第67話◇死線




 壮年の魔人の時点で、本来は訓練生の手に余る存在だった。

 それを切り抜けたと思えば、現れたのは特級と思われる魔人。


 ヤクモやトルマリン、スペキュライトや《地神》の二人など、男性の領域守護者を連れ帰って愛玩動物にしようと目論む少女。


 チョコはヤクモの腕の中。

 スファレの許へ駆けつけたネフレンが必死に止血を試みている。


 治癒魔法を使えるのは彼女だけ。突然腕をもぎ取られた衝撃の中で痛覚を切り、自身に治癒魔法を施す冷静さが確保出来るか。


 出来たとしても、治癒魔法は魔人の再生と異なり傷を塞ぐ程度のことまでしか出来ない。


 トルマリンは防壁を強化しつつ魔力攻撃でヤクモをサポートしようとするも、高密度の魔力防壁を前に傷一つ付けられずにいる。


 スペキュライトは弾丸に魔力を込めている。魔人・セレナの防壁を破れる銃弾にしようとしているのだ。


「かーわいいねぇ」


 うっとりとした様子で顔に手を這わせるセレナ。上気した頬に、涎さえ垂らしかねない程に緩んだ唇。


「きみは速いのにねぇ。きみは強いんだろうにねぇ。足手まといのブスを捨てられないから、身動きがとれない。ご先祖様と同じだねぇ」


「……ご先祖様?」


「ふふふ。ヤマトはとっても強かったんだぁ。魔法無しで魔人を斬るサムライだって、何人もいた。けどヤマトの戦士は優しかったから、弱い仲間を見捨てられずに共倒れ♪ なぁんてことがいっぱいあったんだよぅ。頑張ったのにね? 魔力炉性能が低いって理由で、新しい世界では差別されちゃって。可哀想だなぁ。大丈夫だよ? セレナはきみを、可愛がってあげるからねぇ?」


『……不愉快な魔人です』


「あぁ、そうだぁ! きみと、銃のイケメンくんと、長剣のイケメンくん。あの三人が素直についてくるなら、ブスは見逃してあげるっていうのはどーかなぁ? 優しいきみは仲間を守れるしぃ、セレナはきみを壊さずにゲット出来て超ウィンウィンって感じだと思わなーい?」


 ヤクモは考える。


 彼女の提案に関して、ではない。

 この場を切り抜ける方法を、だ。


「……チョコさん。いいかな」


『うぅ……苦渋の決断です! でも兄さんの命が第一!』


 アサヒは納得してくれた。

 確認の意味を正しく理解したチョコが、こくりと頷く。


「イグナイト――マルーン・ストリッシャ」


 チョコの肉体がレイピアへと変じる。

 形態変化の範疇なのか、鞘に収まった状態で腰のベルトに吊り下がる。


 ヤクモの接続可能窩ソケットは三。

 同時に三人までの《導燈者イグナイター》を展開出来る。


 魔法は使えないが、身体を抱えて動くよりも機動性では比べるべくもない。

 セレナは少し残念そうに上唇を下唇に被せる。


「ぬぅ、そういうことしちゃうのかー。やっぱお仕置きが必要カナ☆」


『白銀刀塚』


 周囲一帯に刀を落とす。鋒が地面に突き刺さり、柄は天を向いた状態。


「いっぱいあっても無駄でしょ」


 地を蹴る。


「防壁が斬れるんだもんね、近づきたいよね。でも、ダーメ」


 セレナの周囲に、純白の粒子が舞う、、、、、、、、


『――――な』


 粒子は雪色夜切を象ったかと思えば、創られた十二振り全てがヤクモへ向かって発射される。


「セレナ、天才ってやつなの」


 魔法ではない武器の追加武装ですら対象と出来る模倣魔法なのか。

 だとしても。


 地面に突き刺さった一振りを抜き、瞬間的に二刀を操る。


「おー、サムライのニトーリュー!」


 はしゃぐセレナを置いて、偽の赫焉を切り裂く。

 まるで嵐のように突き進み、軌道上の刃は残らず砕く。


「ありゃりゃ?」


 砕いた先から粒子となり、粒子は再び刀となる。

 ヤクモは左手の赫焉刀かくえんとう――粒子で再現した雪色夜切――を粒子に戻し、近くの地面に刺さった一振りを引き抜く。


「……なんにでもなれる剣を全方位に置いて、セレナを混乱させようとしてる? 確かに前に集中してる時に後ろの剣が襲ってくるかもとか、右を見たら左から襲われるかもとか考えちゃうねぇ。じゃあ、こういうのはどうかな?」


 土がせり上がった。

 ヤクモの展開していた赫焉刀の全てが、土の棺の中に閉じ込められる。


『……兄さん、戻せません』


 ただの土なら貫いて戻せる筈だ。

 つまりこれは魔法。


「《黎明騎士デイブレイカー》の魔法だよ? 綻びは外側にちゃあんと用意したけどー、でも粒子はもう無いみたいだから無理かな? 近づけさせるつもりもぉ、ないし」


 下唇に人差し指を当てて、彼女はにっこりと笑う。

 そうしながらも、絶えずトルマリンの攻撃を捌いていた。


 ヤクモは構わず進む。


「……諦めが悪いなぁ」


「――ショット」


 スペキュライトの魔弾が土の棺の一つを貫く。

 空いた穴から粒子を脱出させ、刃に変換、即座に他の棺の綻びを斬る。


「銃の子もいいなぁ。ツンツンしてるけど、落としたら甘々になりそうでかわゆいのぉ」


 スペキュライトが撃った弾丸は、二つ。

 一つは土の棺。


 もう一つは彼女の魔力炉を狙って放たれていた。

 それを彼女は、指で。


「ご主人様に銃口向けたら、メッ、だよ?」


 弾丸をつまんで、粉々に。

 紙をくしゃくしゃにするような音と共に、トルマリンの魔力が潰れて消える。


 壮年の魔人が使用していた破壊の魔法だ。

 そしてそれは、スペキュライトの右腕をもくしゃりと潰していた。


「ガッ――!?」


 彼の銃までもが破壊され、ネアが人の姿を取り戻す。


「なぁに? 《偽紅鏡グリマー》はブスばっかじゃん。要らなーい」


 ネアは足が動かない。だから、逃げられない。


「姉貴!」


 スペキュライトが咄嗟に姉を突き飛ばす。

 彼の身体に、透明の刃が突き刺さった。


 トルマリンの魔力攻撃の模倣だ。


「あ、あ、あ、そんな……そんな、スペくん? スペくん……ッ!」


 ネアが顔面を蒼白にし、弟に縋り付く。


「え~~~~、銃の子もブスを護っちゃうタイプだったの~。お願い死なないで~」 


『断頭』


 彼女の魔力防壁は既に斬っていた。

 スペキュライトへと意識が向いた一瞬を、無駄にはしない。


「あるぇ?」


 放たれた白刃は目標過たず首へ到達した。

 だが、それだけだった。


「わぁ、本当に凄いねぇ。意識の隙間って言うのかなぁ。入り込むのが上手いよぉ。でも本当にごめんねぇ? 普通、弱点くらい守るでしょう?」


 綻びはどのようなものにも生じる。

 だが、基本的に大きければ目立ち、小さければ目立たなくなるものでもある。


 大魔法を発動する労力を、ただの魔力強化と極小の防壁へ注ぎ込んでいるのだ。

 首を守る為だけの防壁。


 魔力の偏りなんてものが生じるには小さすぎるが為に、ヤクモの目でも綻びが見抜けない。

 ほんの僅かに、かすり傷程の痕を刻んだだけ。


「もう終わりカナ?」


「終わるものかッ!」


追刀ついとう十二連』


「――んッ」


 赫焉刀によって、雪色夜切を切りつける。

 彼女の首に展開された魔力防壁に僅かに付けた傷を、更に深く切り込めるように。


 続けざまに、十二の刀が雪色夜切を打つ。宙を舞い、斬撃を放つ。


「う、おぉぉぉぉぉぉぉぉ……ッ!」 


「あ、ハッ! すごいすごい! でも足りないよ! サムライくん!」


「これならばどうだ」


 ロングソードが、更なる衝撃を与える。


「あ」


 トルマリンがセレナを睨みつける。


「魔力操作だけだとでも思ったか。わたし達、、、、を見縊るな、魔人」


「……アタシだって、同じ《班》なのよ!」


 ネフレンの衝撃波も、怒濤の如く後押ししてくれる。

 ぐい、と手応え。


 人類領域の壁が如く不動だった防壁の抵抗力が、弱まる。

 セレナの瞳から、ようやく余裕が消えた。


 彼女の首に、刃が食い込む。



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