓りはすぐに限界を迎え、破壊されてしまう。


 人間に戻ったチョコは、セレナの眼前で膝をついた状態で出現。


「メスかぁ。外れだにゃあ」


 セレナが地を這う虫を踏み潰すように足を上げる。

 特級ならば、頭部ごと大地を踏みしめることも出来るだろう。そうなればチョコは地面のシミだ。


 そんなこと、させるものか。


刀葬とうそうッ!」


 赫焉で創られた刀の群れがセレナに襲いかかる。


「うわ、マジ?」


 呆れるように、セレナは失笑していた。

 全ての刀剣が、彼女に触れるより前に砕かれる。


 弾かれたのではない。

 ヤクモは綻びを見抜く目を持っている。


 だがセレナの攻撃は、ヤクモの攻撃の後に放たれた。

 無いものは見抜けない。


 その上で、放たれたヤクモの攻撃を魔力で破壊した。

 後の先というヤクモの特技が、彼女には通じない。


「いやいや、通じるわけなくない? あ、でもすごいね。ヤマトなのに遠距離攻撃なんて。魔法……じゃなかったような? 《黒点群》ってヤツ? レア度更に急上昇~。それも男の子だといいなぁ」


 彼女が言い終える頃には、ヤクモはセレナに肉薄していた。


「……速いんだね」


 彼女の魔力防壁の綻びを見る。彼女の右斜め前方、ドーム状の魔力防壁表面に発見。


 駆け抜ける勢いで刃を走らせる。

 薄い膜に鋭い刃を通すように、スッと魔力防壁が裂ける。

 一瞬ののちに魔力が粒子と化し、風に溶けて消える。


「あはっ。オジサンが楽しみ過ぎた理由が分かったカモ。かーわいんだぁ」


 チョコを腕に抱えたヤクモを、セレナが恍惚とした表情で見つめる。


「道理? 正義? 大義? 誇り? それとも、魂への誓い? ヤマトってそういうの好きなんでしょう? 仲間を見捨てられないんだよね? そういうとこ、素敵だと思う。とーってもね。だけどヤマトの男の子、きみがこれから大切に思うのは、セレナだけでいいんだよ?」


「御免被る」


「誰がご主人様か、調教しおしえてアゲル」



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